時の観覧車
2017年3月15日、書籍版第4巻発売です。
「それはどんな魔導書ですの?」
昼下がりの庭、ベロニカが話しかけてきた。
上からおれの読んでる魔導書をのぞき込んでるが、首を回していろんな方向からのぞき込むあたり、やっぱりマンガは読めない様子だ。
「観覧車にまつわる話だ。覚える魔法は結構ユニークだぞ」
「どんなのですの?」
「やってみるか」
「ええ」
頷くベロニカ。彼女に手招きして、おれのそばに座らせた。
「『クロノスホイール』」
魔法を使った瞬間、まわりの景色がモザイクの様になった。
「これは?」
「三分間続けて、過去、現在、未来の景色を順にみてく魔法だ、ちなみにどこの何が見えるのかはランダム」
「はあ……」
「まあ説明より見てもらった方がいいだろ」
おれもこの説明で理解できるとは思ってない。
結構ややっこしい魔法だ。
ベロニカと体を寄せ合って待ってると、モザイクがとれて、景色が映し出された。
王都の街中で、ココとバルタサルがいた。
ココの散歩だが、バルタサルは相変わらずココにしがみついてる。
前とちょっと変わったのは、ココの手首に繋がってるリードをバルタサルが持ってるってところ。
正直散歩というか、手綱をとっての馬乗りに見える。
「お散歩ですのね、しかしココはさっきあちらでひなたぼっこしてるの見かけましてよ?」
「うん、だから過去の光景なんだ。これが一分くらい続いて、その後に現在のどこかの光景が一分間流れて、その後に未来の光景が一分間――って訳だ」
「なるほど」
「ちなみに見れるだけで、干渉は一切出来ない」
ちょっと待ってると、景色がまた変わった。
モザイクを経由して、どこかの室内になった。
「ふっ、やはりおれは美しい」
「あら、義兄上じゃありませんの」
イサークだった。
彼は姿見の前に立って、髪を手のひらでなでつけて髪型を整えたり、ポーズをとったりしている。
……イサークよ。
「さーて、おれを待ってるかわいこちゃんに会いに行くか」
「相変わらず冗談のセンスがあるのね、義兄上は」
「ありゃ本気だ」
「知ってます、ただのフォローですわ」
「そうか」
そんなこんなしてるうちに、また画面が切り替わった。
今度は未来だ。
「ふう……今日もいい一日だった」
「って、おい」
「あら、ルシオではありませんの。しかもめずらしい入浴シーンですわ」
そう、映し出されたのは風呂に浸かってるおれ。
窓の外は暗く、夜になってるみたいだ。
「ショタの入浴シーンとか」
「これはこれで需要ありですわ」
「想像もしたくないな」
「堪能させて頂きますわ」
「お手柔らかに」
かくしておれは、嫁と一緒に自分の入浴シーンを一分間凝視するという、ちょっとした羞恥プレイをする事になった。
やがて、風呂シーンが終わって、景色が元いた庭に戻る。
「とまあ、こんな魔法だ」
「楽しいですわね。もう一回いけて?」
「ああ、何度でも」
ベロニカは上機嫌になった、どうやらお気に召したみたいだ。
こんなのでいいのなら、何度でもやってやるさ。
可愛い嫁のためだ。
「『クロノスホイール』」
魔法を使って、しばらく待った。
景色が切り替わる――どこかの屋敷か宮殿の中みたいだ。
そこに、泣いてる幼い女の子がいた。見覚えがある。
「ベロニカ?」
「ええ、あたくしのようですわ。過去ですし、この体の大きさ――四歳くらいの」
「かわいいな。ところで何でこんなに大泣きしてるんだ?」
「さあ……記憶にありませんわ」
首をかしげるベロニカ、しかし理由はすぐに分かった。
「かえちて、あたくちのおしゃぶりをかえちてー」
「――んなっ!」
「おしゃぶり、へえ」
ベロニカをみた、彼女の顔は真っ赤になった。
そして、景色の中に別の女が現われた。
こっちは中年の女性だ。
「いけません姫様。姫様はもう四歳なのです、いい加減おしゃぶりはおやめなさい」
「やーだー、おしゃぶりかえちて、かーえーすーのー」
幼いベロニカは駄々をこねた。
「ベロニカ……四歳までおしゃぶりを」
「こんなの嘘ですわ! ねつ造ですわ! 名誉毀損ですわ!!!」
「いやでもなあ」
「もう! みないで下さいまし!」
ベロニカはおれの目を覆った。
いやそんな事をされても。
「かーえーちーてー」
幼いベロニカの声丸聞こえなんだけどね。
まいっか、あまりベロニカを追い詰めるのもな。
おれはそのままにさせた。
彼女はずっとおれの目を覆った。
やがて景色が変わって、幼いベロニカが見えなくなる。
「……もう、なんてものをみせるんですの」
「ランダムだからな」
「今みたことは忘れなさい、いいわね」
「ああ、忘れとく」
「……」
「……」
無言の時間が流れる。
やがて現在が映し出される。
王都のどこかで、マミがイサークを簀巻きにしてる――まあどうでもいい光景だ。
おれはフォローを考えた。
みなかったことにする、おれ自身の記憶を魔法で消すのは簡単だが、その前にベロニカにフォローしてからだ。
そのためにどうしたらいいのか、それを考えた。
頑張って考えたが、出てこなかった。
そうこうしてるうちに、また景色が変わった。
「あっ……」
声を漏らすベロニカ。
どうしたんだ、っておもって彼女の視線を追いかけた。
そこに一人の老女がいた。
上品なおばあちゃん、ものすごく優しげな、赤毛のおばあちゃん。
見覚えはない――けど知ってる。
間違いなく、しってる。
彼女は、一人の男と手をつないで、春の風に舞い散る桜を一緒に眺めていた。
「……ルシオ?」
「うん?」
「あたくし、昔から依存心が強いんですの。おしゃぶりもにがーいお薬をつけられて、ようやくやめる事ができましたの」
「そうか」
「多分、ずっと依存し続けますの」
「ああ」
ベロニカは手をつないできた、隣にいるおれと。
視線の先にいる、未来のベロニカと――おれのように。
おれ達は手をつないで、一分間、何もしないだけの時間を過ごしたのだった。