動物と子供
「え、えええええ!」
マンガを読んでると、屋敷の外からナディアの悲鳴が聞こえてきた。
どうしたんだろうと思って外に出る。
屋敷の庭、ナディアが口に手を当てて驚いた目をしている。
「どうしたナディア」
「あっルシオくん! 大変なんだ」
「ん?」
「あれ見て!」
ナディアがそう言って指さした方を見る。
屋敷の木の下、そこで犬っ娘のココが丸まって昼寝をしていた。
しっぽがぱた、ぱたと振られてて、いかにも気持ちよさそうだ。
それがどうしたんだ? といいかけて――おれも異変に気づいた。
ココの横、そこにもう一つなにかがあった。
なにか、というのはそれがちいさかったからだ。
小柄なココに比べても更にその半分くらいの大きさしかない。
赤ちゃんだった。
人間の赤ちゃんだった。
問題なのは、その赤ちゃんはベロニカだった。
赤い髪、ぶかぶかになったドレス。
そのドレスを布団にするかのように、その中で丸まって、さらにココに体を寄せて寝ている。
「ど、どうしたんだろこれ」
「……魔法の暴走だな」
「魔法の暴走?」
「ああ」
頷く。
『リコネクション』の魔導書に書かれてた内容を思い出す。
この魔法はかけた人間の体調に依存する。体が弱ると魔法が利きすぎてしまう事がある。
それをナディアに説明してやると。
「そういえば……ベロちゃん今朝なんか調子悪いって言ってた」
「それが原因だな」
「そっか、それでベロちゃん縮んだのか」
「ちなみに体調が戻ればサイズも戻るから。これは一時的なものだ」
「そっか、よかった」
ナディアはほっとした。
そうこうしてる間にベロニカが起き出した。
「……ふぇん」
「ベロちゃん」
「ふええええん!」
赤ちゃんベロニカはいきなり泣き出した。
前兆とかまったくなくて、ナディアは慌てた。
「ど、どういう事なのルシオくん」
「『リコネクション』は見た目だけじゃない、中身も見た目通りにかえてしまう魔法だ」
「え? ってことは――いまのベロちゃんは……」
「ああ、完全に赤ちゃんになってるって事だ」
「はわぁ……そっかぁ……」
ベロニカが泣き出した時は慌てたナディアだったが、おれの説明を聞いて落ち着いた。
赤ん坊が泣くのは当たり前だと、ナディアもわかってるからだ。
一方でベロニカは泣き続けた。
泣き声に起こされて、ココが半開きの目でベロニカを見た。
そして、泣き続けるベロニカの顔をベロっと舐めた。
ちょっと本能が出てる、犬っ娘の愛情表現だ。
「あ、機嫌直った」
つぶやくナディア。
ココに顔を舐められたベロニカは一瞬で泣き止んだ。
ドレスを這い出て、体に引っかかってるキャミソール姿のまま、ココによじ登ろうとした。
「……ふぇ?」
流石にココが起きた。
起きて、ベロニカを見て困った顔をする。
「ご主人様? これはなんですかぁ?」
「ベロニカだ」
「えー?」
「うきゃきゃきゃきゃ」
赤ちゃんベロニカはココをアトラクションにするかのようによじ登ろうとした。
登って、体の上で器用に反転して、犬っ娘をまるでソファーみたいにして、くつろいだ。
「わー、楽しそう」
「ココは困ってるみたいだがな」
「でもやめさせようとしてないじゃん。それにしっぽをバタバタさせてるよ?」
ナディアの言った通り、ココは困り顔をしてながらも、しっぽをバタバタ振っている。
困ってるけどまんざらでもない、って感じなのだろうか。
あるいは子供ベロニカに母性を刺激されたからだろうか。
いずれにしても、おれが何かをする必要はなさそうな状況だ。
「よし!」
ナディアは何かしようとしてるみたいだ。
「ちょっとまっててルシオくん、わたしちょっと水をかぶってくる」
「待て待て、水をかぶってどうするんだ?」
「風邪を引くんだ、それでわたしも子供になるの」
ああ、ベロニカが弱ったから子供になってるから、そうするって事だ。
「待て待て、『リコネクション』で最初から子供にする事もできるぞ」
「そうなんだ! じゃあルシオくんお願い!」
「はいはい」
満面の笑顔で期待の目をするナディア。
そんな彼女に『リコネクション』の魔法を掛けた。
彼女の身体が徐々に縮んでいく。
十秒もしないうちに、はいはいする赤ちゃんの姿になった。
「きゃきゃ!」
赤ちゃん笑いをしながら、ナディアはハイハイをしてココに向かって行く。
ココはますます困り顔をしたが、拒もうとはしなかった。
やがてナディアもココによじ登る。
ココがまるでアトラクション――ジャングルジムのように、その上でナディアとベロニカが遊びだした。
「ご主人様ぁ……」
「がんばれがんばれ」
救いを求められたが、突き放した。
逆に魔法で空気ソファーを作りだし、読みかけの魔導書を取り寄せた。
その場でくつろぎ、じゃれ合う子供達と飼い犬っ娘を見守った。
ナディアが顔をペチペチ叩いても、ベロニカがしっぽを引っ張っても。
ココは怒る事なく、二人の好きな様にさせた。
最初はただ困った顔だったのが、次第に「しょうがないなあ」という風に変化していくココの表情。
ハイハイする赤ちゃんナディアと赤ちゃんベロニカに付き合って、自分もハイハイというか四足歩行するココ。
犬っ娘だから普段は二足歩行で――その光景におれはクスッと来た。
「動画にして投稿したら百万再生は硬いな、これ」
赤ちゃん嫁と飼い犬のふれあいは、そう思うくらい心温まる光景だった。
皆様のおかげでマンガ嫁累計入りしました!
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