ダメ男の代わりに姫救出
ココを散歩させてると、街の外れで騒ぎに遭遇した。
たくさんの街の住人がひとかたまりになって、誰かを取り囲んでいる。
「それで逃げてきたのか」
「見捨ててきたとか言わないよな」
「そんな男だったなんて――見損なったぞ」
みんなが口々に、真ん中に取り囲んでる誰かを責めたてていた。
どうしたんだろう、とココのリードを握り締めて、騒ぎの中心に向かっていく。
「ねーねー、なにがあったの?」
外周に立っている青年に向かって、子供モードで質問する。おれのこれに慣れてないココがビックリしてるけど、とりあえず無視する。
青年が答えた。
「こいつがとんでもない事したんだ」
「こいつ? とんでもない事?」
囲まれてる人を見た。
見た事のある顔だ、たしか……アドリアーノ。
宮廷魔術師で村に凱旋した、魔法を二十個使える男だ。
その男が地面に直で正座させられている。
「姫様が乗ってる馬車が盗賊に襲われたのに遭遇したのに、それを助けないで、あろう事か逃げてきたんだよ」
「……」
おれは言葉を失って、所在なさげのアドリアーノを見た。
おいおい、おまえ宮廷魔術師じゃなかったのかよ。二十個も魔法使えるんじゃなかったのかよ。
あんなに女に囲まれてちやほやしてたのに……。
「本当、見損なったわ!」
「最低よ、あなた!」
アドリアーノを囲んでいる人間の中には、あの日彼をちやほやしてる女の姿もあった。女達は冷たい目でアドリアーノを見下している。
「待ってくれ、ちがうんだ、それには原因があるんだ」
「原因ってなに?」
おれは子供モードのまま聞いた。
それが火をつけた。
「そうだそうだ、原因ってなんだ」
「姫様――主君が襲われてるのを見捨てて自分だけ逃げてくる原因を聞かせてもらおうか」
「そ、それは――そう、みんなに知らせようとしたんだ。王女殿下の身が危ないのと、ここにも盗賊が襲ってくるかもしれないのと」
「へー、でもお兄ちゃん。お兄ちゃんは宮廷魔術師で、たくさんの魔法が使えて強いんだよね。だったらお兄ちゃんがその場で倒せばよかったんじゃないの?」
「そうだそうだ!」
「なんで倒さなかった!」
「そ、それは……」
アドリアーノは答えられなかった。正座したまま、ますます肩をちぢこませた。
街の住人のさげすむ視線を一身に浴びて、今にも死にそうな顔をしてる。
不倫が発覚した好感度ナンバーワンアイドル、それと同じ無様さを感じた。
おれはその場からそっと離れた。
そのまま街の外に出た。
「どこに行くんですかぁ?」
一緒に連れてきたココが聞いてきた。
「お姫様を助けてくる」
「えええええ?」
「盗賊に襲われたんなら、そのままにしておく訳にはいかないだろ。というか――」
ちらっと背後を見た。街の人達はまだアドリアーノを責めてる。
責め続けてるけど、誰も助けに行くと言い出さない。
「でもわかるんですかぁ? その、お姫様のいるところ」
「何とかする――サーチサム」
人捜し用の魔法があったから、とりあえず使った。
探す相手がお姫様って条件をつけると、地面に一本の線が浮かび上がった。
3D映像のような赤い線が長く伸びて行く。
魔法の効果を考えれば、この先にいるはずだ。
「よし、行くぞ」
「は、はいぃ」
ココを連れて、伸びて行った線を追っかけていった。
街の外の街道に延びてった線だけど、途中から脇道にそれていった。
やがて山の中に入り、洞窟の中に伸びて行った。
洞窟の横には馬車がうち捨てられている。
魔法の追跡と物的証拠、間違いなくここだな。
「あのぉ……」
「うん?」
ココを見た。ここまで一緒についてきた彼女の犬耳がピタッと後ろにつく。
顔もそうだけど、なんかに怯えてる感じだ。
「どうした」
「なんか怖いですぅ。盗賊、ですよねぇ?」
「ああ、そう聞いたな」
「盗賊って……怖いですぅ」
なるほど、盗賊って存在に怯えてるのか。
その話わからなくはない。
「安心しろ、おれがついてる」
「あっ……」
ココははっとして、それからポッ、と顔を赤くした。
「わ、わかりましたぁ」
おずおず頷くココ。とりあえず恐怖は取り除けたみたいだ。
ココを連れて洞窟の中に入った。「フィラメント」で明かりをつけて、道なりに進んでいく。
ふと、話し声が聞こえてきたから、ココに「しー」ってジェスチャーして、立ち止まって聞き耳を立てた。
「そなたら、わらわを誰だと心得る。サボイア王国第一王女、王位継承権第七位のルビー・サボイアなるぞ!」
「知ってる知ってる、今一人だけいるお姫様だよな」
「そんな有名人しらないわけないだろ?」
「おれよ、何回もあんたの事をみてるんだ。あんたがした講演を何回もみてるんだぜえ?」
お姫様らしきものと、盗賊らしきものの声が聞こえた。
「ならばわらわを早く解放するのじゃ。いまならまだ何事もなかった事にしてやらんでもないぞ」
「こんなこと言ってるけど、どうするよ」
「それは……ねえだろ」
「当然だ、せっかくお姫様に来てもらったんだ、ちゃんとおつとめを果たしてもらわねえとな。ケケケ」
盗賊の一人がそういうと、全員がいやらしく笑い出した。
「おつとめじゃと? こんなところでわらわがしなければならないつとめなどあるものか」
いや、あるんだなそれが。
正確にはおつとめって言うより、お約束だが。
「へっへっへ、あるんだな、これが」
「そうそう、お姫様にしかできないことが」
「な、なんじゃ。なぜズボンを脱ぐのじゃ」
……やっぱりそれか。
いやまあ、当たり前だけどな。
盗賊がお姫様を捕まえて、それでそういう発想がないなんてホモの集団でもない限りはあり得ない。
だから、この流れは正しい。
「やめるのじゃ、わらわに近づく――ふれるな!」
お姫様が叫んだ。声が震えている。
「このあま、大人しくしろ!」
「きゃ!」
小さい悲鳴が聞こえて、それから静かになった。
……たすけるか。
「あれれれー、ここどこだろー」
子供モードになって、そこに踏み込んだ。
会話で聞こえてきた通りの現場だった。
姫のルビーが壁際で拘束されてて、何人かの気の早い盗賊が既にズボンを脱いで、ルビーに群がっている。そのルビーのドレスも体ごとまさぐられ、あられもない姿になっている。
襲われてる時に頭を打ったのか、意識をなくして、ぐったりしている。
おれは盗賊の数を数えた。
全部で八人。そんなに多くはない。
「なんだお前は――ってガキか」
一瞬警戒した盗賊はおれの姿を見てあきらかに油断した。
まあ、こっちは見た目九歳の子供、当たり前だな。
「おいガキ、ここはガキがくるところじゃねえ。ケガしねえうちにとっととー」
その盗賊がこっちに向かってきた、手を伸ばして肩をつかもうとした。
「ブレイズニードル」
魔法を詠唱。空中に炎の針が生成され、男を貫く。
四方八方から飛んできた針に全身を貫かれ、男は体を内部から焼かれ、そのまま崩れ落ちた。
「なっ――」
残った七人の盗賊が顔色を変えた。何人か反応の早いのは既に武器を構えている。
「てめえ! 何者だ!」
「なのるほどの者じゃないよー」
そう言いながら、七人のいる場所を確認して、魔法を唱えた。
二回目のブレイズニードル。人数分の炎の針が盗賊達をおそう。
六人は針に貫かれ、崩れ落ちた。
一人が武器を振って針をほとんどはじくが、一本だけはじききれず、腹に深く突き刺さった。
一本だけだが、充分に致命傷だ。
「て、め……いったい……なにものだ」
「ルシオ・マルティン。ただの転生者だ」
男は理解不能って顔をした。
おれは「ブラックホール」を唱えた。せめて一瞬のうちに、と思った。
当たりを見回す、盗賊は全て片付けた。あとは姫様を連れ出すだけだが。
「……これはこれはやっかいだな」
気を失って、あられもない格好になってるルビーを見て、おれはちょっとだけ困ったのだった。