検索エラー?
「遅いですわ!」
おじいさんと国王を送り出した後、リビングに戻るなりベロニカに怒られた。
「わるい」
「老人達の事などさっさと追い返しなさいな」
「や、そうも行かないだろ」
「まあいいですわ。さあ、それよりも今日はどこに行きますの?」
「うん? どこにってどういう意味だ?」
「あ・そ・び・に」
ベロニカはにこりと微笑む。
わがままな笑顔、でもどこか憎めない笑顔。
「行きますわよ。さあ、何か考えて」
「行くのは確定なのか」
「当然ですわ」
「そうだな……」
別に遊ぶのは構わないから、おれは考えた。
いつも通り、どんな魔法を使ってどんな風に楽しく遊べるのかを考えた。
「大変ですルシオ様」
シルビアがリビングに入ってきた。
かなり慌ててる様子だ。
「どうした」
「ご本を運びこんだ部屋の床がぬけちゃいました」
「あー、やっちゃったかあ」
とうとう来たか、とおれは思った。
本って重いからなあ。国王が持ってきてくれた量は床をぶち抜いてもおかしくないくらいある。
シルビアと一緒に魔導書を運び込んだ部屋にやって来た。
ベロニカもついてきた。
部屋の中にはいる、そこは確かに穴があいていた。
おれは床が抜けたところに行って、そこに手をかざした。
修復の魔法をかけて、床を元に戻した。
大した魔法じゃない。
「にしても、かなり魔導書が増えたな」
「そうですね……」
「あっ」
あることを思いだして、くっついてきたベロニカに話す。
「あんたはあまりここに近づかない方がいいぞ」
「なぜですの?」
ベロニカは不審がった。
「あたくしがここに近づいたらなにか不都合がありますの?」
「いや、不都合っていうか……」
(パーパ!)
クリスがでた。
「きゃああああああ」
ベロニカが悲鳴を上げて逃げ出した。
ほらな、こうなる。
ベロニカは幽霊が苦手だ、そしてクリスはある意味幽霊みたいなものだ。
出会ったら、まあこうなる。
「魔導書を守ってて、大事なものだから」
(うん!)
「シルビアは続きを頼む」
「はい」
二人にそう言って、逃げ出したベロニカの後を追いかけた。
そんなに広い屋敷じゃない、すぐに見つかった。
ベロニカは廊下の突きあたりでしゃがみ込んで、頭を抱えて振るえていた。
「出ました出ました出ました出ました出ました」
壊れたレコードのようにそれだけをリピートする。
あーあー、ガチ怯えだよこれ。
「ベロニカ」
「ひぃ!」
普通に声をかけただけだというのに、飛び上がりそうな勢いで怯えられた。
不憫だ。
「もうなんですか! なんですかあれは! この屋敷に住み着いてるんですの!?」
「ごめんごめん。いや、あそこから出てこないように言っといたから安心して――」
(パパ、魔導書の中に偽物があったよー)
言いかけたところでクリスが現われた。
あっちゃー、って思いながらベロニカを見る。
「……」
放心顔のベロニカ。
彼女はへなへなとへたり込んだ、ジョーーーー、と漏らした。
「ひぐっ……」
そして。
「びええええええええん」
ガキ泣きをし出したのだった。
☆
「おーい、もう大丈夫か」
「入らないでくださいまし!」
枕を投げつけられた。
「いや、もう――」
「出て行って下さいまし!」
様子見で部屋に入るいきなりたたき出されてしまった。
おれは仕方なく外にでた。
廊下の壁に背中をもたして待つことしばし。
シルビアが中から出てきた。
「どうだ」
「着替えました」
頷くおれ。漏らしてしまったベロニカの事をシルビアに頼んだのだ。
「おれの魔法でやれば早かったのに。『ドレスアップ』とか使えば一発だったろうに」
「だめですよ」
珍しくシルビアに強い口調で言われた。
「そんなことをしたらベロニカさんますます傷ついちゃいます」
「そうなのか?」
むしろ魔法でぱぱっとやって、ぱぱっと証拠隠滅した方が良くないか?
「そういうものです」
「そういうものか」
わからないけどシルビアがそこまで言うんならそうだろうな。
何せ出会った頃は――。
「ルシオ様?」
ジト目で見られた。うん、思い出さないようにしよう。
「とにかく後はわたしがお片付けしますから、ルシオ様はもうその事を忘れてください」
「わかった、ありがとう」
「いいえ」
シルビアが立ち去った。ベロニカの着替えは済んだけど、やっちまった場所の後始末が残ってる。そこに向かったのだ。
さてどうするか。一回クリスのところに寄って、何が何でもあそこからでるなって言っとくか。
このままだとまたベロニカ怯えるしな。
がちゃ、ドアが開く。
幼女姿で、ナディアの服を着せてもらったベロニカがドアの影に隠れたまま、涙目でおれをにらみつける。
やっぱり不憫だ。なんとかして慰めるか。
「大丈ぶ――」
「責任とって下さいまし」
「え?」
「責任とって下さいまし!」
思いっきり怒鳴られた。
責任って……なんだ?
「乙女の恥ずかしいところをみたのですから、責任を取ってくださいまし!」
「そうはいっても……」
こんなことに――どう責任を取って良いんだ?
それをわからないでいると、ベロニカがドアの影から出てきた。
涙目のまま更におれをにらみつけて、やけ気味に言い放った。
「遊びにいきますわ!」
「え?」
「あ・そ・び・に。行きますわよ」
そういって、ベロニカはおれの手を引いて、無理矢理屋敷の外に引っ張っていったのだった。
☆
ベロニカと二人で穴の中から出てきた。
穴は蟻の巣、今まで小さくなって中に入っていた。
出てきた直後魔法で元のサイズに戻して、そのまま二人で地べたに座った。
「たのしかったですわ」
「それはよかった」
「こんなこともできますのね」
「前にナディアと同じ事をやったんだ」
あの時は相手がGだった……というのを言うとまた泣かれるかもしれないから、言わないことにした。
魔法で小さくなって、中に入って兵隊蟻を倒しつつ、女王蟻も倒した。
ベロニカはノリノリだった。
おれに魔法でいろんな武器を出させて、それをつかって倒してた。
「しっかし、あんたすごいな」
「なにがですか?」
「蟻を倒してた時の笑い声。『あっひゃひゃひゃひゃ』とか、普通女の子はやらんぞ。蟻の巣に水を流すちびっ子だってそこまではしない」
「そ、そんな事はいたしません。ねつ造は感心しませんわよ」
「えー」
魔法を使う。途中から録画したものが空中で流れる。
『あっひゃひゃひゃひゃ、死ね死ね死ね死ねええええ!』
ベロニカがノリノリで蟻をなぎ倒してるシーンが流れた。
「あ、死ねもいってた」
「きゃあ、きゃああああ」
空中の映像を手で振り払おうとする。
「なんなんですの、なんなんですのこれ」
「魔法で録画したやつ」
「やめて今すぐ消して」
「わかった」
言われた通り素直に消した。……出そうと思えばまた出せるけど。
「もう、あなたって人は」
「わるかった」
むらむらしてやった、反省はしてない。
はあ、と深く息を吐くベロニカ。
それで顔も口調も落ち着いた。
「あなたって人は……なんでも魔法でできますのね」
「千呪公って呼ばれてるくらいだからな」
「千冊も魔道書を読んだんですのね」
「いや、そろそろ一万を超える頃だ」
「とんでもない人」
そう言うベロニカ、でも楽しそうだ。
幼女バージョンのベロニカ、その笑顔はかわいかった。
シルビアともナディアとも違うタイプのかわいい笑顔だ。
可愛い笑顔だった。
「楽しかったから、許して差し上げますわ」
「ありがとう」
「あの二人が羨ましいですわ。あなたと毎日こんな日々を過ごしてるなんて、世界一幸せなお嫁さんですわ」
世界一幸せにするつもりでやってるからな。
「ねえ、もう少しあたくしに付き合ってくださる?」
「ああ、いいぞ」
別に構わない、ベロニカと一緒にいるのはそれなりに楽しい。
「それではお茶をいたしませんか」
「お茶?」
「ええ。あたくし達が出会ったあそこで、この姿で」
「わかった」
頷き、立ち上がる。
「さあ、お茶をしに行きますわよ」
ベロニカは立ち上がって、おれに手を伸ばす。
「あっ」
横から声が聞こえる。
聞き覚えのある声。振り向くとシモンがそこにいた。
シモン・シンプソン。
はじめて王宮に行くときに案内してくれた男だ。
シモンはおれとベロニカをみて、複雑そうな顔をした。
なんだ? その顔は。
シモンはさんざん悩んでから、意を決した顔で通り掛かった兵士、質素な武装をした兵士に声をかけた。
「ああ、そこの君、わたしはこういう者だが」
懐から札のような物を取り出してみせる、呼び止められた男は立ち止まり、ビシッと敬礼した。
「お疲れ様であります」
「この娘を拘束してください」
「はっ」
「待って」
おれは間に割って入った。
「何それどういう事?」
「マルティン様は妻帯者、そのマルティン様をナンパしたのですから」
シモンは真顔で答えた。
……あっ。
おれはあの日の事を思い出した。
宮殿に行く前に、イサークがやらかしてつかまったこと。
それと同じ事だ。
確かに傍から見ればおれの事を誘ってるように見える。いや実際に誘ってるし、これもある意味デートだ。
そしてシモンはあれを知ってる、おれがイサークをちゃんと処罰してくれって頼んだのを知ってる。
「何をするのですか! 離しなさい、あたくしを誰だと思ってるのです? あたくしはベロニカ・アモール・ゲルニカですのよ」
ベロニカはわめく、しかし兵士の男は彼女を離さない。
いまの彼女を元女王だと誰も信じない。
戻すか? いやそれはかえって話がややこしくなる。
妻帯者をさそったのは事実だ。ここで戻したら公爵と元女王、もっと話がおかしくなる。
だったら――。
魔法を使い始めて二年、すっかり慣れたおれはすぐに「何とかなる魔法」を思いついた。
「『マリッジリング』」
手のひらに指輪が現われた。
シモンはあっ、と声を漏らす。
かれの懐にはまだあるはずだ、この魔法の魔導書が。
結婚指輪を作る魔法の魔導書。
おれはそれをベロニカに渡した。
「妻なら問題ないだろ?」
と、シモンに言ったのだった。




