魔法の言葉
夜明け前、なんとなく目が覚めた。
三人の嫁はすやすや寝ている。
すっかりおねしょしなくなったシルビア。
今でも起きると寝癖が大爆発するナディア。
新しく加わったベロニカ。
三人の手を軽く握ってやってから、おれはベッドから降りた。
寝室の外に出る。薄暗い中に人影があった。
目を凝らす、それはメイドのアマンダさんだった。
おじいさんの命令で、おれの屋敷で働くようになったアマンダさん。
「おはようアマンダさん。もう起きてたんだ」
「主より早く起きるのがメイドでございますので」
事もなさげに答えた。
ぶっちゃけ、おれはトイレのために起きてきた。
突発的なものだ、終わったらまたベッドに戻って二度寝する。
そんなおれよりも早く起きてるなんて、いつ寝てるんだろうか、って気になる。
「旦那様はお気になさいませぬよう」
心を読んだのか、アマンダさんはそう言ってきた。
まあ、それはそれでいいけど。
「それよりも旦那様ってなに?」
「マルティン公爵様のお屋敷に仕える様になりました。ですのでお坊ちゃまでなく旦那様、と。お気に召さないのであれば呼び方を変えますが」
「変えるの?」
「ご命令とあらば」
「へえ」
アマンダさんのキャラ的に「旦那様としか呼ばない!」って拒否られるものだと思ってたけど、そうじゃないんだな。
まあ、「旦那様のご命令なら」というのも彼女のキャラではあるけど。
「わかった。旦那様でいいよ」
「はい」
おれはそう言って、トイレに行った。
用を足して来た道を戻る。アマンダさんがやっぱりそこに佇んでいたから、会釈をして通り抜けた。
部屋の中に入る。嫁達はまだ寝ていた。
おれが出た後、ぬくもりを求めてベッドの上をさまよったのか、シーツはくしゃくしゃになって、三人が体を寄せ合うようにして寝ている。
「『エアクッション』」
小声で魔法を唱えて、空気のソファーに乗る。
そこで三人を見つめる。
シルビア・マルティン、一人目の嫁。
かわいらしさの中に穏やかさがある。
将来は正統派美女に成長する事が魔法で確認されてるおれの嫁。
今でも十日に一回はおねしょするのは愛嬌だ。
ナディア・マルティン、二人目の嫁。
かわいらしさを引き立てるやんちゃさががある。
将来はさばさばな美女に成長することが魔法で確認されてるおれの嫁。
竜騎士ナディアは一部では有名で、本人もそれにまんざらじゃない。
ベロニカ・アモール・マルティン、三人目の嫁。
かわいらしさだけじゃなくて、気品と強がりが高いレベルで同居してる幼女。
既に妖艶な美女に成長してるけど、あえて魔法で幼女姿に戻したおれの嫁。
大人の時とは違って、ストレートに感情を表に出すのがかわいくてしょうがない。
三人の幼女妻、三者三様の可愛さ。
空気ソファにのったまま、彼女達を眺めた。
「ルシオ様……もう食べられない」
シルビアの寝言。
いやあ、それはナディアの持ちネタだろ。
「ルシオくん……まだ食べ足りない」
ナディアの寝言。
うん、シルビアのはシルビアらしかった。
「ルシオ……あたくしを食べて」
ベロニカの寝言。
お前らしいけどエロいの禁止。
三人は寝言を言った。
何かの時に使えると、おれは魔法でそれを録音した。
にしてもろくな夢をみないな。『ドリームキャッチャー』で内容を確認できそうだが、するのがばからしいくらいの寝言。
その代わり寝顔はかわいいから良しとする。
三人を見つめていると、いつの間にかうとうと寝てしまった。
気持ち良かった。
空気ソファーで寝るのは気持ち良かったが、途中からもっと気持ち良かった。
何となくまぶたを開ける。
朝日が差し込む中、三人がおれに体を寄せてるのがみえた。
全員が起きてて、目と目があった。
その目は――キラキラしている。
「……おはよう?」
思わず朝の挨拶が疑問系になってしまった。
それくらい、三人の目はきらきらしていた。
なんで今そんな目をしてるんだろう、と思っていたら。
「もっと寝ててルシオ様」
「そそ、それで今のをも一回やって?」
「こらナディア。それを言ったらだいなしですわよ」
もう一回? 台無し?
一体何の事だ?
それをわからないでいると、ドアがコンコン、コンコンとノックされた。
静かでリズミカルなノックの後、メイドのアマンダさんが入ってきた。
「旦那様、奥様がた。おはようございます」
「おはようアマンダさん」
「朝食の用意ができております」
「わかったわ」
「ちぇ、しょうがない」
「お開きですわね」
嫁達が次々に言って、おれから離れて部屋を出た。
アマンダさんだけが残った。
やっぱり訳がわからなくて、おれは首をかしげた。
「なんだったんだろ」
「知りたいのですか?」
「うん? 知ってるのかアマンダさん」
「はい」
「教えてくれ」
「かしこまりました」
アマンダさんはそう言い、咳払いをして。
「お前達を好きでいふふけるんだー」
おれの物まねをした。
ビックリするくらいおれの声そっくりだが、そんな事よりも。
「それってもしかして寝言?」
「はい」
うわー、なるほどな。
それで三人はおれをじっと見つめてたのか。
自分もやったことだから、気持ちはわかる。
はあ。
「それはいいけど。アマンダさんおれの声まね上手いね」
「恐縮です」
「これで噛まなかったら百点満点だったんだけど」
「いえ原文のままです」
「え?」
おれはきょとんとした。それってまさか。
「はい、旦那様が噛みました」
また心の中を読んだかのようにアマンダさんがいった。
「まじか!?」
「はい。もっと厳密に言うと。『お前達を好きでいふふけるんだー。失敗だあ。お前達を好きでいふふけるんだー。また失敗だ。お前達を好きでいふふけるんだー。なんで好きなのにうまく言えないんだああああ』、です」
「……」
愕然。
そんなのを連呼してたのかおれ。
それで三人が上機嫌でおれを見つめてたのか。
うわああああ。
頭を抱えた。ちょっと死にたくなる寝言だ。
……いや、別にならないけどさ。
気を取り直して、着替えて部屋を出た。
屋敷の大食堂に移動する。そこで嫁達が待っていた。
全員がるんるん状態で、ものすごく上機嫌だ。
多少ニヤニヤしている。
……はあ。
そんな顔をされると、ちゃんとしたくなるじゃないか。
「シルビア、ナディア、ベロニカ」
おれは息を吸って、言った。
「好きだ」
噛むといけないから、一番重要なところだけを伝えた。
三人はますますにやけてしまった。




