メイクミラクル
図書館の中で、国王と一緒に魔導書を読んでいた。
魔導書の精霊・クリスはおれ達の真上にいて、空中に浮かんだまま寝ている。
空中に浮かんでるのに、手のひらを合わせて枕にする姿はちょっと可愛い。
ふと、おれは気づいた。
国王が魔導書のページをめくったのだ。
「あれ? 王様、今ページをめくらなかった?」
「気づいたか」
国王は得意げな顔をした。
「実は今のページを読めたのだ」
「本当に?」
「うむ」
「すごーい」
「千呪公のおかげだ。あの映像を見たおかげでなんとなく読めてくるのだ」
「本当に?」
「うむ」
はっきり頷く国王。
嘘を言ってる雰囲気じゃない。思い込みも含めて、本気でそう思ってる様子だ。
映像とは、この魔導書を元におれが魔法で作ったアニメだ。……ちなみに声優はシルビアとナディアが担当した。
それをみたから読めるかもしれないと国王は言った。
理屈はわかる。
そしてそれが本当なら嬉しいなと思った。
「このペースなら来年の今頃にはこの魔導書を読破できるぞ」
「頑張ってね陛下。ぼくにできる事があったらなんでも言ってね。魔導書のことなら協力できると思うから。
「うむ、頼りにしているぞ千呪公」
「うん!」
二人でまた、黙々とマンガを読んだ。
落ち着いた空間で、ゆっくりマンガを読む。
おれは相変わらず一冊また一冊と読破していった。
国王は同じページをじっと見つめてる。
和やかな一時だ。
「だれかー、だれかいるか!」
図書館の入り口で声がした。わめき声に近い呼び方。
おれも国王も眉をひそめた。
おれは立ち上がった。この図書館の責任者はおれで、こういう時に出るのがおれの役目だ。
入り口のところにいくと、そこにイサークが立っていた。
「兄さん? どうしてここに?」
「ふふふ」
イサークは笑顔だ。やけに自信たっぷりの笑顔だ。
なんだ? その笑顔は。
「ルシオ、お前は魔法が得意といってたな」
「……はあ」
何を今更と思った。
「千の魔導書を読み解いた千の魔法使い、だっけ」
「まあ、そうよばれてるね」
「ふふふ」
また同じように笑う。
いやそれはいいから、用件を早く言ってくれ。
イサークはかなりもったいぶったあと、一冊の魔導書を取り出した。
「それは?」
「ふふふ……『メイクミラクル』」
イサークは魔法を使った。
魔力が自分を包んで――小爆発した。
頭がポーン、とコミカルな爆発をして、頭がちりちりになった。
「おー、ミラクル」
おれはパチパチと拍手した。
「ちっがーう、こうじゃない。『メイクミラクル』」
もう一度同じ魔法を使った。
今度は魔力がイサークとおれをつつんだ。
温かい感じがする……これは回復魔法?
イサークの頭が元に戻った。
ちょっとビックリした。
「兄さん、これは?」
「ふっふっふ。『メイクミラクル』失われた古代魔法の一つさ。使う度に違う効果がでるから、あまりの危険さに封印された魔法だ」
「へえ」
毎回違う効果が出る魔法か、そりゃ危険だ。
「ルシオ、お前は千の魔法を覚えたと言ってるけど。そうじゃないんだよ。数じゃない、質なんだよ。こういうのを一個覚えればいいんだよ」
なるほど、それを自慢しに来たのか。
「……ねえ、それを見ていい?」
「なんだ? 嘘だと思ってるのか? いいだろう」
そういって魔導書を渡してくれた。
「あ、これって雑誌?」
「ざっし?」
訝しむイザーク。
「ううんなんでもない」
ごまかして、更に読む。
この世界ではじめて読むタイプのマンガだった。
一つの作品じゃなくて、様々な絵柄で、様々な話が一冊にまとまったマンガ。
何となく漫画雑誌に見えた。
「ふっ、そんなにペラペラめくって読める振りをしても無駄だ、おれがそれを読むのにどれくらい――」
最後まで読んで、本を閉じて、魔法をつかった。
「『メイクミラクル』」
「え?」
驚くイサーク。
しーん。なにも起きなかった。
「び、ビックリさせやがって。何もおきないじゃないか」
「いや」
イサークは感じてないけど、使ったおれは感じた。
「上から……くる」
「上?」
直後、それは上から来た。
空から降ってきた隕石が天井を突き破ってイサークの背後に落ちた。
衝撃波でつんのめって、四つん這いの間抜けな格好になった。
「隕石が落ちてくることもあるのか、これはうかつに使わない方がいいな」
メイクミラクル、うん、封印して二度と使わないようにしよう。
「どうしたのだ千呪公よ」
国王が出てきた。天井に開いた穴をみて驚く。
「これは?」
「ごめんなさい、新しい魔法を覚えたから使ってみたけど、隕石が落ちてくる魔法だったんだ」
国王に謝る。
天井の穴をみて最初は驚いた国王だけど、すぐに目を細めて笑顔になった。
「そうかそうか、それならば仕方がない」
「ごめんなさい」
「いいや、千呪公はそれでいい。これからも魔法を覚えたらどんどん使うといい」
「うん」
「どころで、こちらはどなたかな」
と、イサークを見て言った。
他人の前のせいか、国王はお忍びモードだ。
「えっと、ぼくの――」
「お前に名乗る名前はない!」
イサークはぱっと起き上がって、取り繕っていった。
四つん這いという間抜けな格好をごまかすために、普段以上に(普段通りかも)えばってみせた。
「そうか」
国王は怒らなかったけど、目は笑ってなかった。
あーあ。
「ルシオ! 大丈夫じゃったか? いまここにものすごいのが落ちてきたが」
今度はおじいさんが飛び込んできた。
「お、お爺様」
「うん? イサークじゃないか。ここで何をしてるのじゃ?」
「えっと、おれは……」
おじいさんにはたじたじのイサークである。
「こんなところで油を売ってないで勉強と仕事の手伝いをしてこい」
「わ、わかったよ」
イサークは渋々帰ろうとした。
おれから魔導書をひったくって、外に出ようとする。
「国王陛下、今日はいいものを持ってきましたぞ」
「うむ? なんだいいものとは」
「国王陛下?」
イサークが止まった。ぎぎぎとこっちをむいた。
おじいさんと話す国王、それをみて、顔が青ざめていく。
「こ、国王陛下?」
おれは静かにうなずいた。
うん、そう。
その人、国王。
イサークはますます顔が真っ青になって――この場から逃げ出した。
……逃げるのかよ、せめて謝ってけよ。
「どうしたのじゃ、イサークは」
「さあ?」
おれはすっとぼけた。多分国王は気にしてないと思うから。
なんともおもってない、いい意味でも悪い意味でも。
だから何もしないことにした。
その間に、おじいさんと国王が図書館の中に入る。
「それよりいいものとはなんだ」
「これじゃ」
「これは……千呪公の幼い頃か!」
え?
「うむ、姿をのこす魔法を使えるものにのこさせたものじゃ。わしのコレクションじゃ」
「うむ、素晴しい」
おじいさん二人が盛り上がっている。
イサーク同様、おれもこの場から逃げ出したかった。
そのうちほんとうにメイクミラクルする魔法……かもしれない。