ギャンブルデート
おれとシルビアはデートしていた。
昼間の王都をお手々つないだまま歩く。
「わああ、可愛らしいお二人だわ」
子供の姿だからか、それともシルビアが純粋にかわいいからか、すれ違う人々にうっとりされた。
「ルシオ様、あそこ、なんだかすごく賑わってます」
「うん、行ってみようか」
「はい!」
手をつないだまま、シルビアと一緒にある店の前にやってくる。
パッと見て酒場って感じだが、それにしては昼間から賑わってる。
入り口から覗いた感じ、中は二・三百人はいるって感じだ。
表で立ち番してる男がいたから、そいつに聞いてみた。
「ねーねーおじちゃん、ここはなに?」
「ああん? ここはガキには早い、十年後にまたきな」
冷たくあしらわれた。
まあ本当に酒場なら子供に関係ないのも確かか。
「行こうシルビア」
「……うん」
シルビアと一緒にそこから離れたが、彼女はちらちらと店の事をしきりに気にした。
店をちらっとみて、おれの顔もちらっとみる。
入りたいのか? ……入りたいみたいだな。
これがナディアなら「ルシオくんなんとかして」ってストレートにおねだりしてくる所だが、シルビアはそういう所奥ゆかしいからな。
「シルビア、ちょっと付き合って」
「はい」
頷くシルビアに魔法をかけて、おれ自身にも魔法を掛けた。
みるみるうちに、二人が大人の姿になる。
よく使う魔法、大人の姿になる魔法だ。
おれもシルビアも大人になった。
目の前のシルビアはいつだったかの舞踏会でみたような美女に変わった。
おれでもちょっと見とれる位だ。
「これなら入れるだろ」
「はい!」
やっぱり入りたかったみたいで、シルビアはうきうき顔で頷いた。
おれが歩き出すと、ついてきたシルビアは手じゃなくて、腕を組んできた。
お手々つなぐ可愛らしい子供たちから、腕組みのアツアツカップルに早変わりだ。
胸が腕に当るのにちょっとどきどきして、店の方に戻ってくる。
「入っていいか?」
「どうぞ」
立ち番の男はあっさりおれたちを通した。
中に入ると、ますます賑わってるのがわかる。
たくさんの席があり、奥にステージがあって、その上に透明のでっかい箱がある。
「いらっしゃいませ、お二人ですか?」
店の人が出てきた。
若い優男だ。
「ああ。それとはじめてだが、ここはどういう所だ?」
「当店『一攫千金亭』の事はご存じないので?」
男はちょっと驚いたって顔をした。
そんなに有名な店なのか。
「ああ、説明してくれ」
「実際に一度ご覧になればおわかりになるかと、至ってシンプルなシステムでございます」
シンプルな……システム?
なんだシステムは、ただ酒場じゃないのか?
「席までご案内いたします」
「……ああ」
まあ、何があっても大丈夫だろ。
おれはシルビアをつれて、男に案内された。
「おぉ……べっぴんさんや」
「すっごく綺麗……」
「けっ、男も美形とか、この世は間違ってるよな!」
まわりからいろんな声がでた、町中でお手々つないでた時とはまた違う感想だ。
そうして、壁際の席に案内される。
「それでは! 次のゲームを始めます。参加料をテーブルの上に置いてください」
ステージの上で一人の男がいった。
三十代の男だ。
男が言うと、まわりからガチャガチャって音がした。
みんなしてテーブルの上に硬貨を一枚置いた。
それ一枚で500セタになる、硬貨の中では結構額面の大きいものだ。
硬貨がすぅと消えて、代わりに木造の同じサイズのコインになった。
コインは裏表がある、表が緑、裏が赤に塗りつぶされてる。
そして消えた硬貨はと言えば――いつの間にかステージの透明の箱の中に集まっていた。
おれを除いた店のほぼ全テーブル分の500セタ硬貨、ちょっと壮観だ。
「それでは参りますよ、『バイナリィワールド』」
男は魔法を使った。
男の前に白い光を放つ箱があらわれた。
箱は空中でぐるぐる回転する。
「ルシオ様、あれはどういう魔法なんですか?」
よこにいるシルビアが聞いてきた。
「コイン占いみたいな魔法だ。使うと設定した二つの結果が50%50%の確率で出てくる。シンプルだけど強い魔法でもある。魔導書じゃ神の意志が働いてるって表現があって、魔法をつかった後は外部の干渉が一切効かない、完全なる二分の一の確率ででる」
「ルシオ様でも干渉出来ないんですか?」
「無理だな、そういう魔法だ。つかえはするけどな」
そういっておれは魔法を使った。
ステージ上と同じ白い箱がでて、やがてはじけた。
マミの顔が一瞬そこにあらわれた。
「あ、マミちゃん」
「『バイナリィワールド』」
「今度はココちゃんだ」
「こんな感じだな」
「すごいです!」
何がすごいんだろ。
気を取り直してまわりをみた。
「おれは赤で行くぜ」
「今までの傾向は赤赤緑赤緑赤緑緑緑……」
「今回は緑縛りでやってみよう」
テーブルごとにいろんな声が聞こえてきた。
がちゃがちゃって音がして、全員が赤緑のコインを動かした。
「では……いきますよ、オープン!」
光の箱が消えて、緑のコインが出てきた。
瞬間、テーブルの上が赤のコインだったのがきえて緑の人だけがのこった。
男がまた魔法を使う。今度は赤がでて、緑にしたコインが消えた。
「○×クイズか」
「はい?」
しばらくそれが繰り返されて、やがて、一人に絞られた。
「ジャックポット! おめでとうございます!」
その男の元に、500セタコインが全部運ばれた。
まわりから拍手と祝福とやっかみの声がひっきりなしに聞こえた。
なるほどそういうことか。
みんながコインを一枚出し合って、○×クイズをやって、最後に残った一人が総取りか。
ある意味宝くじみたいなものだな。
「久しぶりに当ったぜ。この店で一番いい酒を持ってこい。みんなにも一杯ずつだ」
「かしこまりました」
「けっ、おい、こっちも酒お代わりだ! ヤツの酒なんか飲まねえ」
あっちこっちで注文がされた。
当った人間も当ってない人間も酒や料理を注文する。
特に当ったヤツは気が大きくなって散財してる。
なるほど、店は宝くじから金を取らない代わりに、こうして商売してるのか。
うまいな。
「ええい! こんなのおかしい!」
店の反対側から男の叫び声が聞こえた。
みると――イサークだった。
「お客様、騒ぎを起こすのは」
「いいか! おれは今朝からここにいて十回やってるんだ。それが全部一回目に外れるってどういうことなんだよ」
イサークは思いっきりわめいた。
まわりも店の人も迷惑そうな顔をする。
「ずるだ! 絶対ずるしてる!」
「お言葉ですがお客様、『バイナリィワールド』はいかなる干渉も不可能な魔法で……」
うん、それはそうだ。
「いいや絶対にずるしてる!」
「……仕方ありません」
店の男は手招きした。
離れた所から大男が二人やってきて、左右からイサークを挟み込んだ。
そして無理矢理外に連れて行く。
まわりの客はわめくイサークを冷たい目でみた。
「あいつバカじゃねえの?」
「あの魔法が干渉できないのはみんなわかってるし」
「運が悪いのは同情するけどよ」
イサークがつまみ出された後、店は通常運転に戻った。
「さあ、気を取り直して次のゲームはじめました。参加料をどうぞ!」
「ルシオ様、やってみてもいいですか?」
「やるのはいいけど、どうせなら勝ちたいな」
「でも……運試しですよね。ルシオ様でも干渉出来ない魔法って」
「ああ、結果は干渉出来ない」
「でしたら――」
「だが未来はわかる」
「えっ」
「『タイムシフト』」
魔法を唱えると、シルビアの横にシルビアが現われた。
「シルビア」
「流石ルシオ様、赤です」
数十秒後の未来からやってきたシルビア′がそう言って、すぐに消えた。
「ってことだ」
「わあ……」
おれは500セタを払って、赤緑のコインを手に入れた。
それを赤にする。
ステージ上の結果が赤と出た。
そしてシルビアが消えた。
「『タイムシフト』」
「次は緑ですルシオ様」
シルビア′′が現われるなり言った。
そしてまた消えて、ステージの結果は緑になった。
未来予知で、二分の一の賭けを次々と当てた。
一回目に最後まで生き残って、まわりは拍手で祝福してくれた。
二回目を最後まで生き残って、まわりが更にすげえって盛り上がった。
三回目も勝ってしまうと、それが一気に驚愕に変わった。
テーブルの上に積み上げられた三回分の大当たりの硬貨がものすごい事になってる。
「どういうことだ、まさかズルを」
「しかし『バイナリィワールド』はそういうの出来ないはず」
「じゃあ運がいいってのか? 30回近くの二分の一を当て続けたってのか?」
2の30乗を当てたら運がいいところの騒ぎじゃないけどな。
「ルシオ様、なんかまわりの目が」
「そうだな。おい」
おれは近くにいる店員を呼び寄せた。
「いかがしましたか?」
「この店のシステムにキャリーオーバーってあるのか? だれも当らず次の回に持ち越しってのは」
「ございます、最後の勝負で全員一斉に外れたはしばしばございますので」
「やっぱりあるか。じゃあこれを全部キャリーオーバーに回してくれ」
「え? こ、これ全部ですか?」
「ああ。当てた金でおごりってのもありなんだろ。それと一緒だ」
店の男がきょとんとして、それから慌てて確認に走った。
しばらくして、それをステージ上で発表された。
三回分のキャリーオーバーがみんなに教えられる。
「まじか! すげえ!」
「兄ちゃん男前!」
「ヒューヒュー!」
歓声と口笛が飛びかった。
「ルシオ様……すごいです」
「そうか?」
「はい、いろんな意味で」
「そうか」
「わたし、ルシオ様のお嫁さんでよかったです」
そういって、うっとりした顔でおれに抱きついてくるシルビア。
大人の姿になるとちょっと積極的になる彼女。
こうして抱きつかれたのが、今日一番の収穫かも知れない。
ちなみに。
「おれにもやらせろ」
騒ぎを聞きつけて、店に戻ってきて三回のキャリーオーバーを狙おうとしたイサークはすぐにつまみ出されたのだった。