幸せの使者
すぴぃ、と鼻提灯でお眠りしているバルタサルとお手々をつないでマンガを読んでると。
「ご主人様」
ココがパタパタと部屋の中に入ってきた。
おれの前に立ち止まって、尻尾がちぎれそうなくらい勢いよく振られている。
「どうした」
「ママ様と散歩にいくですぅ、マミちゃんも一緒に行きたいですぅ」
「そうか。『タイムシフト』」
魔法を使った。
対象の「未来にいる自分」を連れてくる魔法、『タイムシフト』。
これで自分の数を増やしたり、水をかぶるとそれぞれココ/マミに変身する一心同体の二人を同時に存在させるという使い方をしてきた。
今回もそれで、ココとマミ、二人いっぺんにベロニカと散歩をしたいって言うからこの魔法をつかった。前にもあった使い方をした。
しかし。
「へくちっ!」
居眠りしていたバルタサルの鼻提灯がはじけて、ワームホールが魔力をおれの顔に噴射した。
バルタサル、おれの魔法に反応してそれに誤作動を起こさせる――ってやべえ、忘れてた。
「げほ、げほげほ」
「ご主人様ぁ、大丈夫ですかぁ」
「ああ大丈夫だ、って誰あんた」
魔力直撃の煙が晴れたあと、そこに見知らぬ顔があった。
ココはそのままだったが、その隣に知らない女の子が。
歳は嫁達とほぼ一緒、長い黒髪がツインテールでさらさらだ。
なんか気が強そうで、生意気そうな感じの女の子だ。
「あれ? お父さんの部屋じゃんここ。ってあんた達だれ?」
「お前こそ誰だ」
「あたし? あたしはララ・マルティン。世界一可愛い公爵令嬢様だよ」
「ララ……マルティン?」
「ご主人様と同じ名前ですぅ……」
つぶやくココ。
マルティン、確かにおれと同じ名字だ。
それに公爵令嬢、誤作動を起こした『タイムシフト』。
……まさか!
「あれ? その喋り方……ココちゃん」
「わたしの事を知ってるですかぁ」
「本当にココちゃん?」
「はいですぅ……けど」
「うーん」
ララはしばらくじっとココを見つめた後、部屋の中を見回して、すたすたと窓の横に向かっていった。
そこにある花瓶を持ってきて、水をココに掛けた。
「にゃああ! なにするのよ!」
「あっ、マミちゃんだ。本物だったんだ」
「ふしゃああ!」
尻尾の毛を逆立てて威嚇するマミ。
「マミ。ここはいいから乾かして服を着替えてきて」
「……わかった」
ぶすっとするマミ、でも言われた通り部屋から出て行った。
残されたのはおれと、未だ鼻提灯のバルタサルと、ツインテールのララ。
「ねえ、あんたはなんなの。なんでお父さんの部屋にいるの?」
「おれの名前はルシオ・マルティン。多分、お前のお父さんだ」
「え? なに言ってんの?」
「『タイムシフト』を知らないか?」
「知ってるわよ、お父さんがよくそれココちゃんにかけてるもん」
「その魔法でお前を偶然呼んでしまったらしい。ここにいるのは九歳のルシオだ」
「……おお」
ララは一瞬で納得した。
「そかそか、それでか。道理でなんか屋敷新しいし、ココちゃんも若いしで変だと思ってんだ。あっ、それじゃそこにいるのはバルママ?」
「そうだ」
「そかそか、へー。おねむなの変わってないんだ」
変わってないのかよ。
というか将来でもこんななのかバルタサル。
……いや、らしいっちゃらしいのか。
「そかそか、お父さんなのか。ふーん」
ララはじろじろとおれを見た。そして悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「どうした」
「お父さん今九歳って言ったよね、あたしよりも年下なのかあ。ってね」
「何歳なんだララは」
「十歳、というかパーティーの真っ最中だったんだ。お誕生日パーティー」
「そうだったのか」
……。
「なあ、ララは誰の娘なんだ?」
「誰だと思う? 四人のうちの」
いたずらっぽい笑顔で聞き返された。
ララを見つめた。
うーん、わからん。
性格はどの嫁とも違うし、髪の色も黒で誰とも違う。
見た目からも性格からも、ちょっと想像がつかない。
「わからない。だれなんだ」
「ふふん、じゃあ秘密。今度来た時までの宿題ね」
「今度?」
「なんかそろそろ戻るころっぽい。バルママがここにいるって事は、『タイムシフト』の誤作動なんでしょ」
「そこも変わってないのか」
「バルママがいるのにお父さんがついうっかり魔法使ってしまうのもかわってないよー」
「……嘘だろおい」
ちょっとショックだ。未来のおれもそんなんなのか。
「じゃねお父さん、ばばばばーい」
「ちょっとルシオ、マミから聞きましたわ――あら?」
ベロニカが部屋に入ってくるのと、ララが消えるのとほぼ同時だった。
『タイムシフト』特有の消え方、ララは未来に戻った。
娘かあ、誰のむすめなんだろうな。
次に呼び出す時に教えてくれるといいんだが。
娘かあ。
なんかちょっとにやけてくるな。
「ルシオ……」
「え、あっ、ベロニカ」
そういえばベロニカが部屋に入ってきてたんだ。
それはいいんだけど、なんかジト目で睨まれてるぞ。
なんだ?
「はあ、別にいいですけれども」
「え?」
「五人目の妻候補なのでしょう。いいですわよ、別に。ただ一言相談はしてほしかったですわ」
「え? いやいやそうじゃなくて。ララはそういうんじゃなくて」
彼女が未来から来た娘だと、ちょっと拗ねたベロニカに納得させるまでにちょっと時間がかかった。




