その体はきっと綿で出来ていた
王都ラ・リネア、王立魔導図書館。
ゲルニカの一件が終わって無事戻ってきたおれはいつも通り魔導書を読んでいた。
今読んでるのはどこかで見たような話だ。
小さな女の子が泉に人形を落として、わんわん大泣きしてるところに女神が泉の中から現われて、「あなたが落としたのはこの人形ですか」って聞いてきた。
「金の斧と銀の斧をリスペクトしたものだなぁ」
正直な女の子に女神は高価な人形を押しつけたが、女の子は思い入れのある元の人形を返してくれって懇願した。
「ああ、綺麗なジャイアンの方の展開だ」
マンガ読みとしてはこっちの方がなじみがある展開だ。名作だしな、うん。
その魔導書を最後まで読んで、魔法を覚えた。
試してみるか、そう思って呪文を唱えた。
「『ポゼスドール』」
瞬間、目の前が真っ白になった。
瞬間移動系か召喚系の魔法にありがちな感覚だ。
魔法に身を任せた。
しばらくして視界が戻ってくる。
(ここは……どこだ? むっ)
まず声が出ないことに気づいた。
喋ろうとしたが声が出ない。口がパクパクしてるって感触はあるけど、声は出ない。
(『ライト』)
魔法を使ってみた。指先がぽわぁ、と光った。
魔法は問題なく使えるみたいだ。
それで落ち着いて、まわりを見回した。
どこかの室内のようだ。それも、見覚えがある。
くるりと視線を一周させると。
(ココ?)
我が家の飼い犬の姿がみえた。
綺麗でもふもふしそうなな毛並みの犬耳少女。水をかけると猫耳少女に変身する不思議な種族。
そのココが、ベッドの上でうつぶせになって寝ていた。
獣人の姿としてはちょっと不思議な、犬のような丸まった寝相。
(なるほど、ココの部屋だったのか。そりゃ見覚えがあるわけだ)
改めて部屋の中を見た。間違いなく、王都ラ・リネアにあるおれの屋敷の中の一室だ。
窓ガラスで自分の姿を確認できた。
おれはぬいぐるみになった。
ココの三分の一くらいのサイズのぬいぐるみだ。
見た目は――まるっきりおれだ。
デフォルメされてるが、一目でおれだとわかるぬいぐるみ。
手を動かす、人形の手が上下した。
足を動かす、人形がくるっとターンした。
ポーズをとってみる、サボテ○ダー。
なるほど、魔法でこの人形に乗り移ったって事だな。
マンガの内容が内容だ、それに呪文の名前もある。
人形に乗り移るための魔法だろう。
しかしなんというか……ぼろぼろだな。
乗り移ったルシオ人形は窓ガラスに映し出されたうっすらとした姿でもわかるくらいぼろぼろだ。
頬がちょっと汚れてて、あっちこっちほつれてる、ズボンのところに至ってはちょっと破けて綿が飛び出してる位だ。
なんでこんなことになってるのか、と思っていると。
「うにゃぁ……」
ココの声が聞こえた。
振り向く、ぽかぽか陽気に寝ぼけた顔のココがこっちを見ている。
「こっちのがあたたかいでしゅよぉ……」
そういって、おれを抱き寄せた。
そのまま寝入ってしまった――かと思いきやぬいぐるみにほおずりをし始めた。
ほおずりをしたり、甘噛みをしたり。それを寝ぼけたままやった。
(そりゃぼろぼろになるはずだ)
甘噛みされたところによだれが染みこんでくる、不思議な感覚を覚えた。
さて、どうするか。
魔法はチェックしたし、自分の体に戻るか。
そう思った瞬間、目の前が真っ白になった。
瞬間移動系か、召喚系にありがちな現象。
ぬいぐるみに乗り移った時と同じ現象だ。
だが――おれは何もしてない。
何も魔法は使ってない。
どういう事だ?
しばらくして、視界が元に戻った。
目に飛び込んできたのは異次元空間だった。
「くくく、待っていたぞこの時を」
魔王バルタサルの空間だ。
そいつは前にあった時とちょっと姿が変わっていた。
元々は人間に近かったけど、今は体の半分くらいがモンスター化? してる感じだ。
「お前に魔法をしかけていたのだ。自分の肉体をはなれ、本来の力を出せないであろうこのような時を待っていたのだ」
そんな事をしてたのか。
「そして――ぬうぅん!」
かけ声と共にバルタサルは服をビリリと裂いた。
ギリギリ人型だが、ほとんどモンスターの様な肉体。
前とは大分違う感じだ。
「魔力の大半をつぎ込んで肉体改造したこの魔獣鋼体。これなら勝てる、今度こそ貴様を倒して現世に舞い戻り、地上を恐怖を染めてくれる」
……。
「しねえい!」
☆
バルタサルを瞬殺して、屋敷の部屋に戻ってきた。
まったくもう。あいつ、回を追うごとにしつこくなってないか?
もはやストーカーの域だぞ。
窓ガラスに映し出される自分の姿を見た。
ただでさえぼろぼろだったぬいぐるみがもっとぼろぼろになった。
流石にぬいぐるみの体じゃ勝手が違ったから一発もらってしまったのだ。
頬が破けて、そこからも綿が飛び出している。
(『リペア』)
自分自身――ぬいぐるみに向かって魔法を使った。
ぼろぼろだったぬいぐるみが魔法の力でみるみるうちに修復されていく。
瞬く間に、新品のようになった。
(さて、今度こそ元の体にもどるか)
「うにゃぁ……」
ココがまた起きてきた。
寝ぼけた顔のまままわりを見回す。
「ごしゅじんしゃまがいないれすぅ……」
おれはこっそりココの前に移動した。
まわりをきょろきょろするココ、おれの姿を見つける。
ベタベタ触って、クンクン匂いをかいで。
「ちがうれすぅ……」
ココはものすごく悲しそうな顔をした。
むっ。
「ごしゅじんさまろこれふかぁ……」
泣きそうな顔でまわりをきょろきょろして、ぬいぐるみを探した。
いかん、直しすぎたか。
魔導書の内容を思い出す。
新しくて綺麗のがいいって訳じゃないんだ。
おれは、元の姿を強くイメージした。
窓ガラスに映し出された、あの姿を。
(『レストレーション』)
呪文をとなえ、魔法を自分にかけた。
ぬいぐるみが変わった。
頬がちょっと汚れててあっちこっちほつれてる、ズボンのところがちょっと破けて綿が飛び出してる。
そんな、元の姿に。
「……スン」
ココが鼻を鳴らして、こっちをみた。
「いたぁ」
にへら、と笑顔になった。
おれをたぐり寄せて、抱きしめる。
そのまま犬のポーズで、また寝る。
ほおずりをしたり、ガジガジ甘噛みしたり。
「うへへぇ……」
ぼろぼろのおれが更にぼろぼろになった。
バルタサルにやられたのよりも、更にぼろぼろに。
ココは、ものすごく幸せそうで。
彼女のよだれが体に染みこんでくるのを感じながら、その幸せそうな笑顔をいつまでも眺め続けた。




