お菓子の王様
「とても失礼な質問かもしれませんが」
王宮に向かう途中、シモンが聞いてきた。
「ルシオ様は一千以上の魔導書を読み解き、千の魔法を自在に操るため、千呪公と呼ばれていると聞いてますが。それは本当のことでしょうか」
「本当だよ」
おれは両手をかざして、魔法を使う。
左手の親指にマッチのような小さな炎、人差し指は尖った氷柱を出した。
中指はつむじ風を出して、薬指はパチパチと電気を纏わせた。
全部の指に違うものを、攻撃魔法を十種類使った。
もちろん最小限の威力に絞ってある。
「おおお!」
シモンが興奮する。
「こんな感じで、色々使えるよ。数は、うん、九千を超えたくらいかな」
「そんなに! で、では」
「うん?」
「魔導書をそれだけ読めるのは、何かコツがあるんでしょうか」
「コツ?」
「はい、魔導書を読むコツです。わたしはずっととある魔導書を読んでるのですが、未だに全然読めなくて。もしコツがあれば……」
「そうなんだ」
そう言う話か。
おじいさんも国王も、おれのまわりのいろんな人から同じ悩みを聞いてきた。
おれからすればただのマンガで、何分かあれば一冊読めるけど、この世界の人間はほとんど読めない。一冊読むのに数年はかかる。
その人達が読めるようにするためにいろんな事をしてみた。
魔法で内容をアニメにしたりとか、色々してみたけど成果は出てない。
おれ自身は楽に読めるけど、他人に読ませるのは難しい。
シモンは頭を掻いて、顔を赤くして語り出した。
「実は……お恥ずかしい話ですが、幼なじみから出された宿題なんです。その魔導書を読んで、魔法を使ったら結婚してくれるって」
「魔法を使ったら結婚?」
思わず足が止まって、シモンを見あげた。
それは……協力してやりたいな。
「それ、どういう魔導書なの?」
「これです!」
シモンは懐からパッと魔導書を出して、おれに渡した。
持ち歩いてるのか。
「読んでもいい? すぐ終わるから」
「すぐ?」
シモンが驚く。
渡された魔導書は結構薄いものだったから、立ち読み感覚でパラパラ読めた。
「そっか、こういうことなんだ」
おれはそういって、魔導書をシモンに返す。
「はい、これ返すね」
「え? も、もしかして、今ので読めたのですか」
「うん」
頷く。
シモンは驚き、信じられないって顔をする。
論より証拠。
おれは手を差し出して、今覚えた魔法を使った。
手の平が光って、指輪ができた。
シルビアとナディアがつけてるのと同じ、魔法で作った結婚指輪だ。
「こ、これはまさしく。本当に今の一瞬で。さすがです……」
シモンは感動しつつ落ち込む。複雑な心境みたいだ。
「シモンさんの幼なじみさんは、シモンさんが作った結婚指輪がほしいんだね」
「……はい、そうです。でもわたしはどうしてもこの魔導書を読めなくて。ああ……ローラ、ふがいないぼくを許しておくれ」
途中で一人称が変わった。幼なじみと一緒にいるときはそういう喋り方なのか。
「すみません。ルシオ様には関係のない話でしたね」
「ううん。頑張ってシモンさん。魔導書は頑張ればきっといつか読める様になるよ」
「はい……」
しょんぼりと、魔導書を懐にしまい直すシモン。
さすがにちょっとかわいそうだ。
「ぼくも何か考えるよ。シモンさんが魔導書を読めるようにする方法を」
「本当ですか!」
シモンはまるで救世主を見るような目をおれに向けて来た。
「うん、なんとかするよ」
おれはブラックホールで使い道のない指輪を吸い込んで処理しつつ、なんとかしてやる方法はないかと考えたのだった。
☆
小さな王宮の中、質素な謁見の間。
ほとんど舘と言ってもいいくらいのそこで、おれはゲルニカの国王と向き合っていた。
「……豚?」
思わず感想が口をついてでた。
目の前にいる男(多分)は豚の化け物のような見た目をしている。
昔ネットで見た、自分で起き上がれない体重数百キロの男、あれとそっくりだ。
あまりの肥満体ゆえに、玉座はなくて、段差の上に地べたで座ってる状態だ。
……いや、実は玉座があって、肥満体に隠れてるだけなのかもしれない。
「ぶぶー、おまいがルシオか」
ゲルニカ国王が口をひらいた。
「……うん。ぼくがルシオ・マルティンだよ。あなたが王様?」
「ぶぶー。そう、おれがゲルニカ王クレメンテ一世だぶ」
「そっか。それより王様、さっきからずっと何を食べてるの?」
「ぶぶー。公爵とはいえ子供か。いいだぶ、無知なおまいにもわかる様に説明してやる。おれがたべてるのはケーキっていう食べ物だぶ」
それはわかってる。
聞きたいのはそんな事じゃない。
ゲルニカ王の横に台車があって、そこにケーキが山ほど積み上げられてる。
文字通り山積みだ。
ゲルニカ王はそれを手掴みでむしゃむしゃ食べてる。
おれが謁見の間に入ってから既に十個以上食べてる。
「王様、それはちょっと食べ過ぎなんじゃないかな」
「ぶぶー。おれは王だ、ケーキくらい食べて何が悪い」
「うんと、はい」
「ぶぶー、失礼なヤツだ。おいそこのお前、あれをもってこい」
ゲルニカ王はそばにいる女の召使いに命令した。女は慌てて謁見の間からでて、すぐにずっしりした袋をもって戻ってきた。
ゲルニカ王はそれを受け取って、中身を手づかみで食べ出した。
白くてじゃりじゃりした細かいつぶ……あれってまさか。
「王様、それってなあに?」
「砂糖に決まってるぶ!」
おれを怒鳴りつけて、砂糖を手づかみでむしゃむしゃする。
……太る訳だ。
「えっと、それで王様、ぼくがここに来たのは」
「めんどくさい話は聞きたくないぶ」
「え?」
「話はわかってる、適当にやるがいいぶ。シモンに任せるから話は全部そいつから聞くぶ」
「えっと」
「ぶぶー」
ゲルニカ王はそういって、砂糖をむしゃむしゃしたまま謁見の間をでた。
まるでスライムかなんかの軟体動物の様な移動の仕方で……意外にも普通の人間とそんなに変わらない歩く速さだった。
ていうか……それでいいのか?
本当におれが好き勝手にやっても。
おれはゲルニカ王がいた場所を見つめる。
砂糖とケーキの食べかすが散乱してる。
思わず「行儀わるい」って言葉が脳裏に浮かぶくらいの惨状。
「『ブラックホール』」
出力を最小に絞って魔法をとなえる。
指先にできたビー玉くらいのブラックホールは、最高級掃除機と変わらないくらいの吸引力でゴミを吸い込んだ。
「「「おおおおお」」」
使用人、衛兵、そしてずっと黙ってたシモン。
その場にいる全員が感動した声をあげた。
「た、大変です」
兵士の格好の男が飛び込んできた。
「魔物が! 魔物が例の村に現われました! すぐに救援を」
にわかに慌て出す謁見の間。
どうやら、いろいろ掃除しなきゃいけないところが多いみたいだ。