ぺーるーせーうーすー
「余の千呪公よ、折り入って頼みがある」
昼下がり、屋敷を訪ねてきた国王はいつになく真剣な表情をしてた。
呼び方こそいつも通り「余の千呪公」だが、なんというか仕事モード? 的な重さがある。
「なに? ぼくが役に立てること?」
「うむ。実はのう、このところ国民の不満がくすぶっていてのう。それとなく探らせたところ、どうも娯楽に不満があるらしいのだ」
「娯楽?」
「そうだ。我が国には伝統のコロシアムがあって、剣闘士による戦いが行われているのだが、それの人気が低下していてな。かといって他にかわりはない。それで不満がたまっているのだ」
「ありゃりゃ。うん、娯楽は大事だもんね。ちゃんとガス抜きさせてやらないといつか大爆発起きて大変な事になるもんね。娯楽は食べる、に次いで大事なことだから」
「流石余の千呪公、為政者の心得も万全だな。うむ、そうなのだ。だから余の千呪公よ、何かいい案はないか」
「魔法でなんとかすれば良いの?」
「それもよいが」
といってまっすぐおれを見る国王。
魔法もいいけど、ちゃんとしたアイデアをくれ、って真剣な目だ。
最近すっかりだめだめ国王ってイメージがおれの中でできあがってるけど、ちゃんとした国王だったんだな。
「うーん、そうだね。じゃあ野球なんてどう?」
「やきゅー? それはなんなのだ?」
国王は首をかしげた。
☆
屋敷の庭、おれと国王とナディア。
「ナディアしかいないのか」
「うん、シルヴィもベロちゃんもはっちゃんも、みんな出かけてるよー」
「うーん。出来れば二人いて欲しかったんだが」
「余の千呪公よ、そのやきゅーとやらも二人でやるものなのか? 剣闘のように」
「ううん、九対九の十八人でやるんだ……『アバター』『グロースフェイク』」
二つの魔法を連続で使った。
魔法の光がナディアを包み、直後、彼女が九人に分裂した。
オリジナルのナディアに比べて半分くらいの二頭身サイズになって、ホットパンツと太ももがまぶしい野球のユニフォーム姿になった。
それが、九人。全員がグローブを持ってて、一人がプロテクターをつけたキャッチャー姿だ。
「こんな感じで、九人一チームなんだ」
「ほう」
「ナディアをもう九人増やしてもいいけど、それじゃ見た目的にわかりにくいから」
「では、余が――」
「お任せ下さい旦那様」
いつの間にかアマンダさんがやってきた。
メイド姿の彼女はまるで忍びのような登場をした。
「アマンダさん!」
「お手伝いいたします」
「うん。お願いねアマンダさん」
「はい」
「じゃあ魔法を――」
どろん、って音がした。
直後、アマンダさんが九人になった!
メイド服姿のまま、二頭身で九人になった。
グローブももって、キャッチャー役はプロテクターもつけてる。
「これでよろしいでしょうか旦那様」
「う、うん。アマンダさん……それは?」
「メイドのたしなみでございます」
「メイドのたしなみなんだ」
それじゃしょうがないな(棒)。
アマンダさんの事にはあまり突っ込まないで居ようと思った。
「じゃあ簡単にルールを説明するね」
割り切って、十八人のナディアとアマンダさんに野球のルールを説明したのだった。
☆
急遽草野球場っぽくした屋敷の庭で試合が始まった。
先攻ナディアーズ、後攻アマンダーズだ。
一番ナディアがバッターボックスに入る。
「見ててルシオくん! 頑張るからね」
バットを構えて、おれに向かってウインクするバッターのナディア。
「頑張れー」
「うん!」
「奥様……参ります」
アマンダさんがそう言って、振りかぶって……投げた!
――ってアンダースロー!?
アマンダさんは地面すれすれから白いボールを投げ込んできた。
ものすごく綺麗なフォーム、浮き上がる球筋。
なんでそんなのしってるの!?
「やあっ!」
ナディアがバットを振った。がきーん!
ジャストミート、ボールが内野の頭上を越えて落ちた。レフト前のクリーンヒット。
先頭打者ナディアが早速出塁した。
「ねえねえルシオくん、こういう時って確かアレすればいいんだよね」
二番のナディアがおれのところにやってきて、アドバイスを求めた。
二頭身のますます可愛いナディアの頭を撫でて、頷いてやる。
「ああ、二番の仕事はアレだ」
「うん! じゃあ行ってくる」
二番ナディアがバッターボックスに入る。
ランナーナディアの盗塁を挟んで、堂々とした構えからのバントで、ランナーを三塁に進めた。
三番ナディアが大きく外野に打ち上げた打球が犠牲フライになって、ランナーが戻って一点になった。
ちなみに四番ナディアはランナーがいなくなったせいか三振を喰らって、「もー悔しい!」って言って膝でバットを折った。
「ふむ、これは中々に楽しいものがあるのう。やきゅー、といったか」
「うん。結構楽しいよ。いろんな戦略があるし、今みたいに、九人がそれぞれ違う役割を果たして、点数を取っていってそれを競うんだ」
「なるほど」
「役割は九個だけじゃないから、選手の交代でも色々やれるんだ」
「ふむふむ。おっ、あれは大きいぞ」
「うん? あっ、アマンダさんホームランだ」
攻守が交代して、アマンダさんが早速ホームランを打った。
空の彼方に消えていく白球、悠然とダイヤモンドを一周するアマンダさん。
風格あるなあ……。
「ふむ、あの姿は格別だな。全選手の動きを止めてただ一人走っているのは」
「王様、野球の素質あるね。うん、そうだよ。ホームランでダイヤモンドを一周するのは野球の中でも最上級に格好いい姿なんだ」
「なるほど。うむ、これはよいかもしれん」
「気に入ってもらえた?」
「もちろんじゃ。さすが余の千呪公、このような素晴しいゲームを知っていたとはな」
「気に入ってもらえてぼくも嬉しいよ」
「早速これを広めよう。そうだ、大会をひらこう。まずは第一回千呪公杯を開いて、大々的に国民にアピールするのだ」
「え、ぼくの名前を」
「無論だ。こういう時はしっかりと権威つけねばな。今一番なのは余の千呪公の名を冠した千呪公杯なのだ」
天皇杯っぽい感じがする。なんかむずがゆい。
「開催は……そうだな一ヶ月後を――」
「話は聞かせてもらったのじゃ!」
背後から声が聞こえた。
振り向く、いつやってきたのかおじいさんの姿があった。
「ルカ!?」
「エイブよ、その千呪公杯、わしも参加するのじゃ」
「年寄りの冷や水はいかんぞ」
「忘れたかエイブ、わしはこれでもそれなりの資産家。今でも何人かの剣闘士に支援しているのじゃ」
えっ? そうだったの。
「九人程度のチームを結成するなど造作もない事じゃ」
「むっ! そういうことなら余も負けられぬな。主催するだけのつもりだったが、ちゃんとチームを結成して参加せねばな」
「それでこそエイブじゃ。しかし、ルシオの名を冠した大会、その栄冠はゆずれんのじゃ」
「それはこっちのセリフだルカよ。余の千呪公の大会、勝つのはこっちじゃ」
「ならば、勝負は」
「来月の大会で」
バチバチと火花を散らす二人。なんだか知らないうちに話がまとまったぞ?
「こうしちゃいられない」
「さっそく見込みのある若者を集めるのじゃ」
そういって、国王とおじいさんが去っていった。
なんか……楽しそうだな、うん。
二人がいなくなった後の庭で、おれは、ナディアとアマンダさんの試合を観戦して、応援して楽しんだ。
この後、「四番・余」と「代打わし」が繰り広げる死闘によって、野球が国中に広まって大人気を博すことになることは、今のおれはまだ知らなかったのだった。




