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シャークドライブ

「ベロニカさん?」


「やっぱり……」


 ベロニカはますます苦虫をかみつぶした顔をした。


「彼女をみてまさかと思ったんだけど、やっぱりあの時の魔法でみた顔だったんだ」


 シルビアの方をみて言った。


 そういえば魔法のテレビ電話にシルビアの顔がでてたっけ。


「ルシオ様? わたし、なんかまずいことをしました?」


「いや、シルビアは悪くない。それよりもお茶を頼む」


「はい」


 シルビアはためらいながらも応接間から出て行った。


 おれはベロニカの前に座った。


 ふたりともぎこちない、微妙な空気が流れる。


「えっと……とりあえず、ルシオ・マルティンです」


「ベロニカ・アモール・ゲルニカでございます」


 彼女は優雅に一礼した。


 その所作には気品が感じられる、街中であったベロニカと比べものにならないくらいの気品が。


「えっと、前女王と聞いたけど」


「はい、現国王クレメンテ一世の叔母にあたります。歳は向こうの方が上ですが」


 年下の叔母ってことか。大家族とか王族にたまにあるパターンだ。


 とりあえず間を持たせるために、おれは色々質問してみた。


「シルビアをみて困ったのは」


「さっきのカフェでみたから」


「やな事の前の気分転換っていうのは」


「千呪公・マルティン公爵の屋敷に挨拶にくるのが憂鬱だったから」


「なるほど」


 ついでの質問だけど、色々と繋がった。


「……ああもう、なんなんだい、あんた、罠をしかけたね」


 ベロニカがいきなり切れた。


「罠をはってあたしをはめたね。ずるい男!」


「いやいや、そっちからナンパしてきたんだろ? おれは何もしてないぞ」


「うるさい! あんたのせいに決まってるのさ。そう、魔法。千呪公だろあんた。千の魔法のなんかであたしを誘惑したんだわ」


「そんな魔法使ってない!」


 ……一応あるけど。


「いいや魔法に決まってる。じゃなかったらあんたのようなガキ、あんなにいい男に見えたりするもんかい。絶対に魔法だ。そうに決まってる」


 おいおい……。


「むちゃくちゃだなあ」


「はあ……」


 一気にまくし立てたあと、ベロニカは急にうなだれた。


「もうダメだ……国がつぶれる。あたしが下手うって罠にかかったりするから……」


 だから罠じゃないって、それに。


「つぶさないよ」


「うそよ」


「本当」


 ベロニカは顔を上げた。希望にすがりつく人間の顔だ。


「本当に本当?」


「本当に本当」


「一番大事なものにかけて誓える?」


「シルビアとナディア、二人の嫁にかけて誓う」


 おれは即答した。


 ベロニカはきょとんとして、それから笑い出した。


「なんだいそれ。そこはもっと別なものがあるじゃないの」


「一番大事なものだからな」


 そりゃ嫁だよ。神ごときが出しゃばるところじゃない。


 ベロニカはおれをじっと見つめて――表情が和らいだ。


「わかった。信じてあげるわ。あれはあたしの自分の意思だった。自分の意思でいい男を見つけて、声をかけた」


 それもそれでどうなのかって思うけど、気にしないでおくことにした。


「改めて。ベロニカ・アモール・ゲルニカ。千呪公・マルティン公爵にご挨拶申し上げます」


 立ち上がって、手を独特な組み方をして、膝をちょっと曲げた。


 独特なお辞儀、なんかの作法って感じだ。


「ルシオ・マルティンだ。よろしく」


 そういうのはわからないから、おれは普通に返した。


「堅苦しいのより、フランクに話してくれた方がありがたい。おれはそういうのが苦手だから」


「それでよろしいのですか?」


「魔法バカで、そっちの勉強をまったくしてこなかったからな」


 肩をすくめて、おどけていった。


 冗談っぽく言ったがそれは本当のことだ。


 ベロニカはおれをみて、ぷっ、と吹き出した。


「そうかい、じゃあそうさせてもらおうかね」


「ああ、たすかる。おれもこう話すから」


 大分前から子供モードをやめてるけど、改めて宣言する。


 シルビアが入ってきて、お茶を置いていった。


「ありがとう」


 ベロニカはにこりとシルビアに微笑みかけた。


 シルビアは赤面した。トレイで顔を隠して出て行った。


 うん、かわいいかわいい。


「本当に大事なんだねえ。嫁が」


「うん、ああそうだな」


 ベロニカはほっとした。


「それと身内に苦労してるんだね」


 イサークの事か。……まあな。


 何となくゲルニカ国王の事を思い出す。


「そっちは身内で苦労してない?」


「してる」


 あっさり答えるベロニカ。


 その話し方の時サバサバ感がかなりあがる。


「臣従の条件でそうなったけど、あれは国王の器じゃないのさ」


 豚だもんな。


「お互い苦労してるんだな」


「そうだね」


 おれ達はしみじみうなずき合ったのだった。


「ルッシオくーん」


 ナディアがいきなり部屋にはいってきて、おれに飛びついてきた

「ねえねえルシオくん、あたしおもったんだけど、この前あたしとシルヴィの三人で空を飛んだじゃん? で、陸の上でもいつもあそんでるじゃん? 今度は海の中に遊びにいこうっておもってさ。ほらこの前の夏と冬の魔法を使って夏のところにいって海の中に遊びにいこうよ。そういう魔法ない?」


 マシンガントークしてくるナディア。


 いつも通りの彼女だが。


「待て待てナディア、ちょっとまて」


「え、なんで?」


「客」


 ベロニカを指す。


「あっ」


 そこではじめてベロニカに気づく。


「あー、あらら」


 気まずそうな顔をする。


「おほほほほほ」


 わざとらしい貴婦人笑いをして部屋から出た。


 まったく。


 ドアが閉まった後、おれはベロニカに向き直って、頭を下げる。


「すまなかった。ナディアはわりとああなんだ。みてわかると思うけど、悪気はないんだ」


「ああ、わかるよ。直情的でいい子だ」


「そう言ってもらえると助かる」


「さっきの子、シルビアだっけ、あの子も素直で良い子だった。二人ともあんたの元で幸せに暮らしてるのがよく伝わってきた」


「嫁だからな」


「ふふ、あたしもそういう子供時代を送れたらよかった」


「子供になればいいんだよ!」


 ナディアがまた部屋に入ってきた。


 今度は完全に聞き耳立ててたって様子だ。


「なんかごめん」


 おれはまた謝った。


「いや構わないよ。なんならここにいてもいい」


 ベロニカは大人の対応をしてくれた。


「それよりも子供になればいいってどういう事だい?」


「ルシオくんの魔法で子供にしてもらえば良いのよ。あたしもシルヴィもたまに大人にしてもらってるけど、それの逆バージョン」


「できるのかい? そんなことが」


「まあ、な」


 おれはナディアに魔法を掛けた。


 大人の姿にして、子供姿にもどして。


 ちょっとしたデモンストレーションだ。


「すごいじゃないか。そうか、千呪公は伊達じゃないってことだね」


「これをやってもらえば良いんだよ。ね、ルシオくん」


「そうだな」


 考えて、ベロニカをみた。


「興味は?」


「いいのかい?」


「ああ」


「それなら……お願いしてもいいかい」


「……わかった」


 立ち上がって、手をかざす。


「『リコネクション』」


 魔法の光がベロニカを包む。


 それをみたナディアが不思議そうに首をかしげた。


「ルシオくんルシオくん、普段の魔法と違くない?」


「ああ。別のヤツだ。あれは見た目だけ大人にしたり子供にしたりする魔法だけど、こっちは中身までかえてしまう」


「中身まで?」


「そうだ。記憶を残したまま、性格は子供に戻す」


「へええええ」


 興味深げにベロニカを見つめるナディア。


 そんな中、ベロニカの体が徐々に縮んでく。


 しばらくして光りが収まると、そこにいたのは子供の姿だった。


 面影はある。


 シルビアともナディアとも違うタイプの子供。


 美人になるタイプ(実際美人だった)で、顔つきは自信に満ちてる。


 なるほど子供のベロニカはこうなのか。


「これが……あたくし?」


 ベロニカは自分の手を、小さくてぷにっとなった自分の手をみて驚く。


「『ミラー』」


 魔法の鏡をつくった。


 全身を映し出せる姿見サイズのものだ。


「懐かしい……あの頃のあたくしですわ」


     ☆


 シルビア、ナディア、そしてベロニカ。


 三人をつれて、おれはまた海の底にきた。


「きゃほーい」


 ナディアは海の底を走り回ってる。


「ナディアちゃん、そんなに走ったら危ないよ」


「大丈夫大丈夫――きゃあ」


 ナディアはすっころんだ。


「ほら! どこかケガしてない」


「きゃっほーい」


 すぐに起き上がって、また走り出すナディア。


 はらはらしながらそれを追いかけるシルビア。


 こっちはいつもの二人だ。


 いつもじゃないのが、ベロニカ。


「ほら、とっとと歩くですの」


 彼女はいま、おれの上に乗ってる。


 というよりおれが彼女を肩車してる。


「あんたは歩かなくて良いのか?」


「こうしてたい気分ですの」


「そうか」


 頷く。


 なんかわがままを言われてるけど、これくらい別にどうって事ない。


 なんというか、彼女にはそれが許される雰囲気がある。


 横暴じゃないわがままなら聞いてあげたくなる雰囲気だ。


「楽しいですわね」


「歩いたらもっと楽しいぞ。シルビアとかナディアとかあんなに楽しそうにしてるだろ」


「こっちの方がたのしいですわ」


 肩車に乗って、おれの頭にぎゅっとしがみつく。


 それはそれでいいけど、たのしいのか? これ。


「ルシオくんルシオくん」


 ナディアが戻ってきた。


「あれ」


 ナディアが指さす先にはでっかい

 指さす、そこにでっかいサメがあった。


 全長五メートルはあるでっかいサメだ。


「あれに乗れないかな」


 ナディアはわくわく顔でおれを見つめる。


 期待の眼差し、嫁にこんな目で見つめられたらしょうがない。


 横暴になろうとわがままを聞いてあげたくなる。


 そう、嫁の前ではスーパーマンになるって決めてるんだ、おれ。


 なんでもかなえるスーパーマンに。


 おれはベロニカを肩車したまま、サメに向かっていき、手をかざした。


「『ブレインウォッシュ』」


 洗脳の魔法を掛けた。


 魔法の光りがサメを包みこんで、やがてサメは巨体を揺らしながら降りてきた。


 凶悪な顔つきのまま、おれにほおずりする。


 体のサイズで力加減が難しくて、体当たりされてるような感じになる。


 大型犬にじゃれつかれてる感じだ。


 おれのそばにやってきて、期待に満ち顔をするシルビアとナディア。


「さあ、乗ろう」


 おれは二人に手を差し伸べた。


     ☆


 海の中、サメの背中。


 シルビアとナディアが手をつないで乗ってる。


 二人は相変わらず仲が良くて、見ててほっこりする。


 一方でベロニカはおれの上に乗ってる、体勢はさっきのまま。


 おれがサメに乗って、ベロニカをおれが肩車する格好だ。


「サメに乗らないか?」


「いやですわ」


「せっかくだし経験しといたら?」


「せっかくだからですわ」


 断固拒否された。


 サメがいやなのかな、とおもったけど、きっぱりと断ったベロニカは楽しげな表情をしてる。


 少なくとも怯えたり嫌がったりという理由で乗らない訳ではないようだ。


 それなら無理強いすることもないか。


 おれはそれ以上誘わなかった。


 四人でサメにのっての、海の中のドライブ。


 普段空中を飛んでるのとは違う楽しさがあった。


     ☆


 ドライブが終わって、地上に戻る。


 サメの魔法を解いてやって、海に帰してやった。


 日がすっかり暮れていた。


「さて、そろそろ帰るか」


「うん!」


「帰ったらすぐにご飯作りますね」


 ゆっくりで良いよ、とシルビアにいう。


 ベロニカの方を向く。


「さて、そっちの魔法も解くか」


「わざわざ解くの?」


 ナディアが驚く。


「ああ、『リコネクション』は永続性の魔法なんだ。ちゃんと解かないと元には戻らない」


「へえ、じゃあ解けない人がやったら大変なことになるね」


「そうだな」


 おれはベロニカに手をかざした。


 ベロニカはおれの後ろに回り込んだ。


「いやですわ!」


「どうした」


「大人に戻るのはいやですわ」


「いやって言っても」


「とにかくいやですわ! こんなに楽しいの、もっともっと味わいたいですわ」


 そう言って、ベロニカは逃げだした。あっという間に姿が遠くなっていく。


 ぽかーん、と取り残されたおれたち。


 しばらくしてから。


「戻せる時に戻せばいいから、別にいいのか?」


 つぶやくおれ、とりあえずはそう思うことにした。


 だって、逃げるベロニカの横顔がものすごく楽しそうに見えたから。

海底デートの続き。

ちょっとながくなってしまったけど、楽しんで頂ければ幸いです。

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