魔王様の呪い
「――くちっ」
夕方、開幕くしゃみで屋敷の庭が焼け野原になった。
……この説明だけを見たら正気を疑われかねないが、事実そうなってるのだから仕方ない。
魔法でちゃんと復元して、バルタサルと向き合う。
「……?」
彼女はきょとん、と言う目でおれを見た。自分がやったことをまるでわかってないって顔だ。
「そのくしゃみ、意識してやってるの、それとも無意識でやってるの、どっちなんだ?」
「くしゃみ?」
「無意識か……」
付き合いは短いが、彼女が裏表のない人間だってことはわかってきた。
良くも悪くも裏表はない人間だ。……魔王が人間かどうかって話は別として。
無意識でやってるんならしょうがない。
「ルシオ」
「うん?」
いきなり聞こえた声の方に振り向く。
夕焼けの中、イサークとアマンダさんの姿が見えた。
イサークがつかつかと屋敷の敷地内に入ってきて、アマンダさんがその後に続く。
そういえば何か問題を起こしてアマンダさんが迎えに行ったんだっけ。
「大丈夫だったのか」
「当たり前だ、あの程度の事でおれがどうにかなるもんか」
「なんでそんなに自信満々なんだか」
背後にいるアマンダさんは相変わらずの表情だけど、微妙に苦い顔をしてる。
絶対に「あの程度の事」ですまないのはわかる。
後でアマンダさんに聞こう。
「それよりもルシオ、お前に一つ聞きたい事がある」
「聞きたい事?」
「そうだ、ここに赤い髪の美女が住んでるって聞いたぞ。彼女はどこだ」
「赤い髪……ベロニカの事か?」
「ちっがーう。あんな乳臭いガキじゃなくて、妖艶でグラマーで、大人な感じの美女だ」
……やっぱりベロニカじゃないか。
赤い髪で妖艶でグラマー、ベロニカの本来の姿だ。
その姿に魔法をかけて子供にしたのが今のベロニカだ。でもってたまに元の姿にもどって、屋敷を出入りしてる。
おれはアマンダさんをみた。
「ご説明はしたのですが、信じてもらえなくて」
なるほど。
誰かがそれをみてイサークの耳に入って、アマンダさんが説明したけど信じてもらえなかった、って事か。
面倒臭い、説明するの面倒臭い。
「その人がどうしたんだ?」
「紹介しろ」
イサークが即答する、やっぱりそうか。
こいつ、かなりの女好きだからな。
「話を聞くと前におれとあったことのある美女だ。あの時はちょっとミスってしまったが、今度こそ口説いて俺のものにしてやる」
「くどいて、ね」
イサークが女を口説くシーンを何回も目撃したことがある。
正直あれはコントだ、あれで口説き落とせる女がいると思えん。
なのにイサークは自信満々だ。
ある意味すごい。
「早く教えろ。大人の美女は俺のような大人の男がふさわしい。お前は――ほれ、そこにいる子供と乳繰り合ってるといい。お似合いだぞ」
「子供?」
振り向く、ぽわぽわしてるバルタサルの姿があった。
お似合いというか……まあシルビアたち、おれの嫁と同じくらいの年頃の見た目だから、お似合いっちゃお似合いか。
そのバルタサルはぽわぽわしたままだが、気づけばじー、とイサークを見つめていた。
どうしたんだろ。
「……3分の1」
「え?」
「3分の1ルシオちゃんだ」
「3分の1おれ?」
バルタサルの意味不明な言葉に首をかしげる。
「ルシオちゃんと似てる、3分の1くらい同じ」
「あー……兄だしな、しかも血が繋がってる」
少なくとも「ルシオ・マルティン」的にはそうだ。
そう、あまり意識してないけど、イサークはおれの実兄。
……意識したらちょっと切ない気分になってきたぞ。
まあいい。
「ルシオちゃんは、一人でいい」
「え?」
なんの事かわからないうちに、バルタサルはイサークに向かって手をかざした。
魔力が立ち上って、魔法がイサークを包む。
「お、おおおおおぉぉぉぉぉ……」
声が遠ざかる、イサークの体がどんどん縮んで……変化する。
わずか数秒の間で、彼は人間からナメクジになった。
……カラフルで、体のあっちこっちに星のマークがついてるナメクジ。
おまえ……ナメクジになってまでそんな格好か。
いやいや、そんな事よりも。
「どういう事なんだ」
「ルシオちゃんと似てたルシオちゃん以外のルシオちゃんはきらい」
「おれと遺伝子……似てるから魔法で変えたのか」
こくこく、と頷くバルタサル。
なるほど、話はわかった。
完全にとばっちりだな、イサーク。殺気がなかったから止めないで様子見したけど悪いことしたかな。
……まいっか、イサークだし。
「ルシオ様」
「たっだいまー」
「帰りましたわ――あら、そちらは?」
そうこうしてるうちにおれの嫁達が帰ってきた。
なんか、また一悶着ありそうな予感。