ぬこ様
外から帰ってくると、屋敷のリビングでココが床で丸まって寝ていた。
「ココ?」
軽めに呼びかけてみた、反応はない。
「ココ? そこで寝てると風邪引くぞ?」
もう一回呼んでみる、やっぱり反応はない。
このまま寝かせておくのもどうかなと思って、せめて彼女の部屋に運んでやることにした。
ちなみにココとマミは別部屋だ。
水をかぶると変身する一心同体の二人だが、犬と猫って事もあって、それぞれの部屋を用意してる。
そこに運ぼうとした。
「『フロート』」
魔法を使う、ココの体がそのポーズのまま浮かび上がる。
そのままゆっくりと浮かして運ぶ。
「うぅん……」
途中でココが呻いた。
「起きたのか?」
と思って運ぶのを中断する。
ココは起きてなかった。寝たまま、空中でじたばたする。
足が床に引っかかって、浮いてる状態から自力でちょっと移動した。
日陰から日向に移動した。するとまた満足そうな寝顔になって、すやすやと寝息を立てる。
これは……ひなたぼっこしてるのか。
試しにちょっと引いて、日陰に移動した。
するとまた眉をひそめて、嫌がってじたばたと宇宙遊泳の様に日差しを求めて移動する。
ちょっと押して日向に戻した、すると満足してまた寝息を立てはじめた。
「うーむ。『ピープ』」
魔法を唱える。空中にスクリーンのようなものが映し出される。
テレビ電話と違って、こっちは人がいないところを一方的に映像だけを見る魔法だ。
確認したのはココの部屋。そこはタイミング悪いことに部屋全体が日陰に入ってる。
これは、移動させちゃうのはかわいそうだな。
ちなみにマミの部屋は完全に日向だった。
フロートの魔法を解除して、ココを床に下ろす。
日に当ってる床が温かかったからか、ココは満足げな顔でごろごろした。
日差しが時間経過で移動する、ココはそれを追いかけて眠ったまま床の上をすりすりして移動した。
可愛い。
あとでシルビアとナディアに見せるため、魔法で写真を撮っておいた。
「喉が渇いてきたな」
おれはリビングを出て、台所に向かった。
コップに冷たい水を入れて、リビングに戻ってくる。
ココがまだ移動していた、床を軟体動物の様に這って移動した。
さっき以上に可愛らしくて、魔法で写真を撮る。
写真を取るのに夢中で、手が滑ってしまう。
パシャーン、水がココにかぶってしまった。
瞬間、犬耳の少女が猫耳の少女になった。
ボブに近い髪型だったのがストレートのロングになり、全体的な雰囲気が変わった。
猫耳の少女、マミ。
彼女達は水をかぶると種族が入れ替わる冗談のような体質だ。
水をかぶったマミが体を起こして、きょろきょろと辺りを見回す。
寝起きの目で、何が起きたのがわかってないって顔だ。
気持ちのいい睡眠を邪魔したという負い目で、おれは急いで魔法をかけた。
「『クイックドライ』」
強めに、慎重に魔法を掛ける。
マミの体にかかった水が一瞬で蒸発した。
乾燥したマミは更に二度三度きょろきょろしてから、何事もなかったかのように床で寝た。
「ふう……やらかしちゃった」
額の汗を手の甲で拭く。
マミがもそもそし出した。
床をもそもそして、寝る場所を移す。
ココと正反対だった。マミは日向から逃れて、日陰に移った。
「マミはひなたぼっこいやなのか?」
気になってしばらく見守った。
日差しが移動する。それがあたって、マミは逃げる様にもそもそ。
あたって、もそもそ逃げる。
あたって、もそもそ逃げる。
ココとは本当に正反対だった。
面白いから、それを魔法で動画に撮った。
日差しから逃げる姿、あとで倍速でシルビアとナディアに見せてやろう。
そう思って動画を撮っている――ゴン!
日差しから逃げていたマミは頭を壁にぶつけてしまった。
「ぷにゃあ!」
パッと体を起こして、頭を押さえる。
何が起きたのか本人でもわかっていない。辺りをきょろきょろ見て回って、最終的におれに視線が止まった。
責める目だ。何をしてくれたんだ、という目だ。
「待て待て、おれは何もしてないぞ」
「嘘つきは千呪公の始まり」
ジト目のまま言われる。
「変なことわざ作らなくて良いから。ほら」
おれは録画した動画を再生した。
空中に魔法で作ったスクリーンが出て、マミの姿が流れる。
日向を嫌がって移動して、自分で壁に頭をぶつけてしまう一部始終を流した。
うん、完璧なアリバイだ。
「どうだ、おれが何もしてないのはわかっただろ」
「うん、わかった」
頷くマミ。
容疑が晴れたというのに、マミはまだおれをじとっと睨んでる。
「何もしなかった」
「え?」
「わたしを床に寝かせて、苦しんでるのを放置した」
「うっ」
痛いところをつかれた。
それを言われると返す言葉はない。というか改めて考えると自分でもひどいって思う。
「悪かった」
「……」
「本当にごめん、この通りだ」
おれは手を合わせて頭を下げた。
マミはしばらくおれをじっと睨んだ後。
「もういい」
といって、部屋から出て行ってしまった。
うーむ、やっちゃったかな。後で何かフォローしとかないとな。
一人になったリビング。おれは徐々に動き続ける日差しを見た。
ぽかぽかして、温かそうだった。
「『エアクッション』」
おれもひなたぼっこしようと思った。
魔法で空気のソファを作って、そこに座った。
いわゆる人をダメにするソファと同じ感じで、空気のソファが体をほどよくすっぽり包み込む。
それを日差しの真ん中に移動させた。そして『フロート』の魔法を使って浮かせた。
傍から見ると、おれは空中でくつろいでる状態。
ぽかぽかして、すごく気持ち良かった。
おれはいったんソファから降りて、別の部屋にいって、読みかけの魔導書を持ってくる。
そしてソファに乗っかって、ひなたぼっこしながらマンガを読み始めた。
「ふんふんふふふーん」
ついつい鼻歌を歌ってしまうほど気持ちが良かった。
ふと、横から手が伸ばされてきた。
マミの手だ。
いつの間にか戻ってきたマミはおれの邪魔をするかのように、手を魔導書の上に伸ばして来た。
「マミ?」
「……」
マミは返事しない、ちょっと不機嫌な表情のまま、魔導書を手で隠し続ける。
このままじゃ読めない。
「相手してほしいのか?」
魔導書を膝の上に置いて、マミの方を向いた。
するとマミは興味をなくしたかのように、ぷいとそっぽを向けてしまった。
それでおれがまだ魔導書を読み始めると、まだ手を伸ばしてくる。
魔導書を置くと、またそっぽを向く。
それを何回か繰り返して、無視して手を伸ばされても魔導書を読み続けようとすると――マミが乗っかってきた。
空気ソファによじ登って、おれの上に乗っかってきて全身で魔導書を隠した。
「……」
でも何も言わない、邪魔をするだけ。
なんというか、猫耳少女じゃなくてぬこ様だな。
相手してほしいけど、相手したら逃げる。
なら、しないフリをしつつ相手をするしかないな。
おれはマンガを読むフリをした。
マミは邪魔をしてきた。
邪魔してくるのを相手しつつ、マンガを読むフリをした。
同時に、こっそり魔法を使って空気ソファを移動させた。
日向から、マミが好む日陰に。
少しずつ、こっそり移動した。
そうして相手してると、マミの表情に変化はないが、しっぽを立てはじめた。
おれの上に乗ったまま、しっぽは真上にまっすぐ伸ばした。
嬉しい時の仕草だったかな、これ。
お墨付きをえたおれは、ますますマミの相手をした。
やがて日が暮れて、遊び疲れたマミはおれの上で寝息を立てはじめた。
「寝顔だと笑顔になるんだな」
おれは苦笑した。我が家のぬこ様は気むずかしい。
まあでも、寝顔がこうって事は、喜んでもらえてるって事だよな。
「――!」
そんな事を思ってると、マミがいきなりパッと起き出した。
おれの上にいたまま、壁の方をじっと見つめる。
「どうしたマミ」
「……」
マミはやはり答えなかった。
しばらく壁をじっと見つめた後、パッとリビングから飛び出した。
なんだろう、とおれは空気ソファから降りて、歩いてマミの後を追いかけた。
表にでると、見慣れた光景が見えた。
簀巻きにされて、猿ぐつわを噛まされたイサークだ。
マミはイサークを引きずって、おれの前にぽいと置いた。
そして、おれを見つめる。
きらきらした目で、褒めてほしそうな表情だ。
おれは苦笑した。我が家のぬこ様はかなりわかりやすかった。




