水で商売
おれとシルビアは結婚した。
どっちも六歳だけど、この世界のお金持ちの間ではそういうのはあまり関係ないらしい。「結婚は○歳から」という法律は存在してなくて、子供のうちでも両親が認めれば割と普通にするらしい。
貴族の政略結婚とか、赤ちゃんでも普通にするって聞いた。
神の前で誓いを立てて、魔法の指輪をシルビアにはめるという簡易的な結婚式をした。
ちなみに魔法の指輪のどこが魔法の指輪なのかというと、浮気をすればすぐに粉々に砕け散るという代物だ。
まあ、六歳のシルビアにはあまり関係ない。
そして、シルビアとおれは同じ部屋で暮らすようになった。
一晩寝るだけじゃなくて、毎日おれの部屋で一緒に暮らす事になった。
結婚して、同じ部屋で暮らすけど、何かできる訳でもない。
シルビアは六歳だし、おれも肉体的には六歳だ。
おててとおててをつないで一緒に寝る、が一番の肉体的接触だ。
……手をつなぐだけで安眠できるのは結構意外だった。
☆
この日、おれは庭で魔導書を読んでいる。
おじいさんから許しをもらって、自由に本を持ち出して読めるようになった。
その横からシルビアがのぞき込んでくる。
のぞき込んで、まじまじ見つめてくる。
気になって聞いてみた。
「シルビアはこれ読める?」
「ううん」
首を振った。
「すごくむつかしい」
「全然読めない?」
「うん、よめない」
今度は頷いた。それでも視線は魔導書に釘付けだ。
そうか、やっぱり読めないのか。もしかしたら年寄りが読めないで、子供だったら読めるというパターンなのかなって思ったけど、そうではないらしい。
やっぱり異世界人はマンガを読めないのかな、普通に。
「ルシオ様は読めるの?」
「読めるよ。意外と面白いんだ、この魔導書」
「おもしろいの?」
シルビアは目を見開かせた。
読めないから驚いてるんだろう。だけど読めるとわかる。ここのマンガって、シュールな展開が多いけど、それが結構面白いって事がある。
だから飽きずに毎日読んでられるのだ。
おれは手の甲で汗を拭って、ページをめくった。
ちょっと熱くなってきた。
ふと涼しい風が吹いてきた。
横を見るとシルビアがパタパタあおってくれていた。
「ありがとう」
いうと、シルビアはよろこんだ。
パタパタ扇がれて、魔導書を読み続けた。
しばらくして、馬車がやってきた。屋敷の庭に乗り込んできた。
馬車は荷台にでっかい木のタルをいくつも積んでる。
「なんだろう、あれ」
「わかりません」
みつめていると、屋敷の中からメイドのアマンダが出てきた。
馬車に近づき、操縦してる中年男にお金を払って、タルを下ろしてもらう。
おれは近づいていき、質問した。
「アマンダ、それは何?」
「お坊ちゃま。これは水でございます」
「水?」
「はい、飲用の水です。この一帯の水はあまり綺麗ではなく、沸騰させても飲めないし料理に使えないんです。ちょっと飲んだだけでもすぐお腹を下してしまうんです。だからこうして、お口にいれるための水を綺麗な水源地から取り寄せてるのです」
「そうだったの? それ大変じゃない?」
「そうでもありませんよ」
アマンダは微笑んだ。
「この一帯に住んでる人ならみんなずっとそうしてきましたから、慣れたものです」
アマンダは笑って言いながら、水のタルを台車を使って、屋敷の中に運び込んだ。
おれは考えた。
水が飲めない、か。
☆
本を書庫に戻し、屋敷を出て、近くの森にやってきた。
記憶の中の道をたどる、たしかこの先に小川があったはずだ。
それで歩いて行く。後ろからとことことシルビアがついてくる。
森の中のデコボコな道だから、ぜーぜー言っててキツそうだ。
「シルビア。屋敷で待ってていいんだぞ」
「う、ううん。一緒に行く」
「そうか」
おれは足を緩めた。
シルビアを待って、ペースを合わせて、ゆっくりと川に向かっていった。
川に着く。綺麗に見える川の水を手のひらに掬う。
匂いを嗅ぐ、じっと見つめる。
特になんともない、ぺろっとなめてみる。
「――っ!」
刺激的な味が脳天を突き抜けた。
「ぺっぺっぺ!」
慌てて吐き出す、舌先がしびれた。
「大丈夫!? ルシオ様」
「ぺっぺ、だ、大丈夫だ」
あんなに綺麗に見えて、匂いもしないのに、口に入れた瞬間毒みたいだった。すぐに吐き出して、舌を袖でごしごしこすったけど、違和感が強く残った。
なるほど、これは確かに飲むのは無理だ。
ならばと、おれは懐の中から小さなコップをとりだした。
水を汲んで、コップの口に手のひらを当てる。
「ディスティレーション」
コップの水に魔法をかける。光がコップを包み、水が沸騰したようにコポコポし出した。
ちょっとして、それがおさまる。
「これで大丈夫のはずなんだが……」
魔法が効いてたら、これで「飲める」水になってるはずだ。
ディストレーション。液体から不純物を飛ばして、純水にする魔法。
多分だけど蒸留の逆バージョンで、不純物を飛ばして純水にする魔法だ。
だからこれで飲める……はずなのだが、さっきと同じ透明で匂いがしないってのがちょっと怖い。
おれが迷ってると、シルビアがそれを持っていった。
そしてぐい、と一気に飲み干す。
「シルビア!? 何をするんだ」
いきなりそうしたシルビアに驚き、どうなったのか見守る。
しばらくして、にこり、と微笑んでおれを見た。
「……だいじょうぶです、美味しいです」
「おいおい、本当に大丈夫なのか?」
「はい!」
シルビアはコップをおれに返した。
おれはもういっぱい水を汲んで、またディスティレーションをかけて、今度は自分で飲んだ。
シルビアが言うとおり、水はちゃんと飲めるものになった。まったく味がしない純水になった。
ディスティレーションで、魔法で水の浄化はできる事が確認された。
これで……商売できるよな。
水がないわけじゃなくて、たっぷりあるけど飲めない地域。
この魔法なら、商売になるんじゃないかって思った。
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