メイドの夢
昼下がりの魔導図書館、おれはいつもの様に魔導書を読んでいた。
ごろごろしてマンガを読む。だらけきった姿に見えるけど仕事だ。
むしろライフワークだ。
ここでもっともっと魔法を覚えて、かわいい嫁達と楽しく過ごしたい。
その思いでマンガを読んでて――最近は読むペースが上がってきてる気がする。
「旦那様」
呼ばれて顔を上げる。
メイド姿のアマンダさんがいつの間にかそこにたっていた。
「お弁当をお持ちしました」
アマンダさんがバスケットを差し出す。
たまに嫁達と行くピクニックなどで使う、蓋付きのバスケットだ。
「ありがとう」
受け取って、ふたを開ける。
「本日はベロニカ様がお作りいたしました」
「ベロニカが? 彼女料理できたのか?」
「僭越ながらお手伝いさせていただきました。それと」
「うん?」
「キッチンの修理にしばし時間がかかるため、本日は帰宅を遅らせるのがよろしいかと」
「なるほど」
つまりベロニカはやっぱり料理下手で、キッチンを破壊するレベルだって事か。
それを聞いてちょっと安心する。ベロニカはそっちの方が似合う。
しかしそうなると弁当は大丈夫なのかって気もしてくる。
おそるおそるバスケットの中を見る、やいたトーストにジャムやらバターやらを塗ったのがいくつも入ってる。
形は――よく言えば芸術的だ。トーストそのものの形も、塗ったジャムとかの形も。
「キッチンは大丈夫か? なんならこっそり戻って魔法で修復するけど?」
思わずアマンダさんにそんなことを聞いてしまうほどの出来映えだった。
「問題ありません。日没より後に戻ってきていただければ。ついでに言えば味の方は普通でございます。」
「そう」
アマンダさんがそういうのならそうなんだろう。
おれは裏が何故か尖ってる一枚のトーストを取って、かじった。
……うん、普通だ。
焼いたトーストにジャムを塗ったら普通にこうなるって味だ。
まあ、うまい。食材レベルで。
造形は先鋭的だが、味はちゃんとしてる。
安心して他のトーストも食べた。
全部見た目が壊滅的だけど、味は普通に美味しかった。
「まあ、彼女の過去とか経歴を考えればこんなもんか」
「おっしゃる通りだとおもいます」
「そういえばアマンダの過去って聞いたことないな。マルティン家のメイドになる前は何をしてたんだ?」
「いろいろありました」
「いろいろ?」
「はい」
そう言ったきり、口をつぐんでしまうアマンダさん。
いつもと変わらない表情だが、話すつもりはないって顔だ。
多分命令したら話すだろう、アマンダさんはそう言う人だ。
命令はしなかった。
それはなんかダメだと思ったからだ。
残ったトーストを食べた。一緒に入ってるペーストよりも更にどろっとしてるが味だけは美味しいジュースも飲んだ。
「ごちそう様。おいしかった――」
お礼を言おうとして顔を上げたが、口をつぐんだ。
おれの前で手を揃えて立ってるアマンダさんがうとうとしてたからだ。
立ったまま寝てるという、彼女らしくないようで、実に彼女らしい芸当をやってのけてる。
おれはしばらくアマンダさんをみつめた。
ほとんど隙を見せないパーフェクトメイドの寝顔を楽しんだ。
多分、彼女を消耗させたベロニカにお礼を言うべきなんだろう。
「ご」
「うん?」
「ごめんなさい、もう許して……」
「……」
突然寝言を言い出したアマンダさん、その寝言が聞き捨てならないものだった。
おれは少し考えて、魔法をかけた。
『ドリームキャッチャー』
かつてシルビアとナディアに使った、夢をのぞく魔法。
☆
幼いアマンダさんはある日、住んでた村を盗賊に襲われ、そこで両親を殺されてしまう。
子供だから見逃されたが、両親を埋葬するために、自分を奴隷商人に売って、その金で両親を埋葬した。
その後おじいさんに買われ、マルティン家にやってきた。
☆
のぞいた夢から現実世界に戻ってきたおれ。
今見た夢がものすごく胸くそ悪かった。
なぜなら、それは見た事のあるタイプの夢だったから。
シルビアやナディアと同じ、つらい過去がベースになってる夢だ。
つまり、これがアマンダさんの過去。
村を襲われ、自分を奴隷商人に売って両親を弔ったという過去。
……胸くそが悪い。
「せめて夢を変えよう。『ドリームモルファイ』」
別の魔法を唱えて、もう一度夢の中に入った。
夢の中を一部修正する。
『この娘はかしこいのう。どうじゃ、わしにあずけてみんか。わしのところで教育をうけて、世界最強のメイドにそだててやるぞい』
盗賊に襲われた部分を消して、その代わりおじいさんが村をたずねて、アマンダさんの素質を見いだして引き取ったというストーリーにする。
そうしてアマンダさんは両親に笑顔で送り出されて、マルティン家にやってきた。
こうして、また夢から現実世界に戻ってくる。
丁度アマンダさんが目を覚ますところだった。
アマンダさんはきょろきょろとまわりを見回す。
「おはようアマンダさん」
「おはようございます、旦那様」
「ぐっすりだったな、夢でも見てたのか」
「夢……? ええ、夢を見てました。素晴しい夢を」
「そうか」
とりあえず夢改変が成功した事を喜ぶおれ。
「それよりもごちそう様。美味しかったよ」
と、バスケットを返す。
バスケットを受け取ったアマンダさんにいう。
「後はよろしく。ああ、今日は遅くなるから、キッチンの修理はゆっくりやっていいぞ」
「……わかりました」
アマンダさんが図書館から立ち去った。
いなくなったのを確認して、おれは声をあげた。
「ファン、ファン・クルスいる?」
呼ばれて、男が姿を現わした。
二メートルを超える大男、この図書館に常駐しているが、普段は中々姿を見せないおれの助手だ。
「どうした館長」
「これを知ってるか?」
魔法で空中に絵を描いた。
アマンダさんの夢の中で見た、盗賊達がつけてた紋章だ。
ふんわりとした景色がほとんどの夢の中、それだけくっきりと写ってる。
……心に刻み込まれてるってことなんだろ。
「これは……鉄鮫団のエンブレムだぜ」
「鉄鮫団?」
「ああ、団長の石頭が有名な……ってそっちはどうでもいいか。有名な盗賊団のエンブレムだ。極悪非道、ほしい物はとにかく奪って手に入れるってのがモットーな奴らだ」
やっぱりそうか。
関わってないのにあんな夢を見るはずがない。
つまり、あの夢はほとんどアマンダさんの過去で――アマンダさんは今でもそれにうなされることがあるってことだ。
「そいつらの居場所はわかるか?」
「本部って言われてるところならこのラ・リネアの北西にあるけど……って、な、なにをするんですか?」
「決まってる」
頭をフル回転して、使える魔法を検索した。
「つぶすんだ」
久しぶりに凶暴な感情が胸を支配した。
☆
ラ・リネア北西にある山城。
「止まれ! ってガキかよ」
「ここはガキが来る所じゃねえぞ」
「帰ってママのオッパイでも吸ってな」
最初は武器を向けて恫喝してきたが、やってきたのが八歳児の男の子だとわかるや、全員が汚い言葉を飛ばして、からかってきた。
「『フレイズニードル』」
おれは無言で魔法を撃った、全員の手足を炎の針で撃ち抜いた。
絶叫と悲鳴が轟く、撃たれた盗賊達は地面に転がり回った。
一部元気なヤツがいて、さらに汚い言葉でおれの罵ったから、追加で針をたたき込んだ。
「どうした! なんなんだこれは!」
奥から一人の男が出てきた。
他の男達と違って、鮫をあしらった鎧にマントを着けてる。
「ねえねえ、おじさんがここのボス?」
久しぶりの子供モード。
こうでもしないと、怒りでどうにかなりそうだったから。
「小僧、てめえなにもんだ」
「聞いてるのはこっちなんだ」
魔法を撃つ。炎の針が男の足の甲を貫く。
まるで釘のように、男をその場に釘付けにした。
「がああああ!」
「ねえ、答えてよ」
「てめえこんなこと――」
「頭がわるいなあ」
さらに魔法を撃つ、もう片足にも炎の針で釘を打ち込む。
「質問に答えてくれる気になった?」
「な、何をしに来た。敵討ちか? 賞金稼ぎか? もし金なら――」
「残念、前者なんだ」
多少話が出来る様になったから、それに答えた。
「アマンダさん……この子の事覚えてる?」
『クリエイトデリュージョン』を唱えた。
映し出されたのは幼いアマンダさん、それに殺された両親の姿。
アマンダさんの夢で見た光景だ。
「……」
男は答えない。
「どうなの?」
「……しらん」
「知らない?」
「こんなのいちいち覚えてられるか! お前は自分が食った肉の形をいちいち覚えてるのか! ああん!?」
「逆ギレかあ。ひどいね。でも心当たりはあるんでしょ」
「おう、あるさ。こんなの数え切れないくらいやってきたさ。それの何が悪い」
「悪くないよ。ぼくがきらいなだけ」
もういっか。これ以上やっても無駄な問答が続くだけだ。
「てめえ覚えてろよ。ガキだろうがしったこっちゃねえ。いずれ仲間を集めててめえをぶち殺しに行くからな」
「あれれれー、おかしいな」
「はあ?」
おれは笑った、思わず笑いが出た。
心が、口調が冷たくなる。
「お前、いずれなんてあるって思ってるのか?」
一瞬きょとんとなった男、直後におれの言葉の意味を理解して、わめきだした。
命乞いだったが、聞く耳は持たなかった。
☆
盗賊を一掃して、砦を立ち去ろうとしたおれの前に彼女が待ち構えていた。
砦の前、いつも通りの冷たい顔にメイド服。
「……アマンダさん、どうしてここに?」
「いい夢をみました、旦那様が今日は遅くなるとおっしゃいました。それに」
「それに?」
「目覚めた時の旦那様のお顔が強ばってました。旦那様のあんな顔を見たのは初めてです」
「なるほど」
うかつだった、とは思わなかった。
アマンダさんなら気づいても不思議はない、と思ったから。
「バレたものはしょうがない。それよりもどこから見てた」
「一部始終」
「あの中にいた?」
「マントの男が」
「そうか。じゃあ帰るか」
「はい」
アマンダさんを連れて、山城を出て、歩きでラ・リネアに戻る。
「アマンダ」
「なんでしょう」
「記憶を作り替える魔法がある。過去は変えられないが、記憶そのものを丸ごと上書きできる。つらい過去を忘れるための魔法だ。かけてやろうか」
「結構でございます」
アマンダさんに即答で断られた。
「いいのか? 終わったことだし、上書きしてつらいことを忘れるのもありだぞ」
「いいえ、終わってません」
「むっ? どういうことだ、まだ仇がいるのか? もしそうならおれが――」
「旦那様によくしていただいたご恩を返すのがまだです、なので、終わってません」
「ああ、そう言う意味か」
「旦那様」
真剣な、いつにもまして真剣な口調だ。
アマンダさんの足音がとまった、おれは立ち止まって、アマンダさんを向く。
「ありがとうございました。旦那様に受けたご恩、一生かけて返します」
「わかった。これからもよろしく頼む」
「はい」
静かにうなずくアマンダさん。
口調は、今まで通り。
しかし、その顔には。
今まで見た事の無い様な、穏やかな笑顔をしていたのだった。
アマンダさんの出番をもっと増やしたいな、と思ったらこうなりました。
重めな話ですが、これからアマンダさんはもっと笑顔になると思います。