子供とネコとラスボスと
洞窟の外にある馬車はルビーが乗ってたものだった。馬はないから、フロートの魔法で浮かせて、ココに引かせた。
ココが楽々とひくそれは馬車っていうよりは犬そりって感じになった。
それにルビーを乗せて、バルサの街に戻ってきた。
街の入り口にはまだ人々が集まって、アドリアーノを取り囲んでいた。
「姫様!」
アドリアーノがこっちを見つけて、大声を出した。すると他の人達も一斉にこっちを見た。
馬車が止まり、ルビーが中から出てきた。
お姫様の登場に、群衆がざわめく。
地べたに正座させられていたアドリアーノが半ば這うようにルビーの前にやってきた。
「ご、ご無事だったのですか。このアドリアーノ、心配――」
言葉が途中で止まり、アドリアーノは「うっ」ってなった。
それを見下ろすルビーの表情が、目が、とてつもなく冷たかったからだ。
「わらわをよくもみすててくれたのう」
ざわざわ。群衆の目もより一層冷たくなった。
それまでの事が、本人の口から告げられ、揺るぎない事実になったからだ。
「ち、ちがうのです姫様。これには訳が――そ、そう、わたしは助けを求めにあえてあの場を――」
「アドリアーノ、そなたの宮廷魔術師の職を解く」
「姫様!?」
驚愕するアドリアーノ。
いやビックリするところじゃないだろ、当たりまえだろそれ。
「ここはそなたの出身地だったな。ならば家にもどっておれ、沙汰は追って通達する」
「姫様」
「下がれ」
威厳たっぷりにルビーが言った。アドリアーノは気圧されて何も言えず、そのままその場にへたり込んだ。
ルビーと、街の人々の冷たい、さげすむ視線。
宮廷魔術師として凱旋してきた男の失墜が決まった瞬間だった。
☆
翌日、おれは呼び出された。
使者に連れられてやってきたバルサの一番立派な屋敷の中の、一番立派な部屋。
そこでルビーと対面した。
「……」
おれは絶句した。ルビーの服装に言葉を失った。
昨日は普通のドレスを着ていたルビーだったけど、今日はまるっきり違う。
一言で言えば、年末の歌合戦に登場するラスボス、そんな「セットの様な衣装」をルビーは着ていた。
威厳はあるけど……あるけど……。
「ルシオ・マルティン」
ルビーがおれの名前を呼んだ。衣装のせいか、口調も昨日より大分威厳がある。
自然とかしづきたくなるような、そんな威厳だ。
「昨日の件、大儀であった。あらためてそなたに礼をいう」
「はあ」
おれは生返事をした。正直その衣装が気になって仕方がない。
「そなたに礼をせねばな。魔導図書館への立ち入りを所望じゃったが、本当にそんなものでよいのか」
「そんなものなのか、それって。魔導書が数万冊ある魔導図書館って、かなりのものじゃないのか」
「まともによめないものにさほどの価値はない」
ああ、そういうことか。
この世界では魔導書を読んだら魔法を覚えて使えるようになるけど、読める人間がほとんどいないし、読める人間も一冊に数ヶ月っていう時間がかかる。
豚に真珠、使いところおかしいけどそうなるのか。
だが、それはこの世界の普通の人間にとってだ。
マンガ一冊を一時間そこらで読めて、それで魔法を覚えられるおれにとってそれ以上の褒美はない。
地味に、魔導書そのものは高いしな。
「それでいいよ、もっともっと魔法を覚えたいって思ったし」
「そうか。だれか」
ルビーが言うと、使用人が一人入ってきた。
使用人はトレイを恭しくもってて、それをおれの前に持ってきた。
トレイの上に一枚の紙、紋章の入った羊皮紙がおいてある。
おれはそれを手に取った。
「それをもって、都にある王立魔導図書館に行くといい、話は既につけてある。持ち出す以外、そなたの自由にしてよい」
「そうか、ありがとう」
「本当に他になにもいらんのか? わ、わらわを助けたのじゃ、もう一つくらい願いをきいてやるぞ」
「いや、これで充分」
おれは羊皮紙をくるくるに丸めて、ふところにしまった。
大した事はしてないし、これだけで十分だ。
「そうか……」
ルビーは何故か落ち込んだ表情をした。
もっとねだってほしかったんだろうか? 王族の考えてることはわからない。
「ではな、また都であおうぞ」
ルビーはそういって、横をむいてあるきだした。
ふとおれは思った。このセットっぽい衣装でまともに歩けるんだろうか。
もしかしてうまく歩けないでずっこけるんじゃないだろうかと思った。
そう思って、じっと見つめた。が、ルビーは普通に歩いた。
威厳ある歩き方だったから遅いのは遅いけど、普通に、何事もなく歩いた。
なんだ、つまらないな。
ルビーは普通に歩き続けて、ドアに向かっていった。
使用人が先にいって、ドアを開ける――瞬間、ちょっとした風が流れ込んできた。
前髪がちょっと揺れる程度の、微風も微風。
「わわ!」
ルビーがバランスを崩した。
風に吹かれて、後ろ向きに倒れてしまった。
倒れたあと、起き上がれなかった。
衣装――セットのせいで、手足が地面につかなくて、起き上がれなかった。
使用人が慌てて起こそうとした。起こされるルビーはおれをキッ、と睨んだ。
おれは目をそらした――見なかったことにしよう、そう決めた。
☆
家の中がバタバタした。
王立魔導図書館に立ち入る許可をもらったから、都に引っ越そう、そう決めたのだ。
それでシルビアとナディア、そして猫耳に変身したマミがバタバタと引っ越し準備をしている。
「ルシオ」
おじいさんがたずねてきた。おれをみて、満面の笑顔をうかべた。
「聞いたぞルシオ。王立魔導図書館に入れる様になったようだな」
「うん、そうだよー」
子供モードで答えた。
「お姫様を助けたらね、その許可をくれたんだ」
「盗賊を一人で倒したらしいそうじゃな」
「うん! 魔法でね」
「そうかそうか。さすがわしの孫じゃ」
おじいさんに頭をなでられ、褒められた。
悪い気はしない。
「ルシオは賢いな。イサークに爪の垢を煎じて飲ませたいのじゃ」
ガタッ。
窓の外から物音がした。なんだろう。
「待て、またおまえかうわああああ!」
直後に悲鳴が聞こえてきた。聞き覚えのある悲鳴だ。
そしてもうちょっと待ってるとマミが現われて、簀巻きにしたイサークをおれとおじいさんの前に放り出した。
「捕まえた」
「うん、ありがとう」
頭を撫でてやると、マミは大喜びした。
そして簀巻きを解いて、上機嫌のまま部屋から出て行った。
おれは残された、ふてくされたイサークを見る。
「なんなんですか、これは」
「……」
イサークは答えない、そっぽ向いたまま答えない。
「イサーク」
おじいさんが口を開く、イサークはびくっとなった。
イサークが怯えて、おれとおじいさんを交互に見た。
「こ……」
「こ?」
「これで勝ったと思うなよーーーー」
そう言って、部屋から飛び出していった。
よく聞く捨て台詞だけど、まったく意味がわからない。
「はあ……あいつもそろそろ大人になってくれないものかのう」
無理だろ。
なんかもう、あのまま大人になりそうな気がする、イサークは。
おじいさんはため息ついてから、気を取り直して、とおれに行ってきた。
「なあルシオ、折り入って頼みがあるのじゃ」
「なあに?」
「ルシオはこれから都にいって、王立魔導図書館にいくのじゃな」
「うん、そうだよ」
「そこに珍しい魔導書があったらちょろまかしてこれんかのう」
「ちょろ?」
……盗んでこいって事か。
おじいさんは目を輝かせて、更に言った。
「三冊、いや一冊でもいい。王立図書館に収蔵されてる魔導書がどのようななのかをみたいのだ」
まるで子供の様にワクワクした顔で言う。
魔導書を集めるのが趣味のおじいさん、昔からそうで、何となく気持ちはわかる。
かっぱらうのは無理だが。
「今度お姫様にあったら、おじいさんも入れてくれるように頼んでみるよ」
もっとおねだりしてほしそうだったからな、いけるだろ。
「マジか!」
おじいさんがくいついてきた。おいおい、言葉使いがおかしいぞ。
「うん、頑張る」
そういうと、おじいさんはますます子供の様な、わくわくした顔になったのだった。
独り立ち編終了で、ここまでの話楽しんでいただけましたでしょうか。
次回から王都編。更にマンガで強くなって、更に自由きままに生きていきます。