マジックハンド
「……ほっ」
ベッドの上でシルビアが自分のお股のあたりをみて、ほっとした。
起き抜けで確認して、おねしょしてない事にほっとしたみたいだ。
「おはよう、シルビア」
「お、おはようございますルシオ様!」
ちょっと慌てるシルビア。
もう一度念の為にお股とベッドを確認したのがちょっと可愛かった。
「どうしたんだ?」
「ううん、何でもないです!」
「そうか」
微笑ましい感じでシルビアを見た。
「あよ……」
背後で寝ぼけた声が聞こえた。
振り向く――おれは吹いた。
「あははははは」
パジャマ姿のナディア、頭が寝癖で爆発してた。
まるでアフロみたいな感じのボンバーヘッドだ。芸術的ですらある。
「どーしたの……?」
本人は寝ぼけててわかってないのがまたちょっとおかしかった。
「わわ、ナディアちゃんの頭が大変な事になってる」
「シルビア、お前のクシをかして」
「はい! ぬらすためのお水もとってきますね」
シルビアからクシと水の入ったコップを受け取って、ナディアの寝癖を直してやった。
そんな事をしながら、おれは考えごとをした。
今日から新しい商売を考えないといけない。
水売りは続けるけど、独立するからにはもうちょっと他にも何かしたい。
シルビアとナディアとこんなのんびりした生活を続けるためには稼がないといけないからな。
問題は何をすれば良いのかだけど。
大抵の事は魔法でできてしまうから、なんでもいいんだ。
なにかきっかけさえあれば。
「なにかいい商売はないかな」
「お魚はどうですか、ルシオ様」
「魚? なんで魚?」
シルビアを見た。
「えと、お水から連想しただけです。ごめんなさい」
「よし、じゃあ魚釣りに行こうか」
☆
朝ご飯の後、バルサの街を出て、シルビアとナディアとの三人でのんびり歩いた。
右手でシルビアと、左手でナディアとつないでいる。
「あ、わんこ」
「違うよシルヴィ、あれはキツネだよ」
ナディアの言うとおり、道の先、草むらからキツネがひょこん、と顔を出している。
きょろ、きょろとまわりを見回してから、また草むらの中に引っ込んでいった。
「かわいい」
「エサをやってみるか?」
「エサ? 食べるもの持ってないよ」
「とればいい」
おれはまわりを見回す。
離れた所にリンゴの木があったから、二人を待たせて、木の下にいった。
「ウインドウカッター」
覚えてる四桁の魔法のうちの一つを使ってみた。
風の刃が木の枝を切り刻む。
リンゴが落ちてくるのをキャッチして、二つとって、二人の所に戻った。
「すごい……」
ナディアが目を見開いたビックリしてた。
「ルシオくんって、そんな魔法も使えるの?」
「ルシオ様は1000を越える魔法を使えるんだよ!」
「えええええ! すごい!」
ナディアが盛大に驚いた。
「たいしたことないよ。それより、はい」
リンゴをシルビアとナディアに渡した。
二人はリンゴを受け取って、キツネがいた草むらに向かっていく。
またひょこっと顔を出したキツネにえづけをする。
焦げ茶色のキツネと二人の女の子。おれは目を細めてそれを見守った。
二人はしばらくの間キツネとじゃれ合った。
おれの所に戻ってきて、手をつないできた。
そしてまた、歩き出す。
「ねえねえ、ルシオくんってどうしてそんなに魔法が使えるの? 魔導書をいっぱい読んだの?」
「おじいさんが集めた魔導書を全部読んだ」
「魔導書って、難しくない?」
「面白いぞ、魔導書」
「面白いの!? わたし、魔導書ってすごく難しいものだって聞いたけど」
「うん、すごく難しい」
シルビアはうんうん頷いた。
「それをすいすい読めるルシオ様はすごい人だよ!」
と、おだててきた。
ナディアも尊敬の目でおれを見るようになった。
いや、マンガ読めるだけなんだが。
「ねえ、他にどんな魔法が使えるの?」
「基本的なのだと――ドレスアップ」
魔法をシルビアとナディアにかけた。
二人の着てる服が可愛らしい別の服に替わる。
「うわあああ……」
ますます尊敬の目で見られた。
一方のシルビアはちょっと得意げだった。
そんな二人と手をつないだまま、湖にやってきた。
「ルシオ様、ここで釣りをするの?」
「ああ、するつもりだ」
「でも釣り竿がないよ?」
「待ってて」
近くの木の下に言って、ウィンドウカッターを使う。切りおとした木の枝の強度を確かめて、先端に持ってきた糸をくくりつける。
「マジックハンド」
次の魔法を使った。
糸の先端、本当なら釣り針をくくりつける部分に白い「手」が現われた。
「手」がワッシャワッシャと動く。うん、いける。
それを二つつくって、シルビアとナディアに渡した。
「はい、これ使って」
「これ……釣り竿?」
「手になってる……」
「その手を動かすように念じてみて」
「えっと……うわ! 動いた」
「手」が、マジックハンドが動く。
二人はそれを湖の中に入れた。
「る、ルシオくん! 引いてるよこれ」
「引き上げて」
「うん!」
ナディアが思いっきり釣り竿を引いた。
湖から上がってきたのは、小魚を掴んでるマジックハンドだった。
「すごい!」
「面白い!」
二人はきゃっきゃ言いながら釣りをした。おれはもう一本マジックハンドの釣り竿をつくって、一緒になって釣りをした。
成績は――文句なしの入れ食いだった。