ルシオ先生
「にゃっ」
(残念、はずれだよー)
「これでどう……にゃっ」
(あっははー、つかまらないよーだ)
屋敷の中、ヤケにドタバタしてるって思って見に来たら、猫耳っ娘のマミとマンガ幽霊のクリスがじゃれ合っていた。
普段使ってない広い部屋の中で、クリスがあっちこっちを飛び回って、マミがそれに飛びかかる、のを繰り返してる。
「なにやってるんだお前らは」
(あ、パパだ。おっはよー)
「おはよう」
テンションの高いクリス、低いマミ。実に対照的な二人だ。
(鬼ごっこをしてたんだよ、マミタンと)
「おにごっこ?」
(うん。ケイドロって言った方がわかるかな)
「うちの近所はドロケイ派だ。そうじゃなくて。鬼ごっこなんてやってもお前つかまらないだろ」
(そうでもないよ。ほら見てみて、あたし、前となんかかわってるように見えない?)
クリスはそう言って、モデルの様にクネクネしてポーズを作った。
……ぶっちゃけ。
「どこもかわってないだろ」
見た目は最初にあった時と同じなままだ。
(えー、もっとよく見てよパパ)
「って言われてもな……」
もう一度見つめた。
やっぱり変わってないように見える。強いていえば前に比べてはっきりと見える様になったくらいか。
「うん? はっきり見える様になった?」
(やっとわかった?)
得意げになるクリス。
もう一度よく見た。確かにはっきりと見える様になった。
前は完全に透けて体の向こうが見えてたけど、かなり見えつらくなってる。
透過の度合いが10%くらいから50%くらいになった、って感じだ。
「どういう事だ?」
(もう、パパボケるのはやーい。パパがマンガを読めば読むほどあたしが実体化してくって前に教えたじゃん)
「そういえばそんな事もあったな」
クリスがはじめて現われた時にそんな話をした記憶がある。
マンガを読み続けるのは日課だし、普通に娯楽にもなってるから、大して気にしてなかった。
(でね)
クリスはマミに近づき、ベタベタ触った。
マミは嫌がったが、後ろから抱きついて、じゃれつく。
(こんな風にマミタンともおさわりが出来るようになってるんだ)
「なるほどな。それで鬼ごっこか」
(そういうこと!)
大きく頷くクリス。
その顔は嬉しそうだ。
マミをベタベタ触って、まとわりつく。
よっぽど実体化してきたのが嬉しいみたいだ。
一方のマミはぶすっとした。
そっぽ向いてしまって、部屋の外に出て行った。
(マミタンでて行っちゃったね。しょうがないから遊ぼパパ)
「遊ぶってまた鬼ごっこか?」
(パパとマンガ読みたい)
「いつもそれだなお前は、いいけど」
部屋を出て、廊下を進む。
クリスはおれの斜め後ろをプカプカとんでついてきた。
「そういえば。あとどれくらい読めば完全に実体化しそうなんだ?」
(……今の倍くらい?)
「なるほど。別に読むのいいけど、そんなに魔導書があるのかな。この世界に」
(えー、ないの?)
「いや知らない。あるかも知れないしないかもしれないだろ」
(じゃあパパが書いてみれば?)
「はあ?」
(パパが自分で書いて自分で読めばいいんだよ。自家生産すればなくなる心配もしなくていいじゃん?)
「そんなに上手く行くか。魔導書もそうだし、マンガなんてどう書けばいいのかも想像つかない」
この世界の魔導書はおれからすれば二重の意味を持ってる。
おそらく魔力を持ってて、読破したらその魔導書の魔法が使える様になる。
そしてストーリーを持ってて、読んだ後普通に楽しくなる。
その二つの意味を同時に持ってる。
そしておれはそのどちらもわからない。
「魔導書なんて作れないさ」
(あれ? パパまだその魔法を覚えてないの?)
「うん? どういうことだ?」
(魔導書を作る魔法)
「そんなのあるのか」
(なかったら魔導書作れないじゃん?)
「……そりゃそうか」
魔導書を作る魔法。
ある意味、当たり前の事だった。
☆
王立魔導図書館にやってきた。
助手のファンに聞いて、その魔導書の所にやってきた。
魔導書を取って、じっくり読む。
マンガとしての内容はどこかで見た事のあるようなものだ。
マンガ家を目指す高校生の四人組が、それぞれが持つ才能を上手く組み合わせて、一組のマンガ家として成り上がっていく話。
マンガを作る話のマンガだ。
それを読み終えて、本棚に戻す。
(読めたの? パパ)
「ああ。『カトゥーニスト』」
魔法をとなえる。
魔法の光が一瞬だけ出て、すぐにはじけて消えてしまった。
(だめなの?)
「いや、そんな事はない。今の一瞬で頭の中に声がした」
(声?)
「ああ」
頷く。
聞こえてきた声は大きく分けて二つのことを行ってきた。
まず、マンガの内容をイメージする。
次に、それの魔法をイメージする。
「もう一回やって見る。『カトゥーニスト』」
魔法の光を前に、目を閉じて思考を巡らせた。
漫画の内容と魔法を。
やろうとしたが、失敗した。
マンガの内容をイメージしてる所で魔法の光がまたはじけて消えてしまった。
「時間制限があるのか」
(そうなの?)
「そうみたいだ。わかりやすい、コンセプトがちゃんとした話、そのコンセプトに沿った魔法」
さらに考えた、真剣に考えた。
そして、三度目の正直。
「『カトゥーニスト』」
魔法を唱えて、イメージする。
マッチ売りの少女を少し変えた話。
(おお)
声をだすクリス。
おれ達の前に一冊の魔導書が現われた。
(すごいパパ、本当にできたんだ)
「おれもびっくりだ、まさか出来るなんて」
(ねえねえ、これって何の魔法?)
「それはな」
説明しようとした時、国王がやってきた。
「おお、余の千呪公ではないか。どうしたのだ? なにかいいことでもあったのかな」
「こんにちは王様。うん、これをちょっと」
そういって、新しい魔導書を差し出した。
「これがどうかしたのか?」
「ぼくが作った最初の魔導書なんだ」
「ほう!」
目を輝かす国王。
「余の千呪公の初魔導書か、これはめでたい、早速国ほ――」
「国宝指定はやめてね」
先回りをした。
「むぅ、そうか。仕方ない。しかし口惜しい、余が魔導書を読めればなあ」
国王はものすごく残念そうだった。
何しろ今までほとんど魔導書を読めなかった人だ。
おれの事をものすごく可愛がってもいる、孫のように。
孫の初めての魔導書を読めないと嘆いて当然だ。
悔しがりながら、魔導書をペラペラめくる。
「むっ?」
「どうしたの王様」
「読めるぞ」
「え?」
「読める、読めるぞ」
「本当に?」
「うむ!」
国王はマンガを読んだ。
おれのマンガを、普通の速度で読んだ。
「おお、こんな感じなのか魔導書を読むというのは」
国王は一気に最後まで読んだ。
そして――。
「『キャンドル』」
魔法を使った。国王の手にマンガの中に出てくるのと同じロウソクが出現した。
「おお、余にも魔法が使えたぞ」
「本当だ」
「どういう事だ。誰かいるか」
「はい? どうしたんですか陛下」
ファンがやってきた。
「これを読んでみよ」
「これですか? むっ?」
魔導書を受け取ったファンがそれをめくった。
国王と同じ反応だ、普通の速度で読み進めていく。
「これは……こんな読みやすい魔導書を見た事がない」
「余の千呪公特製の魔導書だ」
「なるほど!」
驚きつつも納得するファン。いや特製ってほどじゃないけど。
しばらくして、ファンも魔導書を読み終えて、魔法を使える様になった。
「すごいぞ余の千呪公よ、これは革命だ」
どうやら、おれがちゃんとした手順を踏んで作った魔導書は異世界人でも読めるようだった。




