魔王のくしゃみ
魔法で半壊した屋敷をなおした。
念の為に庭から屋敷をみて、完全に直ってるかをチェック。
「大丈夫みたいだな。ふう」
「どうしたの?」
バルタサルが横にやってきた。
相変わらずぽわぽわしてて、おれを見つめてくる。
「誰かさんのせいで必要のない大規模な修復魔法を使ったから疲れたんだ」
「おー」
バルタサルはおれを見つめて、なぜかパチパチ、と音の出ない静かな拍手をした。
「どんまい」
「ドンマイじゃないが」
突っ込んだが、彼女は気にもしてなかった。
「にしても本当にバルタサルなんだな」
「本当に、って?」
「今のくしゃみ、放出した魔力に覚えがあった。何回か戦ったからな。オリジナルとか七世とかと」
「そうなの?」
「ほとんど一緒だな。魔力の――そうだな指紋みたいなヤツがそっくりだ。特に七世とは」
「……」
バルタサルはおれをじっと見つめる。無言のままじっと見つめてくる。
「ん?」
見つめ返すと、彼女はニヘラ、って感じで笑顔になって、ぺこりと頭を下げた。
「母がお世話になってます」
「いやいや、なんだそりゃ。微妙にっていうかだいぶずれてるぞ」
そのツッコミにもバルタサルはまともに答えない。トタタタって走って行って、屋敷をまじまじと見つめる。
……会話のキャッチボールしようぜ。
おれは近づいていった。こいつをどうしようか、って考えながら。
「ふ、ふ……」
「ふ?」
「ふえくしょん!」
「――!」
思わず腕をクロスして、マジックシードを張った。
バルタサルのくしゃみ、屋敷を半壊された事を思い出す。
それでとっさに防御したけど……何も起きなかった。
ずずず、と鼻をすするバルタサル。
屋敷に向けられたくしゃみは何も起きなかった。
「なんか鼻がむずむずすりゅ」
「……花粉症か?」
「花粉症って?」
「それか誰かお前の噂してるんだろ」
「ルシオちゃんがしてくれるの?」
「いやだれかって言っただろ。おれは目の前にいるし」
「うん。ルシオちゃん」
「うん?」
「あいたクション!」
言葉の途中でまたくしゃみをされた。
今度はおれを向いた状態でだ。
大丈夫――と思ったが瞬間に反応。
魔力の爆発を感じたから慌ててマジックシールドを張る。
微妙に間に合わなくて、服と髪の一部が焦げてしまった。
「ルシオちゃんちりちりだね」
「誰のせいだとおもってるんだよ」
「お屋敷広いね」
「会話のキャッチボールを頼む」
「ふぇっくしょん!」
「――っ」
屋敷に向かってくしゃみ。びくっとしたけど、爆発はない。
「やっぱりむずむず――くしゅん!」
今度はおれに向かって今までで一番可愛らしいくしゃみ――そして一番威力のある爆発。
前もって張っておいたシールドが丸ごとぶち抜かれて頭がますますちりちりになった。
「おまえなあ……」
「ふぁいと」
「ファイトじゃない。わざとかおまえ」
「???」
首をかしげるバルタサル。
本気で不思議がってる顔で……びっくりするくらい悪気はないように見えた。
まさか……素でやってるのか? このお約束みたいなのを?
おいおい……うそだろ。
……よし。
「バルタサル」
「はっちゃんって呼んで?」
「……はっちゃん」
「うん!」
すごく嬉しそうな顔をされた。やりにくいな。
「魔法をかけるから、じっとしてて」
「魔法? ルシオちゃんの魔法?」
「ああ」
「わかった」
バルタサルは目をつむった。
目をつむって、唇を突き出してきた。
……キスじゃないんだから。
そのポーズを無視して、脳内検索の魔法をかけた。
「『マインドリーディング』」
魔法の光がバルタサルを包み込む。
心の中で思ってるを具体化する魔法だ。
効果は……人それぞれ。
文字で物事を考える人は文字が声で流れる。
映像で物事を考える人は映像がそのまま流れる。
ごくたまに音楽とかシンプルに色で物事を考える人がいるけど、そう言う人でもある程度の解読は出来る。
とりあえず知りたいのは、バルタサルに悪意があるかどうか。
それで魔法をかけた――すると。
彼女の背後にマンガの吹き出しのようなものが現われた。
バルタサルは映像型だった。
映像型なのはいいんだが……事もあろうか、吹き出しの中はおれの顔だった。
顔顔顔、吹き出しの中にぎっしり詰まったおれの顔。
笑った顔怒った顔泣いてる顔――いやおれはなかないぞ。
おれの顔が吹き出しいっぱいつまってた。
……おれの事だけを考えてるのか。
で、もう一つわかった。
悪意は、どうやらない。
背景が水色で、ほわほわしてるからだ。
悪意のある人間だと黒くなったり、欲望まみれの人間は紫色とか金色だったりするから、それでわかる。
余談だがイサークは完全に色型で、いつ見てもピンク色してる。
……。
悪意は……ないな。
やっかいだけど、バルタサルから悪意はまったく感じられない。
近づいて油断させてから――ってのを想像したけど、そういうのじゃないみたいだ。
「もーおわり?」
「おわりだ」
「やた」
目を開けるバルタサル。
おれを見て、目を細めた。嬉しそうな顔をした。
後ろに残ってる吹き出しが変わる。いっぱいあったのが一つだけに――おれの顔が一つだけになった。
頭がちりちりして――今のおれの顔に。
おれをみて嬉しそうにしてる――そうとしか解釈のしようがない状況。
そんなに……嬉しいのか。
「ルシオちゃん」
「なんだ」
「ルシオちゃんと遊びたいな」
「遊ぶ?」
「うん。いっぱいいっぱい、いーっぱい遊びたい。ルシオちゃんと一緒に」」
「……あそぶ、か」
毒気を抜かれた、ってのはこう言うときのことを言うんだろうな。
あれこれ考えて、警戒してるのがアホらしくなってきた。
「そうだな、遊ぶか」
もともとヒマしてたしな。
「とりあえず屋敷の中に戻ろう」
「うん」
おれは屋敷の中に戻ろうと歩き出した、後ろにバルタサルがついてくる。
さて、何をするか。と考えたその時。
「くちっ!」
可愛らしいくしゃみ、反比例する凶悪な破壊力。
なんとか防御した俺、跡形なく吹っ飛ばされた屋敷。
安請け合いしたんじゃないかって思ったが。
「ルシオちゃん」
吹き出しをしょったままの彼女を見ると、何故か怒る気になれないのだった。