魔導書に関する全て
おれは図書館の中に戻った。
外はおれの魔法で雪が降ってるけど、中は何も変わらない。
数万の魔導書がある素晴らしい空間。
まるで漫喫みたいだ。
外の雪が止むまで、ちょっとマンガを読んでいこうと思った。
一番近い本棚の前に立って、背表紙をざっと眺める。
結構わくわくした。ほとんどの魔導書がまだ読んだことのないものだったから。
読んだことのない中から一冊抜き取って、さて読もうとしたその時。
「初めて見る顔ですねえ」
「うん?」
声がしたので、横をむいた。
そこに一人の老人がいた。
質素な服を着て、ホウキとちりとりをもってる。
清掃の人なのかな。
おれはいつも通り、子供モードで返事をした。
「はじめまして、ルシオ・マルティンと言います」
「おお、ではあなた様がこの図書館の館長になるというルシオ様」
「はい、おじいさんは?」
「エイブと呼んで下され」
「エイブさんですね。よろしくお願いします」
おれは抜き取った魔導書をちらっと見て、図書館の中をくるっと見回した。
「どうしたのですかな」
「あのね、どこで読もうかな、って思ったの」
「どこで?」
「うん、なんかソファーとか、椅子とかあればいいなあって。そこに座ってじっくり魔導書をよみたいなって」
いうと、何故かエイブさんはものすごく驚いた。
しわくちゃの顔で目を見開かせて、おれを凝視した。
なんかおれ、変な事言ったか?
「どうしたのエイブさん?」
「館長さんは面白い事を考えますな」
「そうなの? だって、図書館なんだし、座って読む場所がほしいじゃない?」
「普通の図書館ならそうでしょうな。しかしここは魔導書を収蔵している魔導図書館、一冊読むのに数ヶ月から数年かかる魔導書ばかり、椅子やソファーなどあってもいみはありませんぞ」
「あっ……」
そういえばそうだった。
おれは普通に読めてるからつい忘れがちだけど、この世界の人間はマンガをほとんど読めないのだ。
エイブさんの言うとおり、普通は一冊読むのに数ヶ月とか、ヘタしたら数年とかかかる。たしかにそれだとこの図書館に椅子とかは意味ないな。
「そっか……ねえ、ぼくが自分で椅子を持ち込むのは大丈夫なのかな」
「ルシオ様は館長様ですし、そのくらいのことは」
「良かった。それじゃあいい椅子かソファーを見つけないとね、こんなにいっぱいの魔導書を全部読むのだから、その間に座る椅子はちゃんとしたものじゃないとね」
「全てをお読みになるおつもりか」
エイブさんはまだ驚いた。
「うん! せっかくあるんだし、読まないと。ワクワクするよね、こんなにいっぱいある魔導書を好きに読んでいいなんて」
「ルシオ様は勉強好きなのですな」
「そうなるのかな」
おれは苦笑いした。
「そう思いますぞ。今まで見てきた者達は全員、魔導書を読むことを苦行と感じていましたぞ」
苦行か。まあ読めないものを無理矢理読むんだから、苦行になるのか。
ああでも、漫喫にある全部のマンガを読破するって考えたらちょっぴり苦行なのかも。
それでも頑張って読むけどな。
この魔導書を読めば読むほど魔法を覚えられるんだから、苦行でもなんでもやってやるさ。
「ルシオ様のような方ははじめてですぞ」
「そうなんだ」
「わたしは魔導書を読めませんが、影ながらルシオ様の事を応援していますぞ」
「ありがとう、エイブさん」
お礼を言った。
エイブさんからは何となく、実家の屋敷にいるおじいさんのような感じを受けた。
目を細めて、孫を可愛がるおじいさんとまるで同じ感じだ。
おれ、じじいキラーなのかな。悪い気はしない。
そんな事を考えながら次のマンガを読もうとしたとき、図書館の扉が乱暴に開かれた。
開けたのは立派な格好をした中年の男。その人は深刻そうな顔をしていたけど、こっちを見て明らかにほっとした。
「まずい」
と言ったのは横にいるエイブさんだった。何がまずいんだ?
中年男は息を切らせながら、つかつかと近づいてきた。
そしておれの横、エイブさんの前に立って。
「探しましたぞ陛下」
「陛下!?」
盛大にビックリしたおれはエイブさんをみた。エイブさんはやれやれと、困った顔でため息を吐いた。
直後、雰囲気が変わる。
親しみやすい掃除のおじいさんの雰囲気から、荘厳なオーラを出す貴人の雰囲気に。
姿は変わってないのに、まるで別人の様だ。
「陛下って……もしかして国王、なの?」
「うむ。余がサボイア国王、エイブラハム三世である」
マジで国王だったのか!
「正体を黙っていてすまない。ルビーから話は聞いていたが、そなたがどういう人間かこの目で実際にみたくてな」
「そ、そうなんだ」
「実際にあえて良かったぞ。ルビーが話した以上に素晴らしい子だ」
「ありがとうございます」
かなりの勢いで褒められた、やっぱり相当気に入られたみたいだ。
そのエイブさん……国王は中年男の方をむく。
「ウーゴ」
「はっ」
「職人を集めよ、館内にこの子がゆっくりと魔導書を読める、くつろいで読めるスペースを作るのだ」
「御意」
「それと、王家が持っている、魔導書に関する権限をすべてこの子に与える。勅書の草案を作ってくれ」
今度はおれを向いて、言ってきた。
「ルシオよ」
「なあに?」
「聞いての通りだ。この魔導図書館の全てをそなたに任せる。何から何までだ」
「新しい魔導書があったら買っていい?」
おじいさんに任されていたことを思い出して、それを聞いた。
「はっはっは。もちろんだ、どんどん収集するといい」
「わーい、ありがとう!」
子供モードでちょっと大げさだけど、これは純粋に嬉しい。
今あるだけじゃなくて、更に増えるのなら普通に嬉しい。
おれが喜ぶのをみて、国王は更に目を細めた。
やっぱり実家にいるおじいさんと感じが似てる。
「陛下」
ウーゴが真顔で国王に言った。
「どうした」
「魔導書に関する権限全てとなりますと、実行するために男爵以上の位が必要となりますが」
「なら男爵にすればよい」
「御意」
………………。
えええええ?
それって、それってもしかして!?
国王は、ますます目を細めておれに微笑み掛けたのだった。
頑張って魔導書を読むと宣言したら館長どころか貴族になった、そんな話でした。