マジックAR
この日は朝から雨が降っていた。
いや、ここ三日連続ずっと降っていた。
窓から見える空はどんよりしてて、雨が絶え間なく降り注いでる。
遠くには昼間なのに灯が漏れてる建物もある。雨の日特有の匂いと合わせて、独特な、物静かな雰囲気を出している。
これはこれで読書日和だ、とおれは魔導書を読んでいた。
料理もののマンガで、主人公とその娘が様々な料理をつくって、まわりの人たちと食べる話。
娘のリアルな造形が可愛いのと、普通ながらも美味しそうに作られる料理の数々が面白い。
続編ものだから、覚えられる魔法も段階的にレベルアップしていく。
それを、二巻まで読んだところで。
「ルシオくーん!」
ナディアが部屋に飛び込んできた。
「うわ!」
思わず声が上がる程びっくりした。
部屋に入ってきたナディアの頭が思いっきりボンバーヘッドになってた。
まるで寝起きの時の様な、そんな頭に。
「どうしたその頭は」
「えっ、あ、雨のせいだよこれ。湿気が増えるとこうなるんだ。それよりもルシオくん――」
「それより、こっち来てナディア」
「え?」
ナディアは首をかしげながらもおれの所にやってきた。
「『ヒートフィンガー』」
魔法を唱えて、指を熱くした。
ちょっと赤くなった指をチョキにして、その間にナディアの髪を挟んで、梳いていく。
ヘアアイロンと同じ感じだ。
「すぐに終わるから、じっとしてて」
「……うん」
ナディアは大人しくおれにされるがままになった。
五分もしないうちに、ナディアの髪は元に戻った。
いや、もとよりちょっとストレートでさらさらな感じだ。
もとからちょっとくせ毛なナディアだが、ストレートなのも似合う。
「ありがとう、ルシオくん」
「どういたしました」
「それよりもルシオくん! ヒマだよ、暇すぎてどうにかなってしまうよ」
「ヒマ?」
「そうだよ。雨降り出してもう三日目だよ? どこにも行けないしすごく退屈だよ」
「ああ」
なるほどと頷くおれ。雨が続いて、もともとアウトドアなナディアがついに我慢出来なくなった、って所か。
「なにかないかなルシオくん」
「またゴキかアリ退治にでも行くか?」
「あきたー。別なのない?」
「ふむ」
おれは魔導書を置いて、考えた。
一万に及ぶ魔法の中から、使えそうなのを。
「狩りでもするか?」
「狩り? どういうの?」
ナディアは目をきらきらさせた。
「『オーグメンテッドリアリティ』」
魔法を唱えると、手のひらの中にメガネが出現した。
それをナディアに手渡す。
「これをかければいいの?」
「ああ」
ナディアはメガネを掛けた。
「お」
思わず声が漏れた。
ストレートヘアに眼鏡姿のナディアは、普段とはだいぶ違う雰囲気になった。
知的で物静かな感じ、まるで――。
「あはは、まるで先生みたい」
ナディアは笑ってそう言った、同じ感想を持ったみたいだ。
「ねえねえ、似合う?」
「ああ似合うぞ。もっと顔をきりっとさせて、なんだろ、お上品、って感じにしたらもっとにあうかも」
「お上品……こんな感じかな」
ナディアは取り澄まして、おれを見つめた。
「ルシオくん、また宿題を忘れたの? いけない子ね」
「おお」
雰囲気ばっちりだった。まさに女教師、大人って感じだ。
だったが。
「ねえねえ、どうかなどうかな」
一瞬で元に戻ったナディア。
大人っぽいナディアもいいが、こっちの方が見てて落ち着く。
「似合ってたぞ」
「ありがとー」
ナディアはすっかり満足した様子で、改めておれに聞いた。
「で、これをどうするの?」
「部屋の中をみまわして見ろ、なんか違う所はないか」
「違う所? うーん、あっ」
ナディアはきょろきょろしてから、部屋の真ん中の床を見つめた。
「あそこにうさぎちゃんがいるよルシオくん」
「そうか」
おれには見えないが、きっとナディアには見えてるんだろう。
「わー、ふかふかだあ。かわいいね」
ナディアはそこに向かっていって、何かを抱き上げて、なでなでした。
おれにはやっぱり見えない。
「これルシオくんがだしたの?」
「そうだ、メガネをはずしてみろ」
「うん――あっ、消えた」
「そのメガネを掛けてるときにだけ見えるし触れるんだ。で」
魔法を更に使う。メガネをかけ直したナディアは自分の手を見た。
「わ、武器が出た」
「それで戦うってわけだ」
「なるほどなるほど。うーん、でも」
「でも?」
「うさぎちゃんをこの剣みたいなので切るのは可哀想かな」
「だったら変えればいい」
ちょん、とナディアのおでこにさわった。
おでこはぽわ、とひかった。
「敵と武器を想像してみるといい、それで変わるはずだ」
「どれどれ……うーん、うーん、うむむむむ」
まるでトイレにいるときの様ないきみ方だ。
「どうだ! ――あははははは、ちゃんとなってる。武器もいい感じ」
ナディアは大爆笑した。
何にかえたのか、おれにはわからないが気に入って何よりだ。
「えい! あははは、ちゃんとあたる」
ナディアは持ってる何かを両手で振り下ろした、ハンマーかなんかだろうか。
「その『敵』屋敷内のあっちこっちにランダムで出現するように設定した。軽く狩りアンド冒険が出来るはずだ」
「ありがとうルシオくん! いってくる」
女教師チックなメガネの姿のままナディアは部屋の外に飛び出した。
「みっけた! えい! えい!」
「何をなさってるんですの?」
「ベロちゃん! ルシオくんの魔法でね、イサーク叩きをやってるの」
「イサーク叩き? 妄想の遊びなんですの?」
「ちがうちがう、この眼鏡かけてみて――あははは、ベロちゃんもっと先生みたい!」
「からかわないで下さいまし――あら、なんかいますわね、あたくしの手にも」
「そのハンマーで叩くんだよ」
「こうですの――あら楽しい」
部屋の外から嫁達の声が聞こえてきた。
一部気になる会話が聞こえてから、おれは魔法でもう一つメガネを出して、それを掛けた。
そして、ナディアがさっきハンマーを振り下ろした所を見る。
そこにあったのは、二頭身のイサークが、更につぶされて涙目でてくてく歩いてる姿があった。
妙に愛嬌があって可愛いぞ、おい。
なるほど、これを叩いてたって事か。
「しかし……」
おれはARイサークを見た。
二頭身を更につぶした格好でもちゃんと彼だとわかる。
キャラ、立ってるなあ、と、おれは思ったのだった。