時空の始まり
よく晴れた昼下がり。
屋敷の庭でマミとごろごろしながら魔導書を読んでいた。
マミは庭の草花や虫を追いかけ回したり、たまにおれの所に戻ってきて、腕とかマンガの上に頭を載せてちょっかいを出したりして。
そんな、いつもと同じの昼下がり。
ふと、気づく。
そういえば今日はまだ一度も嫁達の姿を見ていないな、って。
出かけてるのかな? と思いつつ魔法を使った。
「『カレントステータス』」
屋敷の現状を数値化して表示するための魔法だ。
調べる内容を「人数」に絞って、それを表示させる。
『住人6名、訪問者0名、その他1名』
住人は結構いた。
おれとマミが2人だとして、屋敷の中は残り4人いる事になる。
みんな屋敷の中にいるのか、にしては姿を見せないな。
読みかけの魔導書をおいて、ささやく程度の声で呼ぶ。
「アマンダさん」
「およびでしょうか旦那様」
真横にメイドのアマンダさんが現われた。
直前までそこにいなかったはずで、まるで忍びの如くやってきた。
姿が見えてる今もほとんど気配を感じない。相変わらずうちで一番ミステリアスな人だ。
「みんなは何をしてるんだ?」
「奥様方のことでしたら、お三方は居間に集まっていらっしゃいます。ナディア様だけお出かけでございます」
「集まってる。何かしてるのか?」
「はい」
静かにうなずくアマンダさん。
「何か魔法でフォローが必要そうか?」
「今の話を聞かなかったことにするのがベストかと」
「ふーん、わかった」
「『メモリーイレーザー』」
魔法を使う、頭の中を消しゴムのように記憶を消し――。
よく晴れた昼下がり、屋敷の庭で魔導書を読んでいた。
ずっこけたマミがバケツをひっくり返して水をかぶってココになった。
ココが切なげにやってきて、『クイックドライ』で体を乾かしてやった。
ココは足元で丸まって昼寝をはじめた。
どこからともなく取り出したおれの人形を抱き締めて、幸せそうに寝ている。
マンガを読むおれ。
そういえば、今日は一度も嫁の姿を見てないな。
と思っていたら、屋敷の中からシルビアが出てきた。
太陽の光を反射する綺麗な金髪をなびかせて、おれの所にやってきた。
「ルシオ様、一つお聞きしていいですか?」
「うん、なんだ?」
「ルシオ様と最初にしたお仕事――えっと、水のお仕事」
「ああ、水を売り歩いてたんだっけ」
「あれってどんな魔法だったんですか?」
「『ディスティレーション』だな。液体から不純物を飛ばして純水にする魔法」
そばに置いた、マンガ読み間に飲むジュースをグラスごと手に取った。
シルビアに聞かれた『ディスティレーション』の魔法をかける。
ジュースの色が徐々に薄まって、透明な純水に変わっていった。
「これです! ディスティ、レ……?」
「ディスティレーション」
言いにくそうにするシルビア、ゆっくりともう一度教えてあげた。
普段はほとんど使わない言葉だからな。
「ディスティレーション。うん! ありがとうございますルシオ様」
「ああ」
シルビアは満面の笑顔で身を翻して、屋敷の中に戻っていった。
後ろを姿を見送ったあり、ふと気になる。
なんで今更そんな魔法の事を? しかも名前を聞くだけ。
「アマンダさん」
「およびでしょうか旦那様」
「シルビアは何をしてるんだ?」
「他の奥様達と居間で何か話しておられます」
「想い出語りなのかな」
「……サプライズという言葉を耳にしました」
「サプライズ……」
アマンダさんの言葉を反芻する。
サプライズ……おれになにかするつもりなんだろうか。
ならちゃんと、驚かなきゃいけないな。
「うん、ありがとうアマンダさん。わかったよ」
アマンダさんは静かに立ち去った。
そういうことならば、とおれはひさしぶりに『メモリーイレーザー』を使った。
指定した記憶を綺麗さっぱりに消す魔法、使いすぎると男女平等パンチの使い手に――。
よく晴れた昼下がり、おれは屋敷の庭で魔導書を読んでいた。
足元にココがお昼寝していて、とってものどかだ。
喉が渇いたから、サイドテーブルにおいてたグラスを取った。
「水? おかしいな、確かジュースを持ってきたはずなのに」
首をひねる、確かにおれはジュースを持ってきた、それが水に変わってた。
誰かのイタズラなんだろうか――と思ってると。
パラパラパラ、急に雨が降り出した。
空を見上げる、雲はほとんどなくて、太陽がさんさんと照らしてくる。
お天気雨か、珍しい。
魔導書を閉じて、空を見上げた。
これはこれで気持ち良い、と雨に打たれてみた。
足元で寝てるココが雨にフラれて、マミに変身した。
マミは起き上がって、きょろきょろとまわりを見回してから、おれの椅子の下の狭いところに潜り込んで再び寝てしまった。
「あはは、『クイックドライ』」
風邪を引くと切ないから、体を乾かしてやった。
しばらくして雨がやんで、おれは再び魔導書を読みはじめた。
「ルシオ」
「ベロニカか、どうしたんだ?」
「シルビアから話を聞いたのですけど、以前三人で一緒にお風呂に入っていたとか」
「お風呂? たまに一緒に入るけど、それがどうしたんだ?」
「シルビアだけそのままで、ルシオとナディアが小さくなった時の事ですわ」
「ああ、あれか」
おれとナディアがフロに入ってた時に、遊び半分で二人に『スモール』の魔法をかけた事がある。
それで小さくなって、湖のような広さになったフロの中で泳ぎ回ってると、シルビアが入って来て、そのままのサイズで一緒に風呂に入った。
オリジナルサイズのシルビア、スモールサイズのおれとナディア。
二人してまるでアトラクションにする様にシルビアにのって、のんびりフロに入ってた事がある。
あれは楽しかった。
「それがどうしたんだ?」
「その時の光景をみせていただけます?」
「光景? 『クリエイトデリュージョン』……こうか」
魔法を使って、空中に映像を作る。
風呂に入ってるシルビアと、まるで人形のようなおれとナディア。
おれはシルビアの肩に寝っ転がって、ナディアはシルビアの手の上ではしゃいでいる。
「これは……確かに楽しそうですわ」
「ああ楽しかった、二人してシルビアの両手にぶら下がって水上ブランコみたいなのもやったぞ」
説明しつつ、それも魔法の映像で見せてやった。
ベロニカは食い入るようにそれを見つめる。
もしかしてやりたいのだろうかベロニカも――いや、ベロニカは「確か」っていったぞ。
誰かから話を聞いたのかな。
「ありがとうルシオ。それじゃ」
話を深く聞く前に、ベロニカはタタタと屋敷の中に走っていった。
「旦那様」
「うわ! びっくりした。どうしたんだアマンダさん」
「『メモリーイレーザー』という魔法に後遺症はあるのでしょうか」
「記憶を消すあれか? あまり回数重ねなければ別に大丈夫だけど、それがどうしたんだ?」
「一日四回までなら?」
「まあ大丈夫だろ」
答えると、無表情のまま黙ってしまうアマンダさん。
一体どうしたんだ?
「大変ぶしつけですが、今の奥様の行動をお忘れになっていただけませんでしょうか」
「ベロニカの? ……わかった」
理由は分からないけど、アマンダさんの言うことだ。
おれは自分に『メモリーイレーザー』をかけた。
ベロニカが聞いてきた事、質問してきた事自体を――。
よく晴れた昼下がり、おれは屋敷の庭で――。
「ルシオちゃんルシオちゃんルシオちゃーん」
バルタサルがいきなり飛んで来て、おれにタックルをかました。
抱きつかれて、転がった。
何故か地面がずぶ濡れになってて、どろんこになった。
改めて視線を向けると、わくわく顔のバルタサルと、離れた場所で何故か複雑そうなアマンダさんの姿が見えた。
なんだろう、一体。
☆
日が沈んで、マンガを閉じて屋敷に戻ろうとした。
今日は丸一日、嫁達とあわなかった。
こんなことは結構珍しい、家に居るのに、だれともあわないで一日が終えようとしている。
あわなかった分、会いたくなった。
おれは屋敷の中を歩き回って四人を捜した。
するとアマンダさんに出会った。
「お疲れ様です旦那様」
「お疲れ様? 別にマンガを読んでただけだけど。それよりもみんなはどこにいるの?」
「奥様達は居間に揃っておいでです」
「そうか」
頷き、歩き出す。
アマンダさんが何故か心配そうな顔をしていた。
アマンダさんらしくないなあ、何かあったんだろうか。
そう思ってるうちに居間にやってきた。ノックをして、中に入った。
「みんな、いるかー」
中に四人がいた。
シルビアも、ナディアも、ベロニカも、バルタサルも。
おれの可愛い嫁が四人ともそこにいた。
四人はテーブルに集まって、色鉛筆とか使って、紙に何かを書いていた。
それをちょうど一冊の本にまとめてた所らしく、綴じられ、カバーがつけられ、ちゃんとした一冊の本になった。
「あっ、ルシオくんだ。ちょうどいいところにきた」
ナディアが立ち上がって、パタパタとおれの所に走ってきた。
「ちょうどいいところ?」
「うん! こっち来てよ」
手を引かれて、みんなの所につれて行かれた。
嫁達はみんな、満足そうな、それでいて何かを期待してそうな顔でおれを見た。
「ルシオ様、これ、読んでみて下さい」
「これは……むっ、マンガか?」
シルビアが差し出したのはみんながつくってた本だった。
分厚いそれはなんと――かなりちゃんとしたマンガだった!
「これは?」
「みんなで書いたのですわ」
「ルシオちゃんとの事をいっぱい、いーっぱい詰め込んだのよ?」
「タイトルは……ドゥルドゥルドゥルドゥル――じゃん!」
「『マンガを読めるおれが世界最強』、です」
得意げにそれをおれに披露する四人。
マンガを読めるおれが世界最強って……タイトルもそうだけど、内容もだ。
パラパラめくる、驚いた、しっかりマンガになってる。
「ねえねえ、読んでみてよルシオくん」
「ああ」
せっつかれて、おれは嫁達のマンガを読みはじめた。
物語はおれがおじいちゃんの書斎でマンガを読んでた所から始まった。
魔導書を読み解いて、あらゆる魔法を身につけていったおれ。
シルビアと出会って、彼女がおねしょして。
ナディアと出会って、彼女を奴隷商人の手から助け出して。
ベロニカと出会って、彼女と海の底を歩いて。
バルタサルと出会って、彼女にくしゃみをぶっかけられて。
四人と出会って、自由気ままに過ごしてきた生活がマンガになっていた。
読んでる間、みんなは黙っていたが、わくわくしていた。
シルビアはお行儀良く正座して、ナディアはシルビアに抱きついてニコニコしてた。
ベロニカは子供姿にもかかわらず威厳を感じさせる脚組みで座ってて、バルタサルはおれの膝にあごをのせて鼻提灯で居眠りしてたりして。
そんな中、マンガを読み終える。
「どうでしたか」
シルビアが代表して聞いてきた。
おれは四人を見回した。
「この生活、ずっと続けて行きたいな」
はっきり頷く四人、バルタサルもいつの間にか起きていた。
この生活を、四人とであって、こうして物語になるほど過ごしてきたこの生活を。
続けて行きたい、どこまでも。
おれはそう思った、全員そう思っていた。
だから、おれは手をかざした。
「『スペースタイムオブサザエ』」
魔法を使った。
嫁達が描いたマンガ――魔導書『マンガを読めるおれが世界最強』を読んだ直後に頭の中に浮かび上がってきた魔法を使った。
魔法の光がおれから発して――嫁達と、屋敷と、そして世界に広がっていった。
どれくらいたったのか分からないが、光が徐々に収まった。
わくわく顔から、不思議そうな顔になる四人。
「今のはどういう魔法ですの?」
「古代魔法――よりも多分上位の魔法だろうな」
「さっすがルシオくん、そういうのも使えるなんて。ねねねね、どういう効果なの?」
「この世界をサザエさん時空にした」
「ざさえさんじくう、ですか?」
首をかしげるシルビア。
他の全員も何がなんだか分からないって顔をしてる。
天候を操る古代魔法よりも更に上位な魔法、この世界の有り様をそのまま変えてしまう魔法。
それを使える様にしてくれた嫁達とお手々をつないだ。
シルビア、ナディア、ベロニカ、バルタサル。
大事な大事な嫁達の温もりと存在が手から伝わってくる。
「そうだ、せっかくだから写真をとるか
「何がせっかくなのか分からないけど、そうですわね」
「アマンダさんとココちゃんマミちゃんもよんでくるね」
「あたしちょっと着替えてくる」
「すぴー」
それぞれ動き出す四人の嫁、そんな四人をみて、おれは確信する。
転生したこの世界で、マンガを読めるおれが世界最強になった。
この先ずっと、嫁達と過ごす気ままな生活が続くだろう。
そう、思ったのだった。
ここまで、2017年3月発売の書籍版最終刊(第四巻)に収録されます。
WEB版はもうしばらく続きますので引き続きよろしくお願いいたします。