透明人間
「たのもー!」
魔導図書館で魔導書を読んでると、外から女人の叫び声が聞こえてきた。
なんか古風な言葉で、使い道が限定される言葉。
外にでると、そこに一人の女の人がいた。
いい服を着てるお嬢様風な若い女の人だけど、雰囲気がちょっとかたい。
「こんにちは、なにかごようですか?」
初対面の人だから、子供モードで話しかけた。
「ここに千呪公ルシオ・マルティン閣下がいるとうかがって」
「うん、いるよ。ここの館長だからね」
「可能ならお目通り願いたい!」
「わかった。ぼくがルシオだよ」
「なんと!」
女の人はおれをジロジロ見つめた。
『このような子供が千呪公なはずがない。どういうつもりだ? ……なるほど本物は奥にいてわたしを試しているのだな。よし、ここは見た目にまどわされずちゃんと千呪公だとして対処しよう』
「え?」
おもわずきょとんとなった。
女の人は考え事する仕草で、早口でまくし立てた。
これってもしかして……。
「千呪公閣下ご本人でしたか、そうとは知らず失礼いたしました」
女の人は一歩下がって、騎士のように片膝ついた。
「わたしの名前はマニエラ・エリセ。エリセ一族の末裔である」
「マニエラさんだね」
「千呪公閣下にお目通りかなって光栄の極みでございます」
そう言ったマニエラ。
一呼吸間を置いて。
『これでどうだ。完璧に決まったぞ。これで中にいる本物の千呪公も満足してくれるだろう』
と、また早口でまくし立てて、伏し目ながらちらちらとおれの背後、図書館の奥を見ている。
これって……やっぱりあれか?
思ってる事が全部口に出てしまうタイプなのか。
……なんで?
確認する、おれは魔法を使ってない、今ここで魔法もかかってない。
「ねーねーマニエラお姉さん。お姉さんは魔法とか、呪いとか、そういうのかけられたりしてるの?」
「え? いえそんな事はないのだが」
きょとんと答えて、その直後。
『何を聞いてくるんだろうこの子は、わたしを試してる? はっ! 中にいる千呪公が知らずのうちにわたしに魔法をかけてるのか!』
「えっと……」
「そういえばさっきから体調が悪いような気がする!」
力強く言われた。体調が悪い人の口調じゃない。
『これでどうだ』
色々とダダ漏れな人だ。
そこは突っ込んでもしょうがないっぽいな。
スルーして、話を進めることにした。
「それでお姉さん。ぼくにあってなんのようなの?」
「えっと……」
マニエラはおれを見て、図書館の奥を見る。
あー、そういうことか。
「大丈夫」
おれは言った。マニエラが少しだけ驚いた顔をする。
「何でもいって。千呪公がちゃんと聞いてるから」
マニエラはハッとした。
『やっぱりそう言うことなのね。自分は表に出てこないから代わりにこの子を。よーし、それなら』
うまく勘違いしてくれた。
「これを見ていただきたい!」
そういって、まるで昇降口でラブレターを渡すような姿勢で一冊の本を出してきた。
「これ……魔導書?」
「そう! わがエリセ一族に代々伝わる魔導書! ……の、はずだ」
尻すぼみに消えていくセリフ。
「はず? どういうことなの?」
「実は……これはとんでもない魔法が秘められている魔導書なのだ。エリセ一族のご先祖様はこの魔法で天下を取りかけた、という言い伝えが残ってるくらいの強力な魔法が」
「天下を取りかけた? すごいね、どういう魔法なの?」
マニエラは首を振った。
「それはわからない、言い伝えではとにかくすごいってしか。それと一目見たらわかるとも」
「そーなんだ」
よっぽど視覚的に強烈な魔法なんだな。
「だがご先祖様以外、数百年もの間誰もこの魔導書を読めなかったのだ。数百年、一族合わせて数千人が挑戦したが、だれも」
「ありゃ」
「だから最近ではこの魔導書自体偽物なんじゃないかって言われてる」
「それはつらいね」
「いや、魔導書が偽物でも別にいい、ただそれでエリセ一族の栄光まで否定されるのは……」
魔法が偽物ならそれで達成した事績も嘘になる。
なるほどな。
マニエラはしょぼーんとなった。
肩を落として、跪いたままおれを見る。
「千呪公閣下の事を噂で聞いた。どんな魔導書でもすぐに読めてしまう、千の魔法を使えるすごい人だと」
一万超えたけどな。
「だから! 千呪公閣下に読んでもらえれば、この魔導書が本物なんだって証明できる! そう思ってこちらにうかがった!」
「なるほど」
『そしてあわよくばわたしがそれを覚えてエリセ一族の栄光を取り戻してむふふ……』
なんか聞こえた。
心の声が漏れてるぞ。
まっ、それくらいは人として当たり前だからスルーしとこ。
「それじゃあ見せてもらってもいい?」
「え、いやしかし」
マニエラはまたおれと図書館の奥を見くらべた。
「とりあえずぼくが先に見るから」
とりあえず、を強調して言う。
「わ、わかった」
魔導書を受け取って、パラパラ中身をみた。
ふむ、現代物で、ちょっとエロい主人公が――。
「あれ?」
「ど、どうしたのだ?」
「これ……ちょっとおかしい」
「おかしい?」
『何がおかしいの? っていうかあんたのような子供じゃわからないから早く本当の千呪公だして』
無視して魔導書を読む。
パラパラめくる、前後を行ったり来たりして読み比べる。
それでようやくわかった。
「これ、乱丁だね」
「ら、乱丁?」
「うん、ページの順番がぐちゃぐちゃだよ? 一ページ目は普通なのに、その次が四ページ目になってる。めくったら今度は三ページ目が来てその次に二ページがやっと来てる。うん、これは読めないのも仕方ないよ」
「そ、そんな事がわかるのか!?」
「わからないの? ……そっか、そもそも読めないんじゃ乱丁かどうかもわからないんだ」
「あ、ああ」
「ちょっと待ってね……」
そう言ってマニエラを待たせて、おれは魔導書に専念した。
ページの並びがぐっちゃぐちゃだけど、乱丁だっていう認識があれば読める。
ページの最後からある程度次のページの最初が予想できるし、完全に場面が転換されて飛ぶときも何となくわかる。
ページを前に後ろに行ったり来たりして……普段の倍、一時間くらいかけて読み切った。
「うん、読めたよ。確かにこれはすごい魔法で、見れば一発でわかるね」
「え? よ、読めたの?」
『まさかこの子……本当に千呪公……?』
最初からそう言ってるけどな。
まっ、今から証拠を見せてやる。
「『インビジブル』」
魔法を唱える。
次の瞬間、おれは透明人間になった。
着てる服がそのままで、体が透明に。
活用する場面じゃなくて、すごさをわからせる目的だから、服を着たままにしてマニエラに話しかけた。
見た目は空中に服だけが浮いてるかなりすごい光景だ。
「こういう魔法だよ」
「わあ!」
「見ての通り体が透明になる魔法。せこいこともやっちゃえるけど……すごいことも出来ちゃうねこれ」
「透明……」
「魔導書は本物、魔法の内容も納得だね。マニエラのご先祖様はきっとすごい事をしたに違いないよ」
「本当、に?」
「うん」
おれは頷く……透明だから多分見えない。
でも、マニエラの表情がほっとした。
安心して、ほっとした顔になった。
「本物だったんだ……よかった」
「疑ってる人がいるって話だね。ぼくから文書をだすよ。この魔導書が本物で、すごい魔法だって公表する。魔法がらみで千呪公の言葉だから多分ちょっとは説得力あると思うよ」
「本当か!」
「うん。任せて。何だったら出向いて魔法を実際に使って見せてもいいよ」
すごい魔法を覚えさせてもらった礼だ。
おれがそう言ったあと、マニエラはしばらくの間ポカーンとした。
やがて、我に返って。
「感謝する!」
『この人すごい! この人すごい! この人すごい!』
表に裏と、ものすごく感謝されたのだった。




