空母ルシオ
相変わらず太陽に向かって、同じ速度で空を飛び続けていた。
空を飛び続けてもう一週間くらいか、嫁達はすっかり空の生活になれてきた。
飛び続けてるおれの体をジャングルジムみたいによじ登ったり、おれの背中でごろごろしている。
いまも、おれの背中に小さなこたつを置いて、そこでまったりしている。
「今思ったんだけどさ、これ、帰り大変じゃないのかな」
「大変って、どうしてなのナディアちゃん」
「だってさ、太陽をおっかけてずっと飛んでるじゃん。引き返すときに同じくらい飛ぶよね」
「あっ……そうだよね」
今も、おれの背中でまさにごろごろ真っ最中のシルビアとナディアがいう。
この世界が地球と同じ球体の惑星ならそのうち一周するから引き返す必要はないんだけど、二人ともそういう認識はないみたいだ。
「ねえねえルシオくん、帰りはどうするの?」
「そうだな、いろいろ考えてるけど、スピードを上げて引き戻すか、パッと一瞬で戻るかのどっちかだろうな」
「一瞬で、ですか?」
「実質瞬間移動が出来る魔法があるんだ」
バルタサル空間。
かつての魔王、バルタサル一世が今も囚われている空間。
あの空間はいわゆる異次元だが、ひとつ大きな特徴がある。
この世界のあらゆる場所と繋がっている事だ。
つまり空間に入る、空間からでる。
という手順を踏めばどこへでも移動出来る、実質ワープが出来るという事だ。
まっ、それをするには力を溜めてるバルタサルを倒さなきゃならないんだけどね。
「それならすぐに戻れますね」
「そういうことだ」
「ねえねえルシオくん、あたしも空を飛んでみたいな」
「空を?」
「うん、ルシオくんと同じそれで」
ナディアはおれの頭でぐるぐる回転してる竹とんぼみたいなのをさした。
F先生が産み出した最高に夢のあるソレとそっくりなヤツを。
「そういえばやってなかったな」
「うん!」
「よし――『バンブーフライ』」
魔法を使う、お人形サイズになったナディアの頭にも竹とんぼがついた。
「じゃあいくね――ひゃっほい!」
「ちょっとナディアちゃん、説明を聞かなきゃ」
親友の制止も待たずに、ナディアはおれの背中から飛び立った。
離陸した直後、上手く操作できなくて垂直落下した。
「ナディアちゃん!」
「おお、なんか難しい――こうかな」
「ルシオ様! ナディアちゃんが!」
「大丈夫」
おれは手をあげて、シルビアに見せた。
小指から赤い糸が出ている、それが伸びていってナディアに繋がってる。
「危なくなったらこれで引き上げられるから」
「あっ、命綱をつけてたんですね」
「あたり前だ。シルビアもやってみるか?」
「きなよシルヴィ、たのしーよ」
早くも竹とんぼの操縦になれたナディアが急上昇してきて、おれに並走しながらシルビアを誘った。
「そうね。ルシオ様、わたしもお願いします」
「はいよ」
シルビアにも同じ魔法を使ってやった、頭の上に竹とんぼが生えた。
性格の差がはっきり出た。
ナディアは初っぱなから飛び出して空中でじたばたやりながら飛び方を覚えてったのに対して、シルビアはおれの背中で垂直に飛び上がったり、慎重に飛び方を試していった。
「ひゃっほーい」
その間もナディアはどんどん上達していった。
アクロバットにおれのまわりを飛び回ったり、飛び立った背中にタッチアンドゴーを決めてみたり。
あれこれやって、実に楽しそうだ。
「シルヴィ、あそこの雲まで競争しよう」
「うん」
「勝った人が今日のルシオのお尻ポケットで寝れる権利ね」
「――っ! 負けないよ」
シルビアの表情が変わった。
尻ポケットで寝る。
空の旅を始めてから一躍人気スポットになった場所だ。
小さくなった嫁達はおれにしがみついたり、懐とか口の中に潜り込むとか、いろんな場所で寝ようとしてる。
その中でも一番人気なのが尻ポケットだ。
曰く、「温かくて柔らかい」かららしい。
それの権利をかけた空中レースということだ。
「それを聞いては黙ってられませんわ」
「ベロニカ」
「ルシオ、あたくしにも魔法を」
「バルもルシオちゃんのお尻大好きなのよ?」
懐から顔を出してきたベロニカ、こたつの中からカタツムリの如く出てきたバルタサル。
二人とも、お尻ポケット争奪戦に名乗りを上げた。
自分の尻が狙われている(直喩)のがなんとも複雑な気分だが、ナディアにバルタサルのくしゃみに対処させつつ、二人にも竹とんぼをつけてやった。
「それじゃあ行くよ……レディ、ゴー!」
ナディアのかけ声で、四人の嫁が一斉に飛び出した。
小さくなって頭に回る竹とんぼをくっつけて、おれから大空に飛びだっていった。
レースはバルタサルが優雅な一人旅のごとく大逃げで先行したが、チェックポイントの雲でターンするのにかなり手間取ってその間に三人に追い抜かれた。
復路はナディアが先行してそのまま一位でゴールするかと思っていたら、竹とんぼに一番なれてるナディアが調子にのってゴール直前でアクロバティックな飛行をしたら失速して落ちていって、その間に追い抜いたシルビアとベロニカがハナ差で1着をあらそった。
どっちが一位なのかは微妙な判定になるが、尻ポケットは二つあるから賭け的には問題無かった。
ナディアは自分のやらかしに空をとんだまま地団駄を踏んで、後半追い上げられなかったバルタサルは唇に人差し指をあてて羨ましそうにした。
レースはそれで終わったけど、四人はそのあとも飛び続けた。
あっちこっちに飛んで、飛びつかれたらおれの背中で休んで、一休みしたらまた飛び立って。
おれはまるで、空母になったような気がした。
艦載嫁四人を搭載した空母ルシオ。
なんとなく楽しそうな妄想をしてみた。
「ルシオ、なにか様子が変ですわよ」
「うん?」
おれの顔の横に飛んで来るベロニカ。
彼女はまっすぐ前を見つめていた。
太陽を追いかけて飛び続ける空、その先に黒い点がうようよしていた。
それだけじゃない、地上から黒い煙が何カ所も立ちこめていた。
「な、なんでしょうあれは」
「『テレスコープ』」
指で輪っかをつくって、魔法を唱えた。
遠くを見渡せる魔法で様子を確認。
「竜――ワイバーンのようなものか」
見えたのは大量の翼竜だった。
固い鱗、鋭い爪。
半開きの口から炎が渦巻いてる。
地上はその翼竜に襲われていた。
そして、なんと。
「ラ・リネアか」
「都なんですか!?」
「ああ、間違いない」
頷くおれ。
望遠の魔法で真っ先にあの真っ逆さまの建物――王立魔導図書館が見えた。
襲われてるのはおれ達が住んでいる王都ラ・リネアで間違いない。一周してきたのか……。
なんて考えてる場合じゃないぞ。
「一方的にやられてる、倒さないと」
「ルシオくん、あたしに任せて」
「ナディアが?」
「わたしも行きますルシオ様」
「G退治とか色々話を聞いてますわ、あたくしも行きます」
嫁が次々と参戦をと名乗り出た。
王都を襲う程の翼竜で普通なら危険なのだが。
「分かった」
頷き、嫁達に魔法をかけた。
攻撃魔法を一種類レンタルする魔法と、体のまわりにバリアを張る魔法。
その二つを嫁達にかけた。
「気をつけてな。バリアは攻撃を三回食らったら消える。消えたら戻ってきて、かけ直すから」
「分かりました」
「行ってくるね」
「わくわくしますわね」
シルビア、ナディア、ベロニカの三人が発艦――飛びだっていった。
「……」
「バルタサル、どうした?」
「あそこに、バルっぽいのがいるのよ?」
「バルっぽいの?」
どういう事なんだろうか。
「それって――あっ! いっちゃった……」
詳しく聞こうとしたら、その前にバルタサルも飛んで行った。
なんなんだろうか。
初めての空戦はかなり激烈だった。
人間よりも遥かに巨大な翼竜に、竹とんぼとバリアをつけた嫁達が襲いかかる。
王都を炎上させる程の強力なモンスターだが、嫁達が使うのはおれの魔法だ。
ぬいぐるみサイズで小さくなっても互角以上に戦えた。
「きゃあ!」
「バリアが消えた? 援護しますわシルビア、ルシオの所に戻って」
「ここはあたしが食い止めるから早くいって」
いやそれは死亡フラグなんだぞナディア。
戻って着艦したシルビアにバリアをかけ直してやって、ほっぺたについたすすを指の腹で拭ってやった。
「大丈夫か」
「うん、大丈夫」
「無茶はするなよ」
「わかりました」
シルビアは再び飛んで行った。
流石の翼竜は強く、交戦中に嫁達は何度もバリアを剥がされた。
その度に戻ってきて、おれがかけ直す。
ますます、空母になったような気分だ。
翼竜が一匹また一匹と倒されていった。
こっちはバリアをかけ直せば再出撃できるけど、向こうは倒されるまで戦うから、次第に数が減っていく。
やがて、翼竜達は全滅した。
「ふう、こんなもんだね」
「これは楽しいですわね」
「アリの巣とかも楽しいよ。あと体の中」
「体の中、ですの?」
「うん! 病気って体の中にちっちゃい魔物が侵入してなるものだから、もんのすごくちっちゃくしてもらって、体の中に入って退治するんだ。ダンジョンみたいで楽しいよ」
「お体のダンジョンなら、バル、やったことあるのよ?」
嫁達が戦闘後のおしゃべりをしてる中、おれは地上をみた。
地上は都の住民がこっちを見あげてる、何人かはおれの姿をみとめて「ルシオ様バンザイ」とか言ってきたりした。
王宮のテラスには王様とおじいちゃんが何故か一緒にいて、二人はそれぞれ自慢げに何か言った後、今度はとっくみあいのケンカを始めた。
何をやってるのか大体想像がつくから放置だ。
なんで襲われたのかはわからないけど、ピンチを救ってほめられるのは悪い気はしない。
「あっ……」
「どうしたのハッちゃん」
「御先祖様、くる」
「え?」
バルタサルがつぶやいた直後、目の前に空間のゆがみが生まれた。
この現象しってる。
「バルタサル一世だ」
ナディアもそれを知ってた、前に一緒に召喚されて戦った事がある。
「ふははは、この時をまっていたぞ」
空間を開いて、今まさに出てこようとするバルタサル一世。
相変わらずだなあ、こいつも。
仕方ない、倒して再封印するか。
「行こう、シルヴィ!」
「うん!」
「遅れは取りませんわよ」
「バル、もうお嫁さんなのよ?」
四人の嫁はおれより早く飛んで行った。
それぞれ違う軌道を描いて、空を飛んでバルタサル一世に襲いかかった。
攻撃を加えようとしたが、やめた。
おれは母艦として、嫁達のフォローに徹することにした。
嫁達はノリノリでバルタサル一世を攻撃した。中でも子孫であるバルタサルが一番容赦なかった。
途中でおれは背中を上にといううつぶせの姿勢から、ぐるっと半回転して仰向けの姿勢に変えた。
そんなおれの腹に、バリアを補給しに戻ってくる嫁達。
魔法をかけて、なでなでしてやって、また送り出した。
地上でみていた人間には激戦に見えた。
後にラ・リネア空戦と呼ばれ歴史にも残るほどの元魔王との激闘は。
「ひゃっほーい」
ナディアのかけ声に代表されるように。
おれの強大な魔力で、コミカルで一方的な戦いだった。
こうして、おれ達の新婚旅行は世界を一周して、思いがけない戦いの中幕がおりたのだった。




