わたし、多分八人目
屋敷で魔導書を読んでいた。
読んでいたけど、まったくはかどらない。
マンガを読めなくなった訳じゃない、たまにある、読む気力が起きない、なんか読み進められないっていう、アレだ。
頑張って読んでみた。
一コマ一コマ真剣に読んで、ページをめくる。
……。
だめだ! やっぱり読む気分じゃない。
「よし! 今日はもうやめ! マンガは読まない」
声にだして宣言する。そういう日もあるよな。
マンガを読まないから、嫁達と遊ぶか。
リビングをでて嫁を探した。
「シルビア? ナディア? ベロニカ?」
呼びかけてみた、誰も返事をしない。
そういえばさっきから屋敷の中は静まりかえってる。
屋敷の中を歩いて、探し回った。
ぐるっと一周したが、やっぱり誰もいない。
「『カレントステータス』」
魔法を使った、建物の現状を調べる魔法だ。
それに「人数」って指定してやる。
『住人1名、訪問者0名、その他0名』
むっ? 全部0?
住人というのはこの屋敷の住人で、おれと嫁達、あとアマンダさんがここにはいる。
訪問者は客のことだ、これは0で当然。
問題なのはその他も0だってこと。ココとマミ、あとクリスはこの枠に入る。
もろもろ込めて住人1名って事は、この屋敷はいまおれしかいない。
どういうことだろう。
玄関に何となくやってきた。魔法の光がプカプカ飛んでた。
これは……メッセージを残す魔法か。
おれはそれに触ってみた。
魔法の光がはじけて、空中に半透明のシルビアとナディアの映像が映し出される。
『ルシオ様。これでいいのかな、アマンダさん』
『いいみたい。ってことでルシオくん。あたしはシルヴィと遊んでくるね』
どうやらアマンダさんの魔法で、二人はそれを使って伝言を残してってくれた。
なるほど。
違う魔法の光を触った、今度はベロニカとココの姿が映し出される。
『ご主人様。ママ様と散歩にいってきますねぇ』
『夕方には戻りますわ』
なるほどベロニカとココ(多分途中でマミに変身するだろう)は散歩か。
残った玉は一つ、これはアマンダさんかな?
触ってみた、案の定アマンダさんだった。
『申し訳ございません旦那様。イサーク様が問題を起こされたとのことですので身元引受人として行って参ります』
なるほど。またイサークか。
ってか、アマンダさんいつの間にかあいつの身元保証人みたいのになったんだ?
おじいさんに頼まれたのか? あとできいてみよう。
ま、それはともかく。
屋敷のみんなが居ない事と、理由は大体わかった。
しばらく戻ってこないみたいだし、しょうがない、マンガ読むか。
リビングに戻ってマンガを読もうとして、でもやっぱりはかどらない。
うーん、誰か客でも来ればいいんだがな。
……客?
そうか客か。
うん、客を呼べばいい。来ないんなら、こっちから呼べばいい。
「『インヴィテーション』」
魔法を使う。
これは客を呼ぶ魔法。使うとどこからともなく客がやってくる魔法だ。
ちなみに呼んでくるのは知りあいだが、よく来る客ほど確率が低い。
そう言う意味じゃ、国王とおじいさんはまず来ない。
だれが来るのか、おれはちょっと楽しみにしながらまった。
コンコン、ドアノッカーの音がした。
リビングをでて玄関に向かって、ドアを開ける。
「ありがとお、そしてさよーなら」
「え?」
現われたのは見たことのない顔だ。
なんかぽわぽわしてる、シルビアたち嫁と同じくらいの年齢の子だ。
「えっと、キミはだれ?」
初対面だから子供モードで応対した。
「あなたがルシオちゃんなのねえ」
「う、うん。そう言うキミは?」
「あがってもいいかなあ」
女の子はおれの返事を待たず、一方的に家に上がった。
おれの横をすり抜けて、きょろきょろしてから、更に奥に進む。
あっけにとられたが、慌てて後を追いかける。
☆
「……」
「……」
応接間、おれと女の子は向かい合って座った。
ぽわぽわしてる彼女は勝手に上がり込んで、ここまで来た。
「とりあえず名前を教えてくれるかい?」
「わからない?」
「わからない。初対面だよね」
「うん、初対面だけど、初対面じゃないのよ」
「どういう意味?」
「生まれる前にあってるんですもの」
「生まれる前?」
意味がわからん。なんだこの子、よくない電波かなんか受信してるのか?
「ごめんわからない、教えてくれる?」
「教えると嬉しい?」
「嬉しいというか、助かるよ」
「助かるんだ……うふふ」
彼女は目を細めて嬉しそうにした。
「わかった。じゃあバルの名前を教えるね」
「バルって名前なんだ?」
「ううん、ちがうわ、バルの名前はバルタサルって言うの」
「バルタサル?」
って、あの?
魔王バルタサル。かつてこの世界を混乱に陥れた巨悪の名前だ。
「そうよ。バルタサル――八世なの」
「八世、あっ」
思い出した、そういえば前にバルタサル七世というのを倒してた。
八世ってことは、あれの娘か?
「思い出してくれたのねえ」
「思い出すって言うか、連想したって言うか」
おれはこっそり警戒した、脳内で魔法を検索、先制攻撃に適した魔法をいくつかピックアップして、使う準備をする。
魔王バルタサルなら、一戦は免れないだろう。
「で、ここには何をしにに来た」
口調もかわった。バルタサル相手なら子供モードの必要はない。
「バルね、昨日生まれたばかりなの。生まれたけど、何をしていいのか全然わからなかったの」
「わからない? 世界征服じゃないのか?」
「そうなのぉ? バルね、自分の名前と、ルシオちゃんの名前しかわからなかったの」
「おれの名前?」
「うん。バルにとってすごく重要な人の名前。それだけはわかるのね」
「重要……まあ重要かな」
むしろ因縁に近いけど、あながち間違ってはない。
「だから会いに来たの。ルシオちゃんに」
「……」
えっと、つまり?
「戦う、のか?」
「バルとルシオちゃんは戦うの?」
「いや別に戦わないといけないって事はない」
「そうなんだ」
……。
調子狂うなあ。
バルタサル八世――面倒臭いからバルタサルでいいけど。彼女はなんかぽわぽわしてて、敵意がまったく感じられない。
魔王と同じ名前なのに、調子狂うなあ。
さて、どうするか。
無理矢理退治してしまってもいいんだが……こっちからしかけるのはなんか罪悪感をおぼえる。
はらわたを食らいつくしてくれるわ――とか言ってくれたらやりやすいんだが。
……うーん。
本当、どうしようか。
「なあバル――って」
「……」
バルタサルは寝ていた。
ソファーに座ったままこくりこくりと船をこいてる。
口の端からよだれをたらしてる。
……調子狂うなおい。
狂いすぎて先制攻撃がますます出来なくなった。
本当、どうするかな。
「ふ……」
「ふ?」
「フエックション!」
居眠りしてたバルタサルがくしゃみをした――瞬間。
指向性の爆発がおれを襲う!
慌てて『マジックシールド』を張る。
おれは無事だ、しかし屋敷が吹っ飛んだ。
バルタサルのくしゃみ一つで屋敷が半壊した。
魔王だ、こいつはちゃんと魔王だ。
ぽわぽわしてるけど力はちゃんと魔王で、危険人物だ。
なら――。
「ルシオちゃん……」
「えっ」
「やっと……あえたぁ……」
……寝言か。
夢のなかでまでおれと……?
……。
……。
仕方ない、しばらく……おいてやるか。
こうして、我が家に訪問者が一名増えたのだった。