6歳の幼妻
異世界にやってきてから一ヶ月がたった。
おれはその間、おじいさんの書庫の中で一日の大半を過ごした。
六歳の子供に何かができるわけでもないし、マンガを読んでいろんな魔法を覚えるのは楽しかった。
一ヶ月で、おじいさんの蔵書の三分の一は読破した。
それで覚えた魔法が3桁を越えた。
それで知ったのは、この世界の人間は何故かマンガがほとんど読めないということ。
四コママンガはぎりぎり読める、ストーリー漫画のコマ割りになったら混乱、擬音がどーんと出たらそのページはもう読めない。
アメコミ風のやつはおじいさん曰く「地上でもっとも難しい魔導書」らしい。
それにはおれも苦労した。コマ割りと開きが普通のと違ってたから……それでも普通に読めたけど。
で、具体的にどれくらい読めないのかっていうと、コミックス一冊読むのに普通は半年から一年かかるってレベルだ、速い人でも一ヶ月かかる。
おじいさんによくしてもらったからマンガの読み方を教えようとしたけど、まったく理解されないで終わった。
マンガなんて難しい事なにもないのになぁ、不思議だ。
☆
「ルシオ」
「どうしたのおじいちゃん」
おじいさんの前ではすっかり子供モードがなじんできたおれ。
そのうち「あれれれー」って言い出しかねないと自分でも心配してる。
「あしたお前の嫁が来るからな、仲良くしてやるのじゃぞ」
「うん、わかった」
頷き、マンガの続きを読む。
……。
……。
……。
「えええええ?」
あまりの事に反応が遅れた。
今なんて言った、嫁? 嫁が来るっていったか?
盛大にひっくり返りそうになって、おじいさんを見る。
「ど、どういう事なのおじいちゃん」
「だからお前の嫁が来る」
「嫁って、ぼくはまだ六歳だよ?」
「大丈夫じゃ、相手も同じ六歳じゃからな」
「問題あるよ、いっぱいあるよ。どういう事なの一体」
「ふむ、やはり一から説明せねばならんか」
是非そうしてください。
おじいさんは自分が読んでる魔導書(おれは五分で読んだ)をおいて、語り出した。
「もともとルシオにはいいなずけがいる。わしの大親友の孫娘でな、お前達が生まれる前から、生まれてくる子供が異性同士だったら許嫁にしようって約束を交わしたのじゃ」
そんな事……子供が生まれる前に決めるのか。
「もちろん結婚は互いが大きくなってからの予定じゃったが。わしの親友が――商人なんじゃが、商売に失敗して家が没落してな。助けようと思ったが、わしの所に話が来た時はもう手遅れじゃった」
なんか重い話になってきたぞ。
「手を尽くしたが、救えたのは孫娘一人だけじゃった。こうなったらせめてその孫娘を引き取ろうと思ってな」
親友の忘れ形見ってヤツか。
「そうだったんだね」
「その娘を守るにはこっちの身内にしてしまうのが一番じゃ。だからルシオ、嫁として大事にするのじゃぞ」
「うん、わかった」
そういうことなら仕方ない。事情が事情だ。
相手は六歳の幼女だし、妹って感じで接すればいいかな。
☆
次の日、おれの嫁が来た。
屋敷の表に馬車が到着する、中から降りてきたのは可愛いけど、顔がやつれてる幼女だ。
頬はこけて目に力がない。
よっぽど疲れてきってるな、って一目でわかる。
「おお……シルビアちゃん、かわいそうに。前にあったときはあんなに可愛らしかったのに」
おじいさんは幼女……シルビアに近づいていった。
かわいそうだと思うのはおれも同感だ。なぜならおじいさんが近づいただけでシルビアは怯えたから。
人見知りから来るタイプの怯えじゃない、そもそもおじいさんの話じゃ初対面じゃない。
ひどい目にあって、それで大人を怯えてるって顔だ。
「い、いや……」
「おおぉ……かわいそうに」
おじいさんは足を止めた。
「おじいちゃん、ここはぼくに」
そう言って、代わりにシルビアの前に立った。
実家の商売の失敗で多分地獄を見た幼女。
それが、おれの嫁。
このままにしておきたくはなかった。
「ドレスアップ」
手をかざして、3桁を越えるうちの一つの呪文を唱えた。
シルビアの体がひかりに包まれ、直後に姿が変わった。
頭にヴェール、体にドレス、そして両手にブーケ。
可愛らしい、ウェディングドレス姿。
「え、ええ?」
驚くシルビア、おれは彼女の手を取って、甲にキスをする。
「ようこそシルビア、ぼくの可愛いお嫁さん」
「あっ……」
シルビアは頬をポッと染めて、恥ずかしそうにうつむいてしまった。
うん、怯えるよりはずっといい。
「おお、よくやったぞルシオ」
おじいさんは大いに喜んでくれた。
☆
夜中、変な気配に起こされた。
目を開けると、シルビアがベッドから起きて、おろおろしてる。
おじいさんの命令で、おれとシルビアは同じベッドで寝てる。
ベッド自体はキングサイズよりでっかいから、ベッドの上で離れて寝てた。
寝てたんだけど、何故か起きて、おろおろしてる。
「どうしたんだ、シルビア」
「きゃあ!」
声をかけると、盛大に悲鳴を上げられた。
どうしたんだろう。
おれも体を起こした。
シルビアは枕を抱いて、縮こまっている。
「どうした……ってうん?」
近づいていこうとすると、ベッドの上に這うおれの手がなんか湿ってる所を触った。
ベッドの一部が水でびちゃびちゃになってる。
なんだろうと思ってかぐと――おしっこだった。
もしかして……とシルビアを見る。
湿ったベッド、恥ずかしがる六歳の子供。
なるほど、おねしょか。
「着替えよう」
「わ、わたし――」
何かいいわけしようとするシルビア。
「大丈夫だから、きにしなくていい」
そう言って、微笑んでみせる。本当に気にしてない、という顔をする。
「そのままだと風邪引くから、着替えよう」
おれはメイドを呼んで、着替えを用意させた。
着替えをもらって、メイドをいったん外に出す。
「着替えよう、手伝ってあげる」
「お、おこらないの?」
「おこらない。おこる必要はない」
子供のおねしょくらいでいちいちおこる必要性を感じない。
「……ごめんなさい。わたし、知らない所でねるとこうなの」
「そうなのか」
「本当にごめんなさい」
「いいさ。この家にゆっくり慣れていけばいい」
そういいながらシルビアのパジャマを脱がせてやって、布で股間を綺麗に拭き取って、新しいパジャマに着替えさせた。
シルビアは恥ずかしがりながら、着替えをおれに手伝わせた。
汚したパジャマをファイヤボールで跡形もなく燃やし尽くした。
着替えをすんで、メイドを呼んで、シーツをかえてもらった。
新しいシーツになったベッドにシルビアと一緒に乗った。
「さあ、寝ようか」
「あの」
「うん?」
「ありがとう」
「どういたしまして」
「あ、あの」
「うん?」
「おてて、つないでもいい?」
「ああ、いいよ」
手を差し伸べる、シルビアは大喜びで手をつないできた。
二人で、手をつないで寝た。