夕飯前の魔王戦
昼下がり、おれはのんびり魔導書を読んでいた。
おじいさんが手に入れた新しい魔導書で、メイドのアマンダに持ってきてもらったヤツ。
最近のおじいさんは相変わらず魔導書を集めてて、新しい魔導書を手に入れると真っ先におれのところに持って来させるのだ。
今もそれを今読んでる。やたらと古い、表紙が既にぼろぼろの、年季の入った魔導書だ。
「ルシオ様、ココちゃんの散歩に行ってきますね?」
部屋のドアを開けて、シルビアが顔を出した。
ドアの向こうにちらっとココの姿が見える。
おれの嫁のシルビアと、最近飼い犬っぽいポジションに収まったココ。
二人は一日に一回は散歩に行くようになった。
「行ってらっしゃい」
「えっと、おやつは台所に用意してますので、後で食べてくださいね」
「わかった」
シルビアはそう行って、ココと散歩に出かけた。
一人になった部屋の中で、魔導書を読む。
最後まで読みきった。
「なんじゃこりゃ」
と、おれは思った。
ぶっちゃけわからないマンガだ。何を言いたいのかわからない。
シュールギャグなのか?
ところどころハイセンス過ぎて、読めるのに理解できない、そう言うマンガだ。
まあただで読めたし、魔法もなんか覚えてるはずだから良しとしよう。
そういえば、これってなんの魔法を覚えるんだ?
――ククク。
声が聞こえた。妙な声だ。
少なくとも普通に聞こえるタイプの、音波を耳で拾うような声じゃない。
「誰だ!」
――礼をいうぞ、小僧。よくぞ我を解き放った。
「はあ? 何を言ってるんだお前は。というかどこにいる、姿を見せろ」
――ククク。貴様、魔法を使えるな? 丁度いい、我の復活には魔法使いの血が必要だ。我の生贄になってもらうぞ。
「何を――うわ!」
突然空間がゆがんで、おれを吸い込んだ。
吸い込まれた先は暗くて、何もない空間。
そこにそいつがいた。
ヤギのような角を生やして、まがまがしい顔つきの男。
全身から妙なオーラも出している。どう見てもまともな人間じゃない。
「だれだお前は!」
「我は魔王、魔王バルタサル」
「魔王だって?」
「そうだ、かつてはこの地上を支配していたのだが、忌々しい勇者によって倒され、あの魔導書に封じ込められた。それから約一千年、魔導書を読み解き、我を復活させる者をまっていたぞ」
「……つまり、千年間だれも読めなかった魔導書をおれが読めたから、お前が復活したってことか」
「その通りだ。感謝する小僧、汝のおかげで我は復活できた。あとは汝の血と魂を取り込めば、我は再び魔王として現世に顕現できる」
なんというか、結構どえらいことをしてしまったのかもしれない。
「くくく、待っていろ人間ども。千年前と同じ、この世を恐怖に染め上げてやるわ。手始めに男の皆殺し、そしてメス人間牧場の復活からだ」
……本当にやばい事になるのかもしれない。
「さあ、貴様のその命をよこせ」
魔王バルタサルは手を突き出す、鋭く尖った指がおれを襲う。
「フォースシールド!」
とっさに魔法を唱えて、手刀をはじく。
「むっ、防御魔法の使い手だったのか。ならばこれはどうだ?」
バルタサルは手をかざした。今度は魔法が飛んできた。ビームのような、炎の魔法が。
「マジックシールド!」
また魔法を使ってはじく。
シールドがバリンと音を立てて割れた。
「やるではないか、小僧。その歳で複数の魔法を自在に操り、更にその度胸」
「……」
「気に入った。小僧、我の僕になれ。そうすれば生きたまま、国の一つでも与えてやるぞ」
「いやだと言ったら?」
「くくく」
バルタサルは笑って、パチンと指を鳴らした。
背後に色々うごめくものが現われた。ドロドロに溶けた、人間のようなものだ。
それが大量にあった、数千じゃきかない、万単位でいた。
「汝を殺し、血と魂をすすって、亡者どもの仲間にするまでよ」
「それはやだな」
「さあ、答えはどうじゃ」
「やだ」
「そうか、なら死ね!」
バルタサルが襲ってきた、手下の亡者達が襲ってきた。
おれは、1000の魔法で応戦した。
☆
異空間から戻ってきた。
「疲れた……ブラックホールを覚えてなかったらやばかったかもしれない」
椅子にぐったりと座り込んだ。
転生してきた新しい人生の中で、今日が一番疲れたのかもしれない。
「あれ? ルシオ様だ」
部屋のドアが開いて、シルビアが顔をだした。
「いつ帰ったんですかルシオ様、さっきはいませんでしたけど」
「さっき? おお、夕方になってる」
外をみて、ちょっとびっくり。空がいつの間にか赤く染まっている。
「どこかに行ってらっしゃったんですか?」
「ああ、ちょっとな」
「? そうなんですか。あっ、そろそろご飯の時間ですから、お手を洗ってきてくださいね」
シルビアがそう行って、部屋の外に出て行こうとする。
「シルビア」
「はい?」
「バルタサルって知ってるか?」
「バルタサルですか? ……あっ! 伝説の魔王ですね、300年間に亘って世界を支配して、人間から全ての希望を奪い去ったという」
「へえ、あいつ、やっぱりすごいヤツだったんだ」
「バルタサルがどうしたんですか?」
シルビアはキョトンと首をかしげた。
「いや、なんでもない。それより腹減ったから、夕飯はいつもの倍の量で」
「わかりました!」
シルビアは今度こそ出て行った。
それを見送って、夕焼けの中魔導書をジト目で見る。
疲れるから、魔王なんて、出来れば二度と戦いたくないもんだぜ。




