馬に蹴られて三途の川
「この指輪ってそういうものだったんですの!?」
大ベッドの上で、パジャマ姿の幼女妻三人。
魔法で作った結婚指輪の効果、浮気をしたら砕け散ってしまうと言うのを二人から聞いたあと、ベロニカが思いっきり怒り出した。
「知らなかったのか?」
ちょっとだけ驚いた。
シモンもやろうとしてる事だし、割と一般的な事だと思ってたんだが。
「自慢ではありませんが、女王の仕事以外のことは何も知りませんの」
「本当に自慢じゃないな。いや自慢としても通るか」
というか。
「なんでそれで怒ってるんだ?」
「言われなければわかりませんの? こんなもので監視されて嬉しい女がいるはずありませんわ」
「あー」
そうか監視か。
うん、この指輪は監視の意味合いもあるんだよな。
というか本来はそっちの方がメインか。
浮気したら指輪が砕けるなんて、監視以外の何物でもないよな。
シルビアもナディアも浮気をするなんてあり得ないから、完全に意識の外にそれをはじき出してた。
「馬鹿にしないでくださる? こんなものがなくても浮気などいたしませんわ!」
「そうか、それは悪かったな」
「ふん! 別に良いのですけれど!」
ベロニカは腕を組んで、プイと顔を背けてしまった。
「なんか別のを用意しようか」
「一度あげたものを返せ、と?」
ギロッ、と睨まれてしまった。
怖くない、むしろちょっとかわいい。
「ずっとつけてる、と」
「当然ですわ」
「ねえねえ、それよりもベロちゃん」
「なんですの」
ナディアの方を向くベロニカ。おれの時よりだいぶ表情が柔らかい。
「ルシオくんから聞いたんだけど、二人で蟻の巣に入ったんだって」
「ええ、入りましたわ」
「それどうだった? たのしかった? シルヴィはたしか蟻は大丈夫だったよね。今度一緒に遊びにいこうよ」
「うん、蟻は大丈夫」
「ならアドバイスしますわ。先に兵隊蟻を殲滅しても油断しないことね。兵隊蟻がいなくなったらそれまで働き蟻だったのがいきなり兵隊蟻になりますわよ」
「そうなの? なんか楽しそうかも、それ」
シルビア、ナディア、そしてベロニカ。
三人はベッドの上に座ったまま、楽しく世間話をした。
おれはそれを眺めながら、ポスンと仰向けになった。
すると三人が一斉に寄ってきた。
三人で雑談したまま、おれに体をくっつけてくる。
一人増えた、四人でのベッド。
予想以上に温かくて幸せだった。
一生離婚しないと言われたし、この幸せは――。
(ぱぱー)
天井からクリスが現われた。
「きゃあああああ」
ベロニカが悲鳴を上げた。
「なんですの、なんで幽霊がまたいますの?」
「悪い」
「早く退治してくださいまし!」
「そうもいかないんだ」
おれは苦笑いした。
「改めて紹介する。彼女はクリスティーナ、おれの……まあ娘? 的なものだ」
「幽霊が娘ってどういう事なの!」
「話せば長くなるけど、まあ慣れてくれ。害はないし素性もはっきりしてるから」
「慣れられますか!」
「いや、でもなあ……」
「こんなのがいるなんて」
ベロニカはクリスを睨んで、おれを睨む。
「今すぐ離婚ですわ!」
シルビアはあわあわして、ナディアはゲラゲラ笑った。
☆
翌朝、書庫。
ベロニカがおれの後頭部にしがみついてる。
ほとんど肩車の体勢だ。
「なあベロニカ、すごく読みつらいから降りてくれないか」
おれは魔導書を読んでる、なのにベロニカはおれにしがみついてくる。
冗談とかじゃなくて、本当に読みつらい。
「お断りしますわ」
「断るって……」
「あの幽霊の子が怖いのでこのままでいさせてもらいますわ」
クリスの事か。
「それならシルビアとナディアと一緒に行けば良かったのに」
ちなみに二人は仲良く出かけていった。買い物があるらしい。
二人ともベロニカを誘ったけど、ベロニカは断った。
「シルビア、すごく残念がってたぞ」
「そ、そっちは今度埋め合わせいたしますわ」
「まあ、そうしてやってくれ」
「ええ、そうしますわ。何しろあたくしは新婚。いま夫から離れる訳にはいきませんもの」
「それはいいけど、ここまでくっつく必要はないんじゃ?」
「ありますわ!」
言い切られた、ちょっと切れ気味だ。
いやまあ、別にいいんだけど。
というか結構慣れてきた。
ベロニカはおれにくっつくとき、こういう風に頭にしがみつく。
なんだかシスターさんがフードをかぶってるような、あんな気分だ。
あるいはアニメ的に、デフォルメしたヒロインが頭にひっつく、そんな感じか。
悪い気はしないので、おれはそのまま魔導書をめくって、読み続けた。
今読んでるのは国王が送ってきた、魔道図書館でまだ読めてなかったやつだ。
30分かけて、ゆっくりと読み終えて、パタンと閉じた。
「どうしたんですの?」
「いや、読み終わっただけ」
「読み終わった?」
驚くベロニカ。
「うん? ああ、そういえば初めてだっけ、おれが魔導書を読み終えたのに立ち会ったのって。大体こんなもんだよ、一冊読むのにこれくらい」
「嘘ですわよね」
「じゃなかったら千呪公とか呼ばれてないぞ」
「……あっ」
今更気づいたのか。
「で、でも……本当に読めたのです?」
「『パーチェス』」
漫画読みに持ち込んだ飲み物のコップを取って、魔法を掛けた。
魔法がコップを金に換えた。
数枚の硬貨、感覚的に数百円って程度の小銭だ。
「これは?」
「今覚えた魔法。かけたものを適切な相場で金にしてくれる魔法らしい。ふむ、結構使い出があるなこれ。質屋とか中古屋って名目で商売とかできそうだ」
やらないけど。
今し方読んだ魔導書をおいて、新しいヤツを手に取った。
「また読みますの?」
「そりゃ読むさ。魔導書は読めば読むだけ魔法を覚えるんだ。生活を守るためにも時間ができたらどんどん読んでいかないと」
「そう……」
ベロニカはおれから降りた。
横で物静かに座った。
「どうした」
「邪魔をするのはよくないかな、って」
「……ぷっ」
「何故笑いますの!」
ベロニカは怒り出した。
顔を真っ赤にして――結構かわいい。
「悪い悪い。そんなことは気にしなくていいぞ」
「でも……」
「『フロート』」
魔法でベロニカの体を浮かせる。
「わっ……こ、これは?」
「ものを浮かせる魔法だ。それでさっきみたいにやってみて」
「えっと、こうかしら」
ベロニカは言われた通りさっきと同じポーズになった。
おれの頭にしがみつくポーズ。
さっきは重かったけど、今度は『フロート』のおかげで全然重く感じなくなった。
「ああ、良い感じだ」
「本当に?」
「ああ」
「じ、じゃあ遠慮しないでくっつきますわよ」
「ああ」
頷き、ベロニカをひっつかせたまま魔導書を読みはじめる。
今度は四コマの漫画で、さっき以上にすんなりと読めた。
半分くらいまで来たところで、ふとベロニカが手を伸ばして、ページをめくってきた。
「え?」
「どうしまして?」
「いや……」
首を振って、また魔導書を読む。
しばらくして、ページの最後まで読むと――また手が伸びてきて、ページをめくってくれた。
さっきと同じ、読み終えたタイミングでめくってくれた。
「ベロニカ? これが読めるのか?」
「いいえ」
「じゃあなんで?」
「そろそろめくりそうだなって。みてて何となく思ったのですわ」
「魔導書を?」
「あなたの顔ですわ」
「おれの顔……それでわかるのか?」
「夫ですもの」
即答された。
ちょっと恥ずかしかった。
「ほら、サボってないで、続きを読みなさいな」
「……ああ」
魔道書を読むのを再開した。
やがて手を完全に離した。
魔道書をおいて、ただ読むだけ。
それをベロニカが丁度いいタイミングでページをめくってくれた。
視線でパソコンを操作するシステムと似てるが、比べ物にならないくらいよかった。
嫁とくっついて、漫画のページめくりをしてもらう。
心が温まる、素敵な時間だ。
一方でリア充死ね。というのも聞こえてきそうだ。
そうやって、その魔導書を最後まで読み終えると、今度は異空間に吸い込まれた。
何もない真っ黒な空間に、ベロニカと一緒に吸い込まれた。
「またあったなルシオ、今度こ――」
「『ブラックホール』」
顔なじみを瞬殺して元の世界に戻る。
「い、今のはなんですの?」
「たまにあるんだ、トラップが。読み終えると魔導書の中に吸い込まれて、魔王バルタサルとの強制戦闘になるんだ」
「魔王バルタサルって、あの!?」
「知ってるのか。うんあの」
おれはため息ついた。
「まったく、新婚のいちゃいちゃを邪魔しやがって」
むかつくから口上の途中で瞬殺してやった。
「ですわね、新婚のいちゃいちゃを邪魔するなんて馬に蹴られて死んでしまうべきよね」
ベロニカは同意した。
トラップの魔導書をおいて、新しいヤツを取る。
同じように読んで、めくってもらって、覚えた魔法を実際に試して。
そうして過ごした午後の一時は、結構楽しいものだった。
(みてみてパパ! あたしまた少し実体化に近づいた――)
「今すぐ馬に蹴られなさいな!」
ベロニカもクリスの耐性がついたし、わりと実のある一日だった。
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ものすごくかわいくできてるので是非一度見てみてください。




