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マルティン家の幸せ

「何か面白いことはありませんの?」


 屋敷の庭でひなたぼっこしながら魔導書を読んでると、嫁の一人、ベロニカがそんなことを言ってきた。


 おれの前に立つベロニカ、退屈にあきあきって顔をしてる。


 その向こうにシルビアとナディアがいて、二人ともこっちを見てる。


 もうちょっと離れた所にココが犬座りで、愛用のルシオ人形を抱き締めて寝ている。


「面白いことってなんだ?」


「退屈なんですの」


「のんびりしたら良いじゃないか」


「あなたと一緒にいるのに退屈なのがありえませんの。そんなのもったいないですわ!」


 ものすごく遠回しに好きって言われたような気分になった。


 口調はキツいが、ベロニカの気持ちはわかった。


「ふむ、なんかで遊ぶか」


「そうしなさい」


「とは言ってもなあ……じゃあ運だめしなんてどうだ?」


「運だめし?」


「ああ。四人いるから……五にするか」


 一瞬で脳内検索をすませた魔法を使った。


「『ロシアンルーレット』」


 目の前に白い皿が現われて、その上に五つの黒い粒がのっていた。


「なになに、ルシオくんの魔法手料理?」


「チョコレートですか? 一口サイズで美味しそう」


 シルビアとナディアが集まってきた。


「ああチョコだな、正確にはロシアンチョコだろうな」


「どういうチョコなんですの?」


「五つのうち、当たりが四つあって、一つが外れだ。外れをよけて当たりを引くゲームだ」


「当たりと外れだとどうなるの?」


 ナディアが聞く。


「見てろ――あむ」


 チョコを一つとって、口の中に放り込む。


 チョコはすぐさまとげて、丁度いい甘さが口の中に広がった。


 それとは別に、頭の中で何となく感じる。


「うん、これは当たりだな」


「どうなるの?」


「当るとしばらく運が良くなって、いいことが起こるんだが――おっと」


 さっきまで読んでいた魔導書を落としてしまった。


 芝生の上に落ちた魔導書を拾い上げる――その下になにか光ってるものが見えた。


 ついでに拾い上げる、くすっと笑って三人の幼女妻に見せる。


「こんな風に運が良くなるんだ」


「お金を拾えるんですね」


「金とは限らないけどな。まあ、いろいろ起きる。ちなみに外れだと運が悪くなるから気をつけてな」


 外れを聞いて、シルビアとベロニカはちょっと及び腰になった。


「面白そう! わたしから行くね」


 ナディアがうっきうきな感じでチョコを一つ取って、口の中に入れた。


「あ、あたりだ」


「わかるの?」


「うん、何となく」


 親友のシルビアに答えるナディア。


 そう、食べた瞬間頭の中で「なんとなく当たり」だとわかるもんだ。


「何が起きるかな」


「ここで待っててもいいし、どっかに行ってもいい。とにかく運が上がってて、いいことが起きるようになってるはずだ」


「そっか、じゃあちょっと行ってくる」


 ナディアは屋敷の中に戻っていった。


 かと思えば、すぐに戻ってきた。


 しかも、猛烈にダッシュして。


「ルシオくんルシオくん!」


 その表情からいいことがあったのはあきらかだったが、あえて聞いた。


「どうした」


「これ!」


 ナディアはそう言って、黄色いシュシュを差し出してきた。


「どこかで見た事あるな。どうしたんだこれ」


「前に夏の魔法を使ってくれたじゃない? その後に無くしちゃったやつ」


「ああ、リプレイスで部屋を夏に変えた時の事か」


「ずっと探してたんだけど、それが出てきたんだ」


「へえ。よかったな」


「うん!」


 なくなったものが出てきた。ちょっとした幸せだ。


「じゃあ、次はわたしが」


 シルビアが一つとって、食べた。


「あ、あたり……」


「そっか」


「どうなるのかな」


「待ってみるか?」


「うん」


 シルビアはその場から動かないで、しばらく待った。


「もし」


 屋敷の外から声が聞こえた。


 見ると、執事風の老紳士が敷地の外から話しかけてきてるのが見えた。


「シルビア・マルティン夫人はご在宅でしょうか」


「それはわたしですけど」


 シルビアが困惑した様子で向かって行った。


 老執事から「シルビア・マルティン夫人」って言われて困ってる様子だ。


「わたくし、エスカロナ家の使いの者です」


「エスカロナさん?」


「はい。当家の主、シリアコ・エスカロナとは以前パーティーでお会いになったかと存じますが」


「もしかしてシルビアが大人になったあのパーティー?」


 横から指摘した。


「左様でございます」


 老執事は頷く。


「その時に見かけたお姿にいたく感動した我が主はこのようなモノをかかせました」


 老執事が言った後、後ろから数人の使用人が現われた。


 使用人は布に被せた大きな板のようなモノを持ってきた。


 それをシルビアの前に持ってきて、布を取る。


「わああ……」


 両手を頬に当てて、感動するシルビア。


 板じゃなくて、額縁に入った絵だった。


 絵は、大人になってるおれとシルビアを描いたモノ。


 ただ描いただけじゃなく、何割増しか美形に描かれてるって感じだ。


「素敵な絵……」


「あの時見かけたご夫妻の姿を理想の夫婦と感じた我が主が描かせたものです。是非ともお納めください」


「綺麗だけど……本当にいいんですか?」


「是非」


 おれ達は絵を受け取った。


 ナディアもベロニカもうらやましがるほどの、綺麗な肖像画だ。


 受け取って、老執事が立ち去った後。


「さて、あと一つですわね」


 残った一つをベロニカが取って、躊躇なく食べた。


 確率二分の一なのに、ためらわないところが彼女らしい。


「あら、当たりですわ」


「へえ」


 驚いたな、外れが最後まで残ったって事か。


 ベロニカはおれをジト目で見た。


「なんですのこれ。ルシオ、あなたまさか、全部を当たりにしたんですの? もしそうなら興ざめですわよ」


「そんな事はしない、単に確率の問題だ」


 4回連続で当たりを引く確率は19%くらいだからそんなに低いわけじゃない。充分にあり得る数字だ。


 が、ベロニカはジト目でおれを見てる。


 しょうがない、証明してやるか。


「そこにいたのかルシオ」


 チョコレートを食べようとした時、屋敷の入り口から覚えのある声が聞こえた。


 やけに派手な服に、無駄に自信満々な顔。


 おれの兄、イサークだ。


 イサークはやってきて、おれの前に立った。


「いきなりきて、なんか用事?」


「話したいことがあってね――むっ、なんか美味しそうなのがあるじゃないか。もらうぞ」


「「「「あっ」」」」


 嫁達と声が揃った。


 イサークはチョコを摘まんで、止める間もなく口の中に放り込む。


「んぐ……味は悪くないな。なんだ? はずれ?」


 きょとん、と首をかしげるイサーク。


 何が起きるんだ?


 ふと、空からぼつりぼつりと雨が降ってきた。


 太陽が出てる、お天気雨だ。それが徐々に強くなった。


 屋敷の中に入ろう、と思っていると。


「……にゃっ」


 離れた所からネコのこえが聞こえた。


 振り向く、そこにはマミがいた。


 ついさっきまでココだったマミが、雨に打たれて変身したのだ。


 不機嫌なマミ、なんでなのか、って思ってると。


「「「「――あ」」」」


 嫁達と声が揃った。


 四人同時にイサークを見る。


 イサークは脂汗をだらだらたらしていた。


 不機嫌じゃない、あれは狩りモードだ。


 天敵(猛獣)が解き放たれた、止められる者はいない。


「こっちにくるなー」


「――にゃっ!」


 逃げるイサーク、追いかけていくマミ。


 イサークがいなくなったあと、雨はすぐに止んだ。


「運がわるかったね」


「いつも通りかもしれない」


「イサークだもんな、その辺は難しいところだ」


 当たり(はずれ)なのかいつも通りなのか、その辺がちょっと難しい。


 ま、イサークはおいとこう。


 ベロニカの当たりの方が気になる。


 どうするのか、と聞こうとして彼女を向く。


 すると、ベロニカが明後日の方を見てるのに気づいた。


「どうしたベロニカ」


「あれ」


 指をさすベロニカ。


 その先の空には虹が架かっていた。


 お天気雨の後の虹。


 それはとても綺麗だった。


 ベロニカはそれを眺めつつ、おれに身を寄せてきた。


「幸せですわ」


「だよね!」


「はい」


 ナディアもシルビアも同じように身を寄せて、おれと手をつないだ。


「……ああ、幸せだな」


 同意した、その通りだと思った。


 全員が当たりを引いたチョコ。もしかして、今までのじゃなくて、この(ひととき)が本当の当たりなのかもしれない。


 全員、そう思ったのだった。

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