好感度勝負
「ルシオくん!」
「なにをするんですの!? おやめなさい!」
昼下がり、外から帰ってくると、屋敷の中からナディアが飛び出してきて、直後にベロニカが追いかけてきた。
二人はおれの前に立って、言い争う。
「いいじゃん、ルシオくんに判定してもらうのが一番だよ」
「その必要はありませんわ」
「あるよー。ちゃんと白黒つけるべきだよ」
「そもそもそのことに優劣をつけるのはおかしいことですわ」
「優劣じゃなくて自慢したくならない? ああ、わたしの方がこんなに――って」
「じ、自慢……」
「うん自慢。それに知りたいじゃん、あっ、やっぱりそっちもそんなに――ってさ」
「そ、そんなの知りたく―ー」
おれの前で言い争う二人。
いや言い争うと言うよりも、ナディアが一方的に押しつけて、ベロニカがたじたじしてる、って感じだ。
「待て待て」
おれは二人の間に割り込んだ。
「話が見えないぞ。そもそもなんの話だ? おれに判定して欲しいってなに?」
「なんでもありませ――」
「ルシオくんって、好き好き度を確認できる魔法を使える?」
「好き好き度を確認……? 好感度を可視化すればいいのか?」
「多分それ!」
ビシッ! と指さされた。
ナディアはかなりテンションが高い。一方のベロニカは唇を尖らせて拗ねてる様な顔。
よく分からないけど、その顔は――。
「そそる」
「え? ルシオくんなんかいった?」
「いやなんでもない。えっと、これでいいのかな?」
手を二人にかざす、脳内検索の一瞬でヒットした魔法を使う。
「『ラブパラ』」
魔法の光が二つのパネルを産み出した、パネルはそれぞれ一つの、三桁の数字がある。
ナディアの前にあるのが121で、ベロニカにあるのが197だ。
「わー、出たね。ねえねえ、これってどういう感じ? わたし達がルシオくんの事の好き好き度?」
「好感度って言ってくれ」
苦笑いする。好き好き度はナディアらしい表現だがなんか慣れない。
「まあ、そういうことだな」
「へー」
ナディアは二枚のパネルを見て、ベロニカを見て、手で口を押さえて「ふむ」って笑った。
そして肘でベロニカをつっついて。
「やっぱベロちゃんもルシオくん好き好きじゃん」
「うぅ……」
ベロニカは真っ赤にうつむいた。
好感度を暴露されて、更にからかわれての二重に恥ずかしい状態だ。
「そ、そんなことありませんわ! これは何かの間違いですわ」
「でも数字出てるよ?」
「それがおかしいのですわ。あたくしがあなたにこんな大差をつけるなどありえません。何かの間違いです」
「そうなの?」
ナディアがおれに聞く。
「間違いっていうか、変動してるからって言うか。今この瞬間の数字なんだよこれ」
「今の?」
「そう今の」
頷いてやると、ナディアは頬に指を当てて、考えた。
そして、おれに抱きつく。
「ルッシオくーん」
「おわっ」
「大好きだよ! ルシオくん!」
おれの首に抱きついた状態でいってきた。
すると、彼女の数字が上がった。
121、122、123――、と、一気に140まで上がった。
「おー、本当に上がった。うん、それくらいだよね」
「そうなのか?」
「うん、さっきよりちょっとだけルシオくんの事を好き好きしてみた」
よくわからんが、ナディア本人としては納得出来る数字だ。
だが、それはベロニカの悲劇でもある。
「むふっ」
おれの首にしがみついた状態のまま、ベロニカと彼女の数字を見た。
198、何故かちょっと上がってる。
「ち、違いますの。違いますの!」
「いいじゃんいいじゃん、ルシオくん好き好きで。ベロちゃんもルシオくんのお嫁さんなんだから当たり前の事だよ」
「それは! ……そう、かもしれません……けれど」
「そうだ! ねえベロちゃん、勝負しようよ!」
「勝負?」
「うん! どっちがよりルシオくん好き好きになるのかの勝負」
「そんな勝負なんて――」
「勝った方がルシオくんにいいことをしてもらえる」
「い、いいこと?」
ベロニカはうつむき加減でおれをちらっと見た。
ほんのり頬を染めてる――何を要求するつもりなんだ?
「どう?」
「……いいですわ」
「おお」
「ただし、こちらからもルールをつけますわ。競う間、彼に触れてはいけない」
「触っちゃダメなの?」
「触れてあがるなんて当然ですわ」
「うーん……それもそっか」
よく分からないルールを提示されたが、ナディアは納得した。
ベロニカの言うとおり、さもそれが当然であるかのように。
「それじゃ、いっせーのでやろうよ」
「わかりましたわ」
おれを置き去りにして二人で盛り上がる。
見てて楽しいから、おれは空気ソファを出して、観戦モードに入った。
「いっせーの」
「せ!」
合図と共に、二人は同時に動いた。
まずはナディア、彼女はいつだったか見たような、自分の体に腕を回してニヘラ顔になった。
「うへへ……ルシオくん、そんなところだめだって」
どんなところだ。
一方のベロニカは彼女らしくおへその辺りで手を揃えた上品な仕草で、同じように目を閉じていた。
その顔は徐々に赤くなっていく。
「これ以上は出来ませんわ!」
何ができないんだろうか。
方やもうダメ、方やもう出来ない。
内訳を聞くのがとても恐ろしい。
「ねえルシオくん、今のどっちが勝ち?」
ナディアが聞いてきた。
「勝敗の基準は? 現在値? それとも上昇値?」
「じゃあ上昇値で。ベロちゃんもそれでいい?」
「ええ」
「ならナディアだな。僅差だが」
「やた!」
「……」
小さくガッツポーズするナディア、口をあけてぽかーんとなってしまうベロニカ。
「残念だったねベロちゃん」
「……三本勝負ですわ」
「え?」
「三本勝負で二本先に取った方が勝ちにしますわ」
「いやしますわって。後出しもいいところだろそれ」
「のった!」
「のるんかい!」
ナディアは大喜びでベロニカの提案に乗った。
「次は道具ありでやろうよ」
「望む所ですわ」
二人はいったん屋敷の中に戻っていく。しばらくして、同時に何かを持って現われる。
ナディアはココが愛用してるおれの人形を、ベロニカはおれの普段着、その上着を持ってきた。
二人はそれをもって、おれの前に立って向き合う。
「じゃあ……」
「いっせいのっせ!」
「クンクン」
「スー、ハー。スー、ハー……」
いっせいに匂いをかぎ出した!
「うへへへ……」
「ルシオ……」
変態だー、二人とも変態だー。
何が変態なのかっていうと、パネルの数字がぐんぐん上がってるところが一番変態だ。
しばらくして、二人は示し合わせたかのように匂いを嗅ぐのをやめた。
「やるじゃん」
「大した事ありませんわ」
なんか称えあうような感じになってる。
「ルシオくん、どうだった?」
「どうですの?」
「うーん、今度もナディアの勝ちだな。僅差だけど」
「やた」
ナディアが二本先取した。
これで終わるのかと思いきや。
「よーし、じゃあ二回戦やろう。三本勝負を全部で五回戦ね」
「……望むところですわ」
続けるのかよ! っていうかなんで勝ったナディアが提案してるんだよ。
二人は勝負を続けた。ビックリする位の接戦で、ナディアが五回戦をストレートで三回取った。
勝負してる間に日が沈み、夕焼けの中、勝者と敗者は向き合っていた。
「く、悔しいですわ。あたくしが遅れをとるなど」
言葉通り悔しがるベロニカ。最初の頃のいじっぱりはどこへやらだ。
「こうなれば夜の部ですわ」
「望むところだよ」
「ってまだやるのかよ! つうか今までのがもしかして昼の部? 夜の部って同じ三本勝負の五回戦をくりかえすの?」
「あったりまえじゃん」
「当たり前ですわ」
何を馬鹿な事を、という顔を二人がする。
「次はどうします?」
「ルシオくんとお手々をつなぐ! それだけ」
「乗りましたわ」
二人がそういって、おれの手をつないでくる。
勝負が続く、パネルの好感度の数字がグングン上がる。
深夜まで続いた勝負は、ナディアの勝利で幕を閉じた。
☆
そして、翌朝。
「二日目いくよ!」
「望むところ、今日こそ勝ちますわ」
「だからなんで勝った方が決着先延ばしにするんだよ」
おれは突っ込んだが、それとは関係なく、二人の嫁は実に生き生きしてて楽しそうだった。