未成年(つま)の主張
夜のリビング、帰ってきた嫁達が集まっている。
「どういうことか説明してくださるわよね」
三人のうち、ベロニカが険しい顔で聞いてきた。
ちなみに『そのこ』、バルタサルはちょっと離れたところにいる。
「あたしはナディア、キミの名前は?」
「はっちゃん、って呼んで」
「はっちゃんか、うん、わかった。ところではっちゃんはお茶好き?」
「わからない。お茶って、なに?」
「ふぇ? お茶を知らないの? よーし、アマンダさん、とびっきりのお茶をお願い」
部屋の外に向かって叫ぶナディア。彼女は早くもバルタサルと打ち解けそうになっていた。
イサークのこともあって、バルタサルはおれ以外だれとも仲良くするつもりはないとか、それで嫁達と険悪ムードになるって心配してたけどそんなことはなかった。
人なつっこくて明るいナディアの面目躍如、ってところか。
ふと、顔をつかまれて。
「よそ見を!」
無理矢理振り向かせられた。ゴキッ、って首の音が聞こえそうだった。
「しないでくださいまし。あたくしが質問してるんですのよ」
ベロニカはますます険しい顔をした。
「わるいわるい」
「そう思うのなら説明を。その子、どこのどなたなんですの?」
「はなすと長くなるんだが」
「手短にお願いしますわ」
「うーん」
ちょっと考えて、素直にはなすことにした。
嫁だし、隠し事はよくないからな。
「バルタサルって名前を知ってるか?」
「バルタサル?」
ベロニカはちょっと考え込んだ。
「あたし知ってる! 魔王だよね!」
離れたところからナディアが即答した。
彼女ならそうだろうな。ナディアは何回かバルタサル空間に一緒についてきて、戦ったこともある。
おれに次いで、この家でバルタサルと関わりのある人間だ。
そのナディアが答えたことで、ベロニカも思い出したようにうなずいた。
「あのバルタサルのことでしたのね。それなら子供でも知ってますわ」
「それにしては思い出すまで時間かかったな」
「に、日常生活に出てこない単語だからですわ!」
ベロニカは顔を赤くして反論した。一理ある。
遠い過去に封印された魔王のことなんて、日常生活に出てくるはずがない。
と、思っていたのだが。
「わたしはよく聞いてるわ。子供のころ、お父さんが『いい子にしてないとバルタサルがさらいにくるぞ』って脅してくるから」
日常生活にでてきてた、ってなまはげかよ。
シルビアが言うと、ベロニカは赤面した。
「そ、そんなことはどうでもいいのですわ! それよりバルタサルがどうかなさいまして?」
「彼女、バルタサル」
「そんな質の悪い作り話でごまかされると思って?」
「いや本当。正確にはバルタサル八世っていうらしい。オリジナルの子孫ってことになるのかな? その辺はまだ詳しく聞いてない」
「……本当ですの?」
「おれがみんなに嘘をついたことはあるか?」
「……」
「ルシオ様がわたしたちに嘘をついたことはないです」
無言のベロニカ、代わりに答えるシルビア。
そして、テンションがあがるナディア。
「そっか、バルタサル八世だからはっちゃんっていうんだ」
「そうよー」
「そかそか。じゃあヨロシクねはっちゃん!」
「うーん。うん。よろしく」
ナディアが手を出して、バルタサルはちょっと考えて、二人は握手した。
そんなノリでいいのか?
「しょ、証拠はありますの?」
引っ込みがつかないのか、ベロニカが食い下がってきた。
「証拠?」
「ええ、証拠ですわ。あの子が魔王の血筋だって言う証拠が」
「といってもなあ……」
別にバルタサルとにてる訳でもないし、この世界に身分証明書なんてものはないしな。
なんか証明できるものーー『マジックシールド』!!
とっさに魔法を使った。嫁たちを守る為のシールドを全開で。
直後に「くちっ」ってかわいいくしゃみをしたバルタサル。屋敷がまた半分くらい吹っ飛ばされた。
ほとんど前兆のないくしゃみ。シールドが間に合ったのはほとんど第六感が働いたからだ。
魔王のくしゃみで半壊する屋敷、おれが守って無傷の嫁三人、そしてぽわぽわしたままのバルタサル。
「すごいじゃん! 何今の、今の魔法なに?」
テンションが上がるナディア。彼女らしいな。
おれはベロニカを見る。半壊する屋敷に彼女は呆然としている。
「これで信じた?」
「え、ええ……これほどの魔力を見せられては……。なぜくしゃみなのかはわかりませんが」
「それはおれもわからん」
そういいながら魔法で屋敷を復元。
おれの側にシルビアがやってきた。不安げな表情で手をつないできた。
盛り上がるナディア、唖然としつつも冷静なベロニカ。
ふたりと違って、こっちはちょっとおびえてる様子だ。
だから力を込めて手を握りかえして、ほほえみかけてやった。
するとシルビアはちょっとホッとした。安心感に包まれた顔をした。
気がつくと、バルタサルが目の前にやってきた。
じー、とおれとシルビア、そしてつないでる手を見つめた。
「どうした」
「それ、何の魔法?」
「それ?」
「お手々とお手々つないでる」
「ああ。これはべつにーー」
「お手々とお手々つないで、その人がふわーん、になった。どういう魔法?」
小首を傾げて聞いてくるバルタサル。
いや魔法じゃ――。
「お手々をつなぐ魔法だよ!」
「ナディア?」
「こうやってルシオくんとお手々をつないでると、すっごく落ち着くんだよ」
反対側にやってきて、開いてる方の手をつなぐナディア。
「こっちもふわーんってなった」
「そりゃなるよ。ねっ、シルヴィ」
「うん……ナディアちゃん」
笑顔のナディア、恥じらうシルビア。
二人を見つめるバルタサル。
つないだ手と、二人の顔を交互に、そして興味津々に見比べる。
反対側から視線を感じた。
ベロニカだ。彼女はおれをじっと見つめてる。
「どうしたベロニカ」
「あたくしの分は?」
「え?」
「あたくしの分は、って聞いてますの」
「分って……これのこと?」
ナディアとつないだ手を見せる。
ベロニカはうなずかなかったが、じっと見つめてくる視線は肯定の意味を示してる。
なるほど、彼女も手をつなぎたいのか。
といっても、両手ふさがっちゃってるしな。
「どうにかなさいまし」
おねだりするベロニカ。
なんというか、すごいな。
嫉妬とかそういうのいっさいなくて、シンプルに「あたくしもしたいからなんとかして」ってかんじだ。
プロポーズした時といい、彼女らしい。
「『マジックハンド』」
魔法をつかって、もう一本の手をだした。
ニョキニョキって、背中から生えてくるもう一本の手。三本めの手をベロニカにのばした。
「どうぞ、お姫様」
「あなたの軽口は相変わらずレベルが低いですわね」
そういいながらも、ベロニカは上機嫌に手をつないできた。
三本の手で、三人の嫁とつなぐ。
柔らかくてあたたかくて。
彼女達は魔法というが、逆におれが魔法をかけられてる、そんな気分になる。
今日はこのまま寝るのもいいな、と思った。
ふと視線を感じる。さっきからずっと感じてたバルタサルの視線が強くなった。
増えた手、それとつなぐベロニカの顔をじっと見つめて。
「やっぱり魔法よね。だってつないだらデレデレしたもの」
「だ、誰がデレデレしてますか!」
「あははは、ベロちゃんが意地っ張りだ」
ナディアが楽しげに笑う。
「意地など張ってません! つ、妻なのですからこの程度でデレデレなんてしてられませんわ」
「でもデレデレじゃん。ねー」
「ねー」
互いに首を傾げて、うなずきあうナディアとバルタサル。
活気なナディアとぽわっとしたところのあるバルタサル。
性格は正反対だけど、早くも意気投合し始めたみたいだ。
「ねえ、ルシオちゃん」
「うん?」
「はっちゃんも、それしたい」
「これ? 手をつなぐってことか」
うなずくバルタサル。どうするか、っておもいかけたそのとき。
「だめです」
意外や意外、シルビアが反対をした。
「シルビア?」
「それはだめです。お手々をつないでいいのはルシオ様のお嫁さんだけです」
「おー、シルヴィがマジだ」
「珍しいですわね、あなたがそこまで強く主張するなんて」
「だって……だって」
「せめてはいませんわよ」
「え?」
「だって、あたくしも同感ですもの」
「うん、あたしも。お手々をつないでいいのはルシオくんのおよめさんだけ」
先生のマンガを読めるはジャンプだけ、見たいな言い方をするナディア。
そんな風に嫁たちが次々とシルビアに同調した
同感だ。
お手々をつなぎあうのは嫁たちだけ。
この行為は彼女たちとの特別なもの、それをするのは彼女達とだけ。
だから、バルタサルには申し訳ないが――。
「だから、はっちゃんもルシオくんのお嫁さんになるのがさきだよ」
「え? いやいや」
苦笑いするおれ。その提案はナディアらしいが、さすがにーー。
「ええ、その通りですわね」
「それなら問題ないです」
なんとベロニカ……そしてシルビアまでもが同調した。
……え?
どういうこと? どういう展開なのこれ。
おれは、嫁たちが言ってる事が理解できなかったのだった。。