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日替わり屋敷

「……これが兄さんが買った屋敷なの?」


 目の前の光景におれは絶句した。


 おれの後ろでシルビアとナディア、マミも似たようなものだ。


「……左様でございます」


 ここまでおれたちアマンダも普段より声のトーンが低い。


 あきらかに呆れてる、そんな声のトーンだ。


 それもそのはず、おれ達の前にある屋敷は屋敷でも、もはや幽霊屋敷と呼んだ方がいい代物だ。


 屋根はぼろぼろ、窓もガラスが割れている。壁はところどころ剥がれてて、観音開きの正面玄関も扉が半分壊れている有様。


 敷地内は至る所に草がぼうぼうと生えて荒れ放題と、とても人が住めそうな場所ではない。


「ルシオ様、わたし、中を見てきますね」


「あたしも一緒に行く」


「い、一緒に行ってやらなくもないわ」


 三人が次々と屋敷の中に入っていった。


 残されたおれは深いため息をついた。


「なんだってこんなのを買ったんだ?」


「とにかくすぐに屋敷がほしい、との事でしたので。それに……」


「それに?」


「即決で購入なさったため、かなり割高で買ったとか。具体的には相場の倍」


「倍って……おいおい」


 相変わらず想像の斜め上の事をやるヤツだな、イサークよ。


「しかもそれが、『新築』である事を前提にした相場でございます」


 ……更に斜め上にいったよあいつ。


 それってヘタしたらこの屋敷の現在の価値の十倍近くの値段を出してないか。


 本当に何がしたかったんだよあいつ。


「と言う事ですのでルシオ様、僭越ながら、これをルシオ様が無理に引き取らない方がよろしいかと」


 アマンダがそういった。顔はちょっと心配そうだ。


「いや、大丈夫だ」


「ですが」


「げほ、げほげほ」


 シルビアが咳き込みながら屋敷から出てきた。


「どうした。大丈夫かシルビア」


 かけよって、背中をさすってやる。


 シルビアは涙が出るくらい盛大に咳き込んで、くしゃみもした。


 よく見れば目もなんだか腫れている。


「ご、ごめんなさいルシオ様。屋敷の中のほこりがすごくて」


「それでか」


 納得した、外から見てもこんな有様だし、中はもっとすごいんだろうな。


「ところでナディアは?」


「ナ、ナディアちゃんはもうちょっと見て回るって。変な気配がしてワクワクするって言ってました」


「なんで住むための屋敷でそんな探検っぽい台詞が出てくるんだ?」


 咳を続けるシルビアの背中を更にさすってやると、横に気配を感じた。


 顔を上げるとマミがそこにいた。猫耳の少女はなんと口にネズミをくわえていた。


 ……ネコだなあ。


「それは?」


「獲った」


「獲ったのか」


「まだあるから、もっと獲ってくる」


 ネズミを地面において、また屋敷の中に飛び込むマミ。


 わかりにくいけど、彼女もナディアと同じでワクワク組か。


 げんなり組はおれとシルビアとアマンダの三人だ。


 敗走してきたシルビア、探検を続けるナディア、狩りに戻っていくマミ。


「……すごい屋敷だな、おい」


「無理に引き取らない方がよろしいかと」


 アマンダが同じ言葉をリピートした。


 ちょっとだけむっとしてるのは多分イサークに対しての怒りだろうな。


 普通に考えたらアマンダの言うとおりにした方がいいけど、ここで投げ出すのはなんだかなあと思った。


「いいよ、おれが引き取る」


「ですが、これでは住むのも……」


「何とかする」


 おれは敷地に踏み込んで、魔法を脳内検索する。


 ざっと思いつく限りで、使えそうな魔法は二つある。


 片方は正統派なヤツで、片方はちょっと変則的なものだ。


 どっちにしようかと考えて――後者にした。


「ナディア、マミ、出てこい」


 大声を出して、ナディアとマミを屋敷の外に呼び出した。


 おれが魔法を使うとみた二人は何も聞かずに出てきた。


 ナディアはワクワクした顔でシルビアの横に立って、おれを見つめた。


 おれは手をかざして、魔法を唱える。


「デイリーマンション」


 魔法の光が光の泡になって屋敷を包み込む。


 しばらくして、飲まれた屋敷の外見が変わった。


 大分形はかわったが、その分新しく――普通に住める屋敷になった。


「おお、すっごいかわったね」


 ナディアがキラキラ目で屋敷に駆け込んでいく、マミも同じように屋敷の中に入っていく。


 しばらくして二人とも戻ってきた。


「普通すぎてつまんない……」


「獲物いなかった……」


 と、どっちもしょんぼりしていた。


「それでいいんだよ。普通に住むところなんだから」


「あの……ルシオ様、これってどういう魔法なのですか?」


「そのうちわかる」


 シルビアににやっと笑いかけた。


 アマンダに振り向いて、言った。


「見ての通りだから。問題はない」


「はい」


 アマンダは恭しく一礼して、感心しきった表情で言った。


「難題を一瞬で解決なさるとは、さすがルシオ様でございます」


     ☆


「ルシオ様!」


 翌朝、シルビアの慌てた声で起こされた。


 ベッドから体を起こして、目をこする。


 やけにまわりが明るい気がした。


「ふああ、おはようシルビア」


「おはようございます――じゃなくてルシオ様! 大変です」


「どうした」


「屋敷が透明になってます!」


「うん?」


 目を開けてまわりを見た。


 外が見えた。


 正しく言えば、屋敷の壁とか床とかが全部ガラス張りのような透明なものに変わって、寝室にいるのに何枚かの透明の壁越しに外が見えた。


 形は屋敷なのに、全部がすけすけのスケルトンハウスそのものになった。


「なるほど、二日目はこうか」


「こうかって……どういう事なんですかルシオ様」


「デイリーマンション。建物にかけると、その建物が毎朝違う建物に変わっていく魔法だ。まっ、日替わり定食か日めくりカレンダーみたいなものだ」


「えええええ、そ、そんなのもあるんですか」


「ああ」


「そうなんですか……じゃあ明日もまた違う屋敷になるんですか?」


「そうなるな」


「はあ……」


 シルビアは複雑そうな顔をした。


 一方で、ナディアは楽しそうだった。


 伸びをして天井を仰いだ途端、上の階にいる彼女と目が合った。


 こっちをじっと見つめて笑顔で手を振ってくるナディア。


 こっちはスケルトンなのを楽しんでいるようだ。


     ☆


「ルシオくんルシオくん」


 次の朝はナディアに起こされた。


「ふあーあ。おはようナディア。今日はお前か」


「ルシオくん、この魔法ダメ」


「へっ? ――ってうわ」


 どうしたんだろうと思って横を向くと……ベッドから転がり落ちた。


 ぶつけた肩をさすって体をおこす。


 寝ていたベッドはものすごく狭いベッドだった。


 もはや平均台のようなベッド、転ぶのは当たり前――むしろよく今まで寝れたもんだ。


 よく見たら部屋も、寝室のはずなのに倉庫みたいな感じであれこれ器具が詰め込まれている。


 それらは微妙に家具にカスタマイズされてて、よくよく見れば面白く感じる。


「ねっ、ダメでしょ」


 それが一番好きそうなナディアだったが、否定した。


「うん、なんでだ?」


「このベッドだよ。これじゃルシオくんと一緒に寝れないじゃん。毎日変わるのは面白いっておもったけど、ベッドまで変わるのはやだ」


「ふむ」


 ナディアの言う事を考えた。


 確かにその通りだ。


 面白い家は楽しめるけど、ベッドの部屋を変えたくないのは確か。


 広い部屋にキングサイズよりも大きいベッドを置いて、嫁達と一緒に寝るのが好きだ。


 うん、この日替わり屋敷はダメだな。


「わかった、何とかする」


 全員を屋敷の外に出して、魔法をかけた。


 二つある魔法の内のもう一つ。


「リグレッショングローリー」


 魔法の光が屋敷を包み込み、徐々に形を変えていく。


「ルシオくん、今度のはどういう魔法?」


「魔法をかけたものが持ってる、一番いい状態に戻す魔法だ」


「一番いい状態?」


「そう、まあ見てな」


 屋敷が変わった。


 昨日のスケルトンハウスに変わって、一昨日の普通の屋敷に変わる。


 三日前の幽霊屋敷に変わった後は、まるで動画を逆再生するかのよう光景になった。


 寂れていくのと逆の光景、少しずつなおっていく光景。


「こんな風にすこしずつ昔の状態、一番良かった時の状態に戻す魔法だ」


「戻すだけ?」


「そうだ」


「うん! それならちゃんと暮らせるね」


「よかった……」


 シルビアもほっとした。


 ナディアと違って、日替わりの家で彼女は一度も楽しめなかったから余計にほっとした感じだ。


 魔法が加速する、早送りが続くと速さが上がるあの現象だ。


 やがて早すぎて目で捕らえられなくなった。


「わくわくするね」


「うん」


 二人の嫁がそう言った。


 やがて再生が止まる。


「うわあ、なにこれすごい」


「えっと……これが一番良かった時? ……そうかもしれない」


 それぞれの反応をする二人の嫁、おれもちょっと微妙な顔をした。


 屋敷の形はほとんど変わっていなかった。外見は幽霊屋敷の時とほぼ一緒だ。


 しかし屋根が、壁が、装飾のそこかしこが。


 なんと、黄金色に輝いていたのだ。


 黄金屋敷として作られたんだろうな、最初は。


「なーんだ、つまんない」


「ルシオ様、中は普通ですよ」


 先に中に入った二人の嫁が言ってきた。どうやら金ぴかなのは外だけみたいだ。


「なら、いっか」


 とりあえず住んでみよう、ダメならまた別の魔法でなんとかすれば良いとおもった。


 あれこれ考えたら、また色々思いついたし……魔導図書館でなにか覚えるかもしれないからだ。


 こうして、おれは王都での屋敷を手に入れた。


 のちにここが黄金屋敷と呼ばれる観光スポットになる事を、今のおれはまだ知らなかった。

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