兄は現行犯
朝、屋敷に一人の男がやってきた。
二十代の青年で、人のよさそうな穏やかな見た目をしている。
「ルシオ・マルティオ公爵閣下とお見受けいたしますが」
「うん、ぼくがルシオだよ」
とりあえず子供モードで返事した。
「お兄さん、だれ?」
「申し遅れました、わたしはシモン・シンプソンと申します」
「シモンさんだね」
「公爵閣下を宮殿に案内するよう仰せつかりました」
なるほど、ゲルニカ王国側からの使者か。
今日宮殿に行ってこっちの国王と会うから、その案内役としてきたわけだ。
「よろしくお願いします。それと、公爵閣下はやめてよ。名前で呼んでくれた方がいいな」
「わかりました。それではこれからマルティン様と呼ばせていただきます」
それでもまだかたいけど、まあいいか。
「ルシオくん、出かけるの?」
屋敷の奥からナディアがでてきた。
起き抜けで頭がいつもの様に寝癖で大変な事になってる。
「そっちの人は?」
「シモンさん。今からこの人とちょっと仕事にいってくる。彼女はぼくのお嫁さんのナディア」
「……」
シモンは驚きに目を見開き、無言で慌ててナディアに頭を下げた。
見た目子供でも公爵夫人だからな、ナディアは。
「そっか。ルシオくんをよろしくね」
「いこっか、シモンさん」
「はい」
シモンをつれて屋敷から出た。
するとシモンはほっとした。
「どうしたのシモンさん?」
「失礼しました。まさか公爵夫人にお目にかかれるとは思ってなくて」
「ぼくの時より緊張したみたいだけど?」
「それは、ええ、まあ」
シモンは口ごもって、額の汗を拭いた。なにか訳があるのか?
「ちなみにぼくのお嫁さんはもう一人シルビアって人もいるから」
「お二人いらっしゃるのは存じ上げております」
「そっか」
シモンと一緒に街中を歩いた。
ゲルニカ王国首都、ルモ。
王国の都と言うにはそれほど栄えてる訳ではなく、規模で言えばおれが独立した時に住んでたバルサとそんなに変わらない。
それだけでこの国の規模とか国力とかが推測できた。
「キミ可愛いね、どこに住んでるの?」
ふと、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
足を止めて、声の方を見る。
十数メートル離れた先にいるのはイサークだった。
……なんでここに?
「ちょ、ちょっと。あたしは――」
「おれの名前はイサーク。キミの名前は? その辺でちょっとお茶しない? おれこう見えて結構面白い男なんだ。一緒に楽しい事しようよ」
イサークはナンパをしていた。
前にあったときと同じで、そんなにきくとは思えない台詞でナンパしていた。
ナンパされてるのは十代半ば、高校生くらいの美少女だ。
その美少女はイサークに困ってる。
やれやれ、仕方ないな。
おれが止めに入ろうとした、その時。
「こっちです! この人です!」
ナンパしてるイサークとは反対の方向から別の少女が武装した兵士を連れてやってきた。
質素な武装をした兵士二人があっという間にイサークを挟み込む。
「この人です! この人がお義姉さんをナンパしてました」
「確認した」
「あなたは」
兵士の一人がナンパされた少女に聞く。
「ミクソンです、主人がいます」
少女は手をあげた、薬指に指輪がある。
おれはちょっと驚いた。
あの若さで人妻か――ってシルビアもナディアも人妻だったか。
この世界じゃ早婚は珍しくないらしい。
「おれは人妻でも気にしない器の大きい男さ。キミに本物の男という――うわっ」
イサークは兵士二人に拘束された。
「あーあ」
隣でシモンが呆れていた。
「どういうことなの? シモンさん」
「マルティン様はそういえばご存じないのですね。この国では人妻をナンパするのは犯罪なのです」
「そうなんだ」
「ええ、見つけたら容赦なく逮捕され、初犯なら七日間の禁固刑が科せられます。知らなかったなら情状酌量の余地もありましたが……」
イサークのヤツ、人妻でもって言い切ったからなあ。
そのイサークは兵士に捕まって、ずるずる引きつられていった。
「離せ、おれが何をした。離せ――あっ、ルシオ!」
こっちに気づいた。兵士も止まってこっちを見た。
「助けろルシオ、なんか知らないけどいきなり捕まったんだ」
「えっと」
「見苦しいぞ!」
「あんな子供に助けを求めるとか恥ずかしくないのか」
兵士二人がイサークをしかって、そのまま連れていった。
「えっと……禁固刑、だけですよね」
シモンに確認する。
「はい、外地の人で初犯ならそれ以上のことは。……マルティン様のお知り合いですか? もし良かったら――」
「ううん、七日間牢屋に入れてあげて。あれ、病気みたいなものだから」
「ええ、病気のようですね」
シモンはしみじみいった。
すごいぞイサーク、あの一瞬にシモンに色々わかってもらえたぞ。
イサークがいなくなって、シモンと一緒に再び歩き出す。
「そっか、シモンさんさっきナディアにお辞儀だけしたのって、それもあるからなんだ」
「はい」
「なるほど」
「あっ、それと。あれ、ぼくのお兄さんだから」
「えええええ」
驚くシモン……そうだよな。
「だからぼくの名前を出してくるかもしれないけど、ちゃんと、犯した分の罪は牢屋にいれてね」
「承知いたしました。後で通知いたします」
「ありがとう」
これでよし、っと。
ま、イサークのためにもこうした方がいいだろ。
シモンは「初犯は」っていったから、またやったら刑罰があがるのは目に見えてる。
ここでちょっと痛い目を見た方があいつのためにもなるだろ。
「しかし……さすがマルティン様、公爵閣下ともなるとそうなるのですね」
ん?
「正しさのためには実の兄も罰する。手心を加えることなく、犯した分の罪は償ってもらう様にする公平さ、さすがだと思います」
えっと、そうなるのか?
「このシモン・シンプソン、感服いたしました。マルティン様!」
シモンがおれに詰め寄った。
「マルティン様の手で、どうか、この国を立て直してください!」
「う、うん」
なんかやたらと熱く――信者になりそうな勢いでお願いされた。
その後、宮殿につくまでずっと熱い目で見つめられた。




