20の男、1000の男
冬、おれは9歳になった。
転生して最初の記憶が6歳の朝なおれは、新年を迎えたら一歳年取った事に、数えで歳をとる事にした。
それを三回繰り返した、9歳の冬。
この日、シルビアと一緒に出かける約束をした。
それで待っているのだが、現われたシルビアの表情が曇ってる。
「ルシオ様……」
もじもじして、何か言いにくそうにしてる。
「どうした」
「今日のお出かけ、ごめんなさいしてもいいですか?」
「なんでだ?」
聞くが、シルビアは答えない。
ますますもじもじした。
ちょっと待つと、シルビアは観念して話した。
「前髪……きるの失敗してしまいました」
「前髪? ああ、ちょっときってるな」
言われて見ると確かに昨日までとは前髪がちょっと違う感じだ。きったのか。
「いいじゃん、それ」
「ダメですよ、変です。こんなのじゃ、恥ずかしくてルシオ様と一緒に歩けません」
おれの目からしたらまったく問題ない、むしろ可愛い位なんだが。
どうやらシルビア的には何かがダメらしい。
「ちょっと待って」
記憶を探った。
今まで読んだ魔導書の中から使えそうなものを探した。
ちょうど、いいのがあった。
あれは悲しいタイトルだ。『また、髪の話をしてる』というタイトルのマンガだった。
「グロース」
それで覚えた魔法を唱えた。
シルビアの髪がにょきにょき伸びた。
前髪も後ろ髪も伸びて、一瞬のうちに身長よりも長くなった。
「わわ! こ、これは?」
「髪が伸びる魔法だ。それだけの魔法だな」
「すごい……」
「これなら出かけられるだろ」
「はい!」
☆
髪を切ったシルビアと一緒に出かけた。
いつもの髪型に戻ったシルビアは可愛らしい格好をしてる。
ワンピースの上にもこもこのケープを羽織ってる。スカートの下はニーソだ。
おれ、ニーソはむっちり派だったけど、9歳のシルビアの細い足のニーソもすごく可愛いと思った。
そんな可愛いシルビアと街中を歩く、ちょっとしたデートだ。
「本当にこれでいいのか?」
「はい。すごく楽しいです」
「そうか? 歩いてるだけじゃん? なんだったらドラゴンになって空を飛び回ってもいいぞ」
ナディアに大好評なドラゴンの姿でのフライトを提案したけど、シルビアは食いつかなかった。
「大丈夫です。ルシオ様とこうして歩いてるだけでも楽しいです」
控えめだけとはっきり言い放った。
それでいいのなら別にいいが。
そうしてしばらく街中を歩いた。
シルビアとあっちこっち見て回った、言葉通り楽しそうだけど、なんかしてあげたいな。
そんな事を考えていると、なんか人たがりが見えた。
「なんだろ、あれ」
「人があつまってますね」
「行ってみようか」
「はい」
シルビアと一緒に人が集まってるところに向かっていった。
バルサの広場に一人の若い男と、それを取り囲む女達がいた。
男は二十歳くらいの若者で、女達はそれを見てきゃあきゃあを黄色い声を上げている。
「最後はこれ、『ダイヤモンドダスト』」
男は魔法を使った。
氷の結晶が出てきた。
大粒の結晶で、太陽を反射してキラキラしていた。
「すっごい! 本当に二十個も魔法使えるんだ」
「さすがアドリアーノ様」
「ねえねえ、もう一回最初から見せてくださる?」
女達が大興奮していた。どういう事なんだろ。
ちょっと離れたところに中年のおっちゃんが腕組みして面白くなさそうな顔で見てたのを見つけた。
「ねえねえおじさん、アレって何?」
近づき、子供モードで質問する。
「うん? ありゃ宮廷魔術師様だよ」
「きゅうていまじゅつし?」
「そう、このバルサの一番の出世株。あの若さで二十冊の魔導書を読みほどいた事を買われて、王国の宮廷魔術師に抜擢されたんだ。久しぶりに故郷に帰ってきたから、女どもがキャアキャア騒いでるって訳だ」
「そうなんだ」
「けっ、見てられねえ」
おっちゃんはそう吐き捨てて、その場から離れた。
にしても、宮廷魔術師か。
すごいんだろうな、それに金持ちなんだろうな。
二十歳くらいでアレなら、エリートの出世コースにのったってところだろう。
そんな事を思ってると、シルビアの様子がおかしい事に気づく。
彼女はむっとした顔でアドリアーノを見てる。
「シルビア? どうしたんだ?」
「納得いきません」
「納得いかないって、なにが」
「あの人があんなに歓迎を受けてる事です。魔法を二十個なんて、大した事ないのに」
あーまあ、そうだな。
おれの事を知ってるシルビアはそう思うだろうな。
何しろおれは二十ところの騒ぎじゃない、四桁……千を超える魔法が使えるんだ。
シルビアからすればアドリアーノよりずっと上だと思うんだろう。
シルビアはむっとしたままだった。
アドリアーノが取り巻きの女達と立ち去っても、その後ろ姿をずっとぶすっとした顔で見てる。
「シルビア、その顔はやめて。可愛い顔が台無しだよ」
「でも……」
「……ちょっとまって」
シルビアに笑顔になってもらいたかった。
「バブル」
魔法を唱えた。大小様々なシャボン玉が飛び出た。
シャボン玉を作るだけの魔法だが、そこに合わせ技を使った。
「ダイヤモンドダスト」
さっきアドリアーノが使ったのとまったく同じ魔法、転生して二日目くらいには覚えた魔法だ。
氷の結晶がシャボン玉にくっついて、凍らせた。
シャボン玉に氷の結晶がくっついた。
みた感じ、ラメの入ったスーパーボールみたいで綺麗だった。
想像したとおりのものになった。
それをそっと掴んで、シルビアの手のひらに載せる。
「はい」
「綺麗……」
シルビアはちょっと笑顔になってくれた。
「ありがとう、シルビア。あの人よりもすごいって思ってくれて。これはそのお礼」
「ルシオ様は実際その人よりもすごいから!」
「ありがとう。よし、じゃあもっとすごいの見せてやろう」
「すごいの?」
違う魔法を使った。
まずはナスとカボチャを出して、それを大きくして、形を変えて、疑似的な命を与えた。
四つの魔法の複合技、ナスの馬とカボチャの馬車の一丁上がりだ。
「うわああああ」
「どうぞ、お姫様」
「お、お姫様!?」
シルビアはうろたえた。
「そんな、わたしお姫様じゃないです」
「いいや、シルビアは可愛いお姫様だよ。可愛い可愛い、おれだけのお姫様」
「ルシオ様」
「おれの魔法は、お姫様のためのものだよ」
シルビアははっとした。おれが言いたい事がわかったみたいだ。
あんな女達にキャアキャア言われるよりも、シルビア……それにここにいないけどナディアの方がよっぽど大事だ。
それを、もっとわかりやすく言葉にした。
「おれのすごさは、シルビア達だけのものだよ」
「――はい! ルシオ様!」
シルビアは満面の笑顔で頷いてくれた。
二人で馬車に乗って、街の外に出てドライブした。
可愛いシルビアとメルヘンなカボチャの馬車はとてもよく似合ってて、とても楽しいデートになった。
家に帰るときには、シルビアはすっかり怒りが収まって、取り巻きの女達を「かわいそう」とまで思う様になっていた。