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同人誌をつくる嫁達

「ルシオ! 絵を描く魔法を下さいまし!」


 久々にいい天気だから庭で魔導書(マンガ)を読んでると、ベロニカがぷんすかした様子でやってきた。


「どうした」


「どうしたもこうしたもありませんわ。絵を上手く描ける魔法をあたくしに」


「……絵が下手なのか?」


「うっ」


 息を飲んで、ハッとするベロニカ。


 勢いに任せて魔法をおねだりしにやってきたはいいが、そこを突っ込まれることは考えてなかったって顔だ。


「そ、そうでもありませんわ。人並みですわ」


「人並み?」


「そう人並み」


「ふーん。どんなのを描いたの、見せて」


「そんなのどうでも――」


「ここにあるよー」


 急に現われたナディア、彼女は一枚の紙を持っている。


「はい、ルシオくん」


「どれどれ……」


 ナディアから紙を受け取って、描かれてる絵を見る。


 む、これは……もしや……。


「つぶれたトンボ?」


「ルシオの顔ですわ!」


「っておれの顔かよ!」


 思わず突っ込んだ。


「あはははははは!」


 腹を抱えて笑うナディア。それをよそに絵を見つめる。


 おれの顔……おれの顔……。


「ベロニカ……もしかしておれのこときらいか」


「そんな事ありませんわ! 大好きですわ!」


「おー、にやにや」


「ってそんな事はどうでもいいですわ! 絵を上手にかける魔法を!」


 悪戯っぽい笑みを浮かべるナディアに、顔を真っ赤に染め上げるベロニカ。


 彼女は更に魔法をおねだりしてきた。


「なるほど話は分かった」


「よろしい――」


「ナディアは描かなかったの?」


「あるよー」


 満面の笑顔でもう一枚の絵を取り出して渡してきた。得意げな顔でおれの感想を待つ。


「これがおれで、これがナディア。ベロニカにバルタサルにシルビア。全員集合だな」


 絵はベロニカに比べればかなりマシだった。8歳児相応の絵だが、モデルの対象がちゃんと判別つくレベルだ。


「うん!」


「気のせいかシルビアだけ気合入ってるしうまいな」


「シルヴィの顔は見ないでもかけるもん」


「なるほど」


 流石親友同士ってことか」


「他はないのか?」


「ふふん。じゃっじゃじゃーん」


 口で効果音をつけて、更に絵を出した。


「シルヴィのだよ」


「どれどれ――ってうまっ!」


 シルビアが描いたとされる絵はメチャクチャうまかった。


 少女マンガタッチでキラキラしてて、八頭身の超絶イケメンが描かれている。


「すごいなシルビア。マンガ描けるんじゃないのかこれなら。これ何のキャラだ?」


「え?」


「え?」


 きょとんとするナディア、きょとんとしかえすおれ。


 そこに、ベロニカが呆れた顔でため息交じりに言った。


「何をおっしゃいますの? どこからどうみてもルシオですわ」


「っておれなのかよこの超絶長身イケメン!? 生徒会やったり学生実業家やったり髪にくっついた芋けんぴ食いそうだぞこれ」


「セイトカイもガクセイジツギョウカもイモケンピもなんの事なのかわかりませんが」


「それはちゃんとルシオくんだよ」


「マジかよ……」


 もう一度よく見る、背景がキラキラしてる……完璧に少女マンガの万能イケメンだ。


「マジかよ……」


 もう一度つぶやく。


 妙なショックから気を取り直して、更に聞く。


「バルタサルのは?」


「はっちゃんはいなかったから描いてないんだ」


「いなかった?」


「ええ、どこかにふらふらと――」


「バル、ここにいるのよ?」


「「「うわ!」」」


 驚いた三人が同時に声をあげた。


 いつの間にかバルタサルがやってきてて、おれの腰にしがみついていた。


「はっちゃん、どこに行ってたの?」


「あたらしい胡蝶ちゃんとお友達に」


 手を差し出す、紫色の蝶々がそこに乗っていたのが、ひらひらと羽ばたいてどこかへ飛んで行った。


「そっか。はっちゃんのことさがしてたんだ」


「これからは蝶々を見つけるところからはじめた方が早そうですわね」


「バルを探してたの?」


「うん!」


 八重歯を光らせて、楽しげな笑顔でいままでのことを説明するナディア。


「ルシオちゃんの似顔絵……」


「はっちゃんも描いてみる?」


「うん!」


 大きく頷くバルタサル。


 ナディアはとたたたと走って行って、すぐにとたたたと戻ってきた。


 紙とペンを受け取って、バルタサルは地面にうつぶせになって絵を描き出した。


 その隣で見守るナディアとベロニカ。


 微笑ましくて、ちょっといい。


 完成までおれは読みかけのマンガを読んだ。ついでにこの後の展開に必要になりそうな魔法を脳内検索する。


「できた」


「おー」


「これは……すごいわね」


 どうやら描き上がったみたいだ。


「ルシオちゃん、バルちゃんと描けたのよ?」


「そうか見せてくれ――って浮世絵やんけ!」


 思わず即突っ込んでしまった。


 バルタサルが描いてきたのはまるで浮世絵のようなものだった。まるでそうは見えないが、服装からしてどうやらおれっぽい。


「はっちゃんすごいね、ルシオくんそっくりだよ」


 え?


「えへへ……バル、ルシオちゃんのことなら自信あるのよ?」


 いや別な方向に自信持っていいと思う。


「悔しいですけど……僅差で負けですわねこれ」


 いやベロニカのは論外だ。


「ねっ、もっと描いてみようよ。というかさ、みんなの事かいたのあたしだけじゃん。ルシオくんもいいけど、やっぱり全員かこうよ」


「ルシオちゃん以外も描くの? もっとルシオちゃん、もあルシオちゃんでもいいと思うのよ?」


「それもいいですわね」


「そだ! 描いた後それをまとめて本にしちゃおうよ」


 本はやめて。


 おれのツッコミをよそに、三人が楽しそうに去っていった。


 ベロニカさえも、最初にすっ飛んできた目的をも忘れて、和気藹々と去っていく。


 色々と魔法を考えていたが、どうやら必要なさそうだ。


 嫁達が楽しそうだから、とりあえず良しとした。


 この日もマルティン家は平和だった。

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