最強の砂遊び
この日は朝から温かくて、ぽかぽかしていた。
家の中にいるのがもったいないって事で、ナディアの提案で、夫婦三人で散歩に出かけた。
左からシルビア、おれ、ナディア。
この並びで、お互い手をつないで散歩してる。
傍目からは仲良し幼なじみ三人組に見えるだろう、行き先々で大人達に微笑ましい目で見られた。
「ルシオくんルシオくん、あれ見て」
「うん? あの砂場で遊んでる子供の事か?」
ナディアが指さした方向を見ると、そこに公園があって、砂場の中で一人の男の子が遊んでいる。
「あの子すごい……お城が本物みたい」
驚嘆するシルビア。その気持ちはわかる。砂遊びしてる男の子が作った砂の城はとんでもないクオリティだった。
「確かに本物っぽいな」
「本当に人が住んでるみたい」「今にも動き出しそうだね」
二人は同時に感想を言った、それぞれがそれぞれらしい感想だ。
「砂遊びか……」
おれは少し考えた。
「ルシオくん砂遊びしたいの?」
「そういえばしたことないですよね、ルシオ様と砂遊び」
二人はそう言って、おれを同時に見つめてきた。
確かにしたことはない、どうせだから。
「ワンランク上の砂遊び、してみよっか」
二人はきょとんと首をかしげた。
☆
屋敷の庭に戻ってくる。
背後に二人を待たせて、おれはそこに新しく覚えた魔法をかけた。
「『サンドボックス』」
魔法の光が庭を包み込んで、そこを巨大な砂場に変えた。
砂場の中心には青と赤の小さいスコップ二本あって、それが縦に突き刺さっていた。
離れたところには水場もある。
「すごい、庭が一瞬で砂場になった」
「砂場を作る魔法なんですか、ルシオ様」
「半分だけあってる。そこにスコップがあるだろ? シルビアとナディアはそれを使ってなんか作ってみて」
二人は互いを見てから、同時に頷いた。
スコップをとって、それぞれ何かを作り出す。
おれはそこで見守った。魔法は既にかけた、おれがやるべき事は終わっている。
シルビアは家を作った。ナディアはちょっと変わってる四本足の動物を作った。
それができた途端、砂場が光る。
光が二人の作ったものをそれぞれ包み込んで、やがてそれが本物になった。
シルビアが作ったミニチュアサイズの家は窓がガラスになってドアも開け閉めできて、ナディアの四本足の動物は後ろ足キックをカマして「ひひーん」といなないた。
「わっ、こ、これって」
「すっごーい、作ったものが本物になる魔法なの?」
二人がおれを見た、おれは頷いた。
「そういうことだ。そのスコップを使ってこの砂場の中で作ったものは全部本物になる」
「じゃあ……こういうのも……?」
シルビアはそう言って、翼の生えた馬――ペガサスを作った。
白い翼の白い馬はミニチュアサイズながらもしっかり空を飛んだ。
そこにドーン! という爆発音がした。
なんとナディアがその間に大砲をつくっていた。大砲が火を噴き、砲弾がペガサスを打ち落とした。
「わお、武器もできるんだ」
「ナディアちゃん、今のはひどい」
おれもそう思う。
「攻撃はある程度準備ができてからじゃないと」
うん?
「ごめんごめん、まさか砲弾まで出るとは思ってなかったのね」
「それじゃ」
「うん、やろう」
シルビアとナディア、二人は頷きあって距離をとった。
なんか妙な流れになったので、何をするのかと思ったら、二人はものすごい勢いでものを作り出した。
城、街壁、それを守る兵士と武装。
一時間もしないうちに、庭が小さな戦場になった。
シルビアの領土をシルビア軍が守り、ナディア軍とにらみあっている。
「じゃあ」
「うん」
二人はほとんどアイコンタクトの域で頷きあった。
戦いの火ぶたが切られた。
ペガサスに乗る将軍が率いる人間のシルビア軍、ドラゴンナイトが率いる魔物の軍勢のナディア軍。
両軍が庭の真ん中、多分国境の境で激突した。
緒戦は――ナディア軍の優勢。
魔物が人間を圧倒し、戦線を徐々にシルビアの城に押していく。
「このままじゃあたしがかっちゃうよシルヴィ」
「うぅ……まだまだ、いまから勝てるのを作るもん」
シルビアは背中を向けて、せっせと何かを作っていた。
「ふふん、その前にあたしが数でおしきっちゃうもんね」
一方のナディアもスコップを持って、更に魔物を量産した。
楽しそうで何より。
おれはまったりしながら二人を見守った。
ナディアが次々と魔物を投入する、すると戦線は加速度的に押し上げられ、あっという間にシルビアの城の前まで迫られた。
「どうしたのシルヴィ? このままじゃ城が落ちちゃうよ?」
「もうちょっと……あとここだけ……できた!」
シルビアがナディアの方を向いた、そして横に移動して道をゆずった。
「な、なにそれ。ゴーレム!?」
「この前ルシオ様からおしえてもらった『ろぼっと』というものなの」
「ろぼっと?」
「そう、ろぼっと。ろぼっとは最強だってルシオ様が言ってた」
「むむむ」
いやおれが話したものをちょっと曲解してるぞ。確かにちかい事は話したが。
ともかく、シルビアがつくった『ろぼっと』が動き出して、魔物に攻撃をしかけた。
人間と魔物の戦いに突如参戦した『ろぼっと』、それは圧倒的な強さを見せた。
魔物をちぎっては投げ、ちぎっては投げ。まさしく最強にふさわしい強さを見せた。
「まずい、もっと魔物を作らないと」
「わたしも、簡単な『ろぼっと』をつくろ」
二人は更に砂遊びで兵力を生産した。
シルビアは『ろぼっと』の簡易バージョンを次々と作って、ナディアはものすごいペースで魔物を量産した。
『ろぼっと』対モンスター。
戦線は、徐々に押し戻される。シルビアの優勢だ。
「このままじゃまずい、なにか一発逆転の方法を考えないと」
「無駄だよナディアちゃん。『ろぼっと』はルシオ様からおしえてもらった最強のものなんだから」
シルビアは珍しく自信たっぷりにいった。
『サンドボックス』という魔法で出来るものは、作り手のイメージに依存するところが大きい。
シルビアが最強だと思ってるその『ろぼっと』が強いのはその辺に原因がある。
「くっ……あたしもルシオくんにそういうの聞いとけば良かった……あっ」
「え?」
「あった。あったよ、あたし知ってる、ルシオくんから教えてもらった本当の最強が」
「な、なんですって」
優勢だったシルビアが表情を変えた。ナディアの台詞に危機感を覚えたらしい。
「ふふん、今からそれを作るから、首を洗って待っててシルヴィ」
「うっ。こうなったら『ろぼっと』の量産で押し切るわ」
二人は更に砂でものを作る。
簡易型の『ろぼっと』が次々と量産され、前線に投入される。
一方で、ナディアはゆっくり作っていた。その手つきは今までのとあきらかに違う。
慈しむような、愛おしいものに触れるような手つきだ。
そういえば、おれがナディアに教えた最強ってなんだ?
その事を気になっていると……それが完成した。
「それ反則!」
「ふふん」
シルビアが悲鳴を上げた、ナディアは胸を張った。
おれは……苦笑いした。
なんとナディアが作ったのは、ミニチュアサイズのおれだった。
「お願いルシオくん」
ミニチュアサイズのおれは頷き、手をかざして魔法をつかった。
量産された『ろぼっと』がまとめて消し飛ばされた。
シルビアの城もその一撃で半壊した。
勝負は、一瞬のうちについてしまった。
「ずるいよ、ルシオ様を作られたら勝てっこないじゃない」
「ルールになかったもん」
「ううう、あたしもルシオ様作る」
「こっちだってルシオくん量産するもんね」
やめんか。
とめに入ろうと思ったけど、二人はそんなこんなで結局楽しそうだったから、好きな様にさせた。
「いって、ルシオくん」
「お願い、めかルシオ様!」
……二人は楽しそうだった。