テレビ電話
ゲルニカ王都、ルモ。
都の中心部にある屋敷にやってきた。
おれ、シルビア、ナディア、ココ&マミの四人である。
「お待ちしておりました、ルシオ様」
おれ達をでむかえたのはアマンダ。
実家のマルティン家に仕えている年上のメイドだ。
ルモにやってくるにあたって、アマンダを先行させて屋敷を手に入れてもらった。
それが目の前にある屋敷だ。
広さだけで言えば、ラ・リネアにあるものよりも一回り大きい。
「お疲れ様。ここがおれの屋敷?」
「さようでございます」
「値段は?」
「ルシオ様からお預かりした支度金の三割ほどで」
「三割!?」
おれは驚いた。
「それはいくら何でも安すぎるだろ」
「ラ・リネアに比べて地価が安いのです。本当は十割あまらせる事も可能でしたが、断りました」
「十割ってどういう事?」
「ルシオ様の事をさっそく聞きつけた商人や貴族の有力者が、歓心をかおうと無料での提供を申し出ました。それらを全て断り、あくまで相場で確保いたしました」
「……すごいな、アマンダは」
「もったいないお言葉です」
いや、本当にすごいと思う。そこで安いから、ただだからって飛びつかないのはもちろん、その上あえて相場通りに買ったのはすごい。
「ご苦労さん、アマンダ。帰っておじいさんによろしく伝えて」
「それですが、近く訊ねてくるかと思います」
「そうか。まあ、それは予想してる。おじいさんだからね」
おじいさんがひょっこり遊びに来るのは予想がつく。
おれはもう一度アマンダをねぎらって、彼女を送り出した。
☆
屋敷の中をあれこれ見回して、間取りをチェックしたり家具をチェックしていた。 そこに正面玄関のドアノッカーが音を立てた。
「誰かおらぬか」
シルビアが「はーい」と言って玄関に行った。
「えええええ」
シルビアの叫び声が聞こえた。
おれは玄関に駆けつけた。
「どうした……ってえええええ」
シルビアと同じ声を上げる羽目になっちゃった。
玄関にいる訪問客、それは国王だった。
王都ラ・リネアにいるはずの国王が、お忍びの姿でそこにいった。
「お、王様? どうしてここに?」
「来ちゃった」
来ちゃったって。
「王様、もしかしてルシオ様に会いに来たんですか?」
シルビアがおそるおそる聞く。
「うむ。余の千呪公がどうしているのかいてもたってもいられず、王宮をちょっと抜け出してきたのだ」
「それって大丈夫なんですか?」
「問題ない」
国王はきっぱり言い放った。
問題ないのか……。
「書き置きをちゃーんと残して来たのだ。問題はない」
「書き置きだけ!? それは問題ありますよ!」
思わず突っ込んでしまった。
「まあまあ、それよりもこれ、引越祝いだ」
「これは?」
国王が出してきたものを受け取った。
中に赤い色をした麺が入っている。
「あっ、引っ越しの赤い麺。ありがとうございます、王様」
のぞき込んだシルビアがお礼を行った。
「うむ、後でゆでて余の千呪公と一緒に食べなさい」
「ありがとうございます」
シルビアの反応からして引っ越しそばとにたようなものみたいだ。
それはじゃあ良いけど。
「本当に大丈夫なの、王様」
「大丈夫だ。ちゃんと書き置きには余の千呪公のところに行ってくると書いてある。行き先もちゃんとしておるし、世界でもっとも安全な余の千呪公のところだ。なにも問題はあるまい」
「うーん、それなら――」
「問題大ありでございます!」
ドアが開かれ、大臣が入ってきた。
額に汗を浮かべ、息切れしてる。
格好は国王以上に質素な感じで、顔を知らない人はただの中年おっさんに見える。
「ど、どうしたんですか」
「陛下を追いかけてきた。陛下!」
「むっ」
国王が表情を変えた。
「困りますぞこのような勝手をなさっては。陛下は我が国の主、そのようなものがなんの知らせもなしに属国の、しかも王都に来たとあっては一大事」
あ、やっぱりそうだよな。
「仕方ないだろ、余の千呪公に会いたかったのだ」
「会いたかったのだ、ではありません。ああ、もう! ではもう会われましたね。さあ、ゲルニカ王国のものに気づかれぬ様に帰りましょう」
「待つのだ、せめて一緒に引っ越しの赤い麺を――」
「帰・り・ま・し・ょ・う」
大臣が国王に詰め寄った。
あまりの剣幕に国王はシュンとした。
「もう一度だけ申す、陛下がここにいると知られたら大変な事になります。さあ、参りますぞ」
もはや説得してもらちがあかないと判断したのか、大臣は国王をずるずる引きずっていった。
屋敷の外に連れ出され、用意された馬車に連れて行かれる国王。
おれを見て、切なげに叫んだ。
「余はまた来るからなあああ」
「二度と来ないで下さい!」
大臣はそう言って国王を馬車に詰め込んだ。
ロケットダッシュで王都ルモから逃げ出すように去っていく馬車を、おれは苦笑いで見送る。
「王様、寂しいんですね」
シルビアが言った。
「そうだな」
「なんとかできませんか、ルシオ様」
赤い麺を持ったままおれを見あげるシルビア。懇願する様な目だ。
きっと国王が可哀想だと思ったんだろう。
「そうだな」
おれは考える。一万近い魔法を脳内検索にかける。
「……普通にあった」
「あるんですか」
「ああ……なんで今思い出すのかってくらい普通にあった」
おれは苦笑いした。自分のうっかりにちょっと苦笑いした。
ちょっと前に魔導図書館でよんだ魔導書で覚えた魔法だ。
それを思い出して、手をかざして使う。
「『ピクチャーフォン』」
魔力の光が集まって、空中に映像を映し出した。
ホログラムのような半透明の映像。
それは、小さな空間で膝を抱えてめそめそしてる国王の姿だった。
……おいおい。
気を取り直して呼びかけた。
「もしもし、王様?」
「むっ? 千呪公! 余の千呪公ではないか!?」
国王の映像がこっちを向いた。
「これはどうしたことだ」
「ぼくの魔法だよ」
「そうか、さすが余の千呪公だ!」
国王はいともあっさり納得した。
「テレビ電話……って言ってもわからないよね。とにかく、この魔法で時々王様に連絡するから」
「ほんとか!」
「うん! だから元気出して」
「うむ、元気が出たぞ。ありがとう余の千呪公」
テレビ電話の魔法でやりとりしてると、またしてもドアノッカーが叩かれた。
ドアが開かれ――実家にいるはずのおじいさんがそこにいた。
「おおルシオや、元気そうじゃのう」
「その声はルカ、なぜそこにいる?」
「む? エイブではないか。これは……ははあ、ルシオの魔法じゃな」
おじいさんは一瞬で状況を理解した、名前で呼び合うほど仲良くなった国王とテレビ電話越しで話した。
おじいさんは得意げに、国王は悔しそうだ。
「孫の新居に遊びに来るのになにか問題が?」
おじいさんは得意げに言った。うん、それは問題ないな。
「くっ、御者! 大臣! 今すぐ引き返せ、余も――」
「なりません陛下!」
駄々をこねる国王は大臣に一喝された。
「ふぉっふぉっふぉ。さあルシオや、一緒に引っ越しの赤い麺でも食べるのじゃ。おおシルビア、可愛い孫嫁の麺をたべさせてくれんかのう」
「ぐぬぬ……」
ここぞとばかりに国王を刺激するおじいさん。
相変わらず、二人とも仲良しだなあ、とおれは思ったのだった。