壁一枚の夏と冬
「ルシオくん!」
雪を眺めながら魔導書を読んでると、ナディアがかなりの剣幕で部屋の中に飛び込んできた。
「どうした」
「ルシオくんは海を知ってる?」
「海?」
「そう海!」
ナディアは両手で小さく握り拳をつくって、おれに迫ってくる。
「海って、あのでっかくでしょっぱい海の事か?」
端的に表現してみた、するとナディアは目を輝かせた。
「知ってるんだ! ねえねえ、それってどんなところ? もっと詳しく教えて」
「海に行ったことないのか」
「うん! 近所の人から聞いたんだけど、どんなところなのかピンと来なくて」
「なるほど」
おれは考えた。
海に行ったことがないって言うのなら、実際の海を見せてやりたい。
「よし、海を見せてやる」
「本当!? ありがとうルシオくん!」
魔導書をおいて、立ち上がった。
部屋を出て、ほとんど使われてない空き部屋のドアの前に立つ。
「ルシオくん? 海にいくんじゃないの?」
「まあ見てな」
1000の魔法から使えそうな物を思い出して、ドアに手をかざす。
「リプレイス」
ドアが一瞬光って、すぐに落ち着いた。
手応えあり、魔法は成功したと確信する。
「よし、いくぞ」
「行くって―わああ!」
ドアを開けた瞬間、ナディアは瞳を輝かせた。
青い空、まぶしい太陽、そして白い砂浜。
ドアを開けた向こうに海が広がっていた。
「なにこれ? ここ部屋の中だよね! 空き部屋だったよね」
「ああ。魔法で空間をコピーした。ここは実際にどっかにある海そのものだ」
「すごーい! これが海かあ……海って暑いものなんだね!」
ナディアは感動して、厚着してた上着を脱ぎだした。
中に入って、砂浜に立ってあっちこっちを興味津々に見つめる。
おれも中に入ってドアを閉めた。
暑い海、まるで南国に来たみたいだ。
「別に海が暑いって訳じゃないけどな」
「そうなの?」
「ああ、暑いところの海をコピーしてきた」
「なんで?」
「それは――」
「きゃあ!」
もくろみを言おうとしたその時、ナディアがいきなりこけた。
後ろ向きにこけて、砂浜に尻餅をついた。
「いったーい。なにこれ、水に足を引っ張られた」
「あはは、そういうものだよ。波が引くとそういう風に足を持ってかれるんだ」
「もー、ビジョビジョじゃん」
「まっ、丁度よかった」
「え?」
「ドレスアップ」
ナディアに魔法をかけた。
魔法の光が体を包み込んで、格好を変えた。
水玉模様にフリルがついた可愛らしい水着だ。
「うん、かわいいかわいい。やっぱり水着姿も可愛いなナディアは」
「水着って言うんだこれ」
「そっ、海で遊んだり、泳いだりするための服。濡れても大丈夫な服だから思う存分あそんでいいよ」
「うん!」
ナディアは波打ち際を走り回った。パシャパシャやって海を楽しんでいる。
「おーいナディア、そこの足元に貝殻おちてるだろ? それ拾って耳に当ててみな、面白いぞ」
「えーどれどれ……おー、海の音がする、なにこれすっごーい」
ナディアは更にはしゃいだ。
あれだけはしゃぐと後で喉渇くだろうな。
おれは部屋を出て、台所から何か飲み物をとってきてやろうと思った。
「ルシオ様」
シルビアと遭遇した。
「どうした」
「あの……ルシオ様は温泉に入ったことありますか?」
「温泉? 天然のお風呂みたいなあれの事か」
「あるんですね!」
「ああ」
「あの……それってどういうところなんですか? 近所の人から『屋外なのに、冬でもいつも熱いお湯が出てる』って聞いたんですけど、想像できなくて」
「実際に見ないとなかなか想像しづらいかもな……よし」
温泉を見せてやろうと思った。
「シルビア、タオルをとってきて」
「はい!」
海になってる部屋の横の部屋の前に立って、ドアに手をかざした。
「リプレイス」
ドアが光ったあと、おれはドアを開けて中に入った。
そこは冬の山の中だった。
まわりを木々と雪に囲まれ、地面には天然の温泉が湧いてる。
戻ってきたシルビアがタオルを持ってビックリしてた。
「おいで、シルビア」
「こ、これは……ルシオ様の魔法ですか?」
部屋の中に入って、まわりをきょろきょろする。
「ああ、どっかにある温泉をコピーしてきた。これが温泉だ」
「うわぁ……本当に屋外なのにお湯が熱い……。これルシオ様の魔法じゃないんですか」
「いや、これは普通の温泉だ。天然の温泉は大体こんな感じだ」
「わあ……」
「入ってみるか? 外気が寒い露天の温泉は気持ちいいぞ?」
「じゃ、じゃあ……」
シルビアは服を脱いで、温泉に入った。
「わあ……なんだろこれ……なんか……気持ちいい……」
「そういう時は『生き返るぅ』っていうんだ」
「い、生き返るぅ……あ、なんか気持ちいい」
「これが温泉だ」
「すごいです……」
シルビアは温泉に浸かってまったりした。
「ちょっと待ってな」
おれは温泉の部屋を出た。
湯上がりにはフルーツ牛乳とか飲ませたいから、今度こそ台所に向かった。
台所でナディアのためのジュースと、シルビアのためのフルーツ牛乳をつくって、それをもって戻ってきた。
「ルシオくん――え?」
「ルシオ様――あっ」
戻ってくると、二人とも部屋から出てきた。
シルビアはタオルを巻いて、ナディアは水着姿で。
二人は驚いた顔でお互いを見ていた。
「どうしたのナディアちゃん、その姿」
「シルヴィこそ何それ」
「えっと、ルシオ様に温泉に連れていってもらってて」
「あたしは海に連れてってもらってたところ」
「海?」
「温泉?」
二人は同時に首をかしげた。
そして場所を入れ替えて、シルビアは夏の海の部屋に、ナディアは冬の温泉の部屋にはいった。
「ここどこ? なんですかこれ」
「うわあ! 外なのにお風呂がある! なにこれ」
二人は興奮した。
「ルシオ様!」
「ルシオくん!」
同時に部屋から顔を出して、興奮した表情でおれを見つめた。
その後、二人はとっかえひっかえで、夏と冬を行ったり来たりして楽しんだ。
瀬戸内海のように山と海を同時に楽しめる所のように、夏と冬を一遍に楽しめるところがあればいいな、と思いながら書いたエピソードです、楽しんでいただけたでしょうか。