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ルシオを上回る魔力

「たっだいまー。うー、寒い寒い」


 外から帰ってきたナディアは手のひらをしきりにこすり合わせていた。


 確かに今日は朝から気温が下がってて、長袖でもちょっと寒いくらいの気温だ。


「あっ、ルシオくんだ。きゃっほーい」


 リビングを通り掛かったナディアはマンガを読んでるおれを見つけるなり、ほとんどダイブする勢いでしがみついてきた。


「うーん、ルシオくんあったかーい」


「そうか。外、大分寒かったみたいだな」


 手を彼女のほっぺたに押しつける。ぷにっとしたナディアの頬はひんやりしている。


「そうなんだよ。なんか面白いことないかなあ、ってぶらぶらしてたんだけどただ寒いだけだったよ」


「もう秋だもんなあ」


「気づいたらねー。今年は夏が長かったから油断してたよ」


 ナディアはそう言いながら、おれの腕にほおずりした。


 それで人心地ついたのか、いつも通りの元気いっぱいな笑顔で八重歯を見せておれに言った。


「ねえルシオくん、なんか暖かくなるものない?」


「ふむ」


 読みかけのマンガを太ももの上に置いて、脳内で魔法を検索する。


 するとある物を思い出した。


 検索の範囲は魔法以外に及んで、久しぶりのある物を思い出した。


     ☆


「これは?」


「こたつっていうんだ」


「こたつ? ただのテーブルに布団を掛けただけに見えるけど」


 そりゃそうだ。


 アマンダさんに頼んで、リビングに運んで来てもらったのはただのローテーブルに、布団を掛けただけもの。


 厳密にはいまの状態はこたつじゃない。


「『キープウォーム』」


 魔法をかける、温度を上げて、温かいのを保つだけの魔法だ。


 布団を掛けたローテーブル、そこに暖かさとなる熱源が入った。


「おー、いまかけた魔法でこたつになるんだ」


「いや、まだだ」


「ほえ?」


「旦那様」


 アマンダさんがやってきた。


 有能な我が家のメイドは注文通り、皿いっぱいに乗ったみかんのような果物を持ってきた。


「こちらでよろしかったでしょうか」


「うん、ばっちり。さすがアマンダさん」


 みかんと言っても通じないから、見た目を例えて似たようなものを揃えてもらったけど、見た目はほとんどみかんそのものだ。


 それをテーブルの真ん中に置く。


「これで、こたつの完成だ」


「ほええ?」


「さ、入るか」


 おれは先にこたつに入った。それをみたナディアがまねして同じようにこたつに入ってきた。


「おー、暖かいね、これ!」


「だろ。ここでのんびりするんだ」


「うん」


 おれとナディア、二人でこたつに入った。


 ナディアは布団をめくってこたつの中をのぞいたり、仰向けになったりうつぶせになったり色々やっていた。


 みかんっぽいのも剥いて食べて、次第にはこたつに入ったままうとうとし出した。


 その間おれはずっと魔導書を読んでいた。


 いろんな夫婦の形を紹介する、ちょっと異色なマンガだが、それなりに楽しい。


 我が家も下手すればこのマンガに載ってるような面白夫婦なのかな、と思っていると。


「大変だよルシオくん!」


 ナディアが切羽詰まった声でおれを呼んだ。


「どうした」


「お手洗いに行きたいの!」


「うん」


「お手洗いに行きたいの!」


「行っておいで」


「でられないの!」


「あー」


 おれはにやりと口の端をゆがめた。


「こたつからでるのに苦労するからなあ。まあがんばれ~」


 と、気楽な声援を送った。


 こればかりはしょうがない。こたつからでられなくなるのは当たり前の事で、おれにはどうしようもないことだ。


 出来るのはせいぜい、今のように応援することしかない。


「くっ、流石ルシオくんの魔法。まさか一度入ったら出られなくなるなんて!」


 おれの魔法じゃなくて、日本人の叡智だけどな、これ。


「くううう、むむむむむ……まいっかぁ……」


 大した尿意(?)じゃなかったらしく、ナディアはしばらく悩んだ結果諦めて、そのままこたつに居残ることを選んだ。


「ナディアちゃん、なんか唸ってたみたいだけど大丈夫?」


「あら、これは何ですの?」


 シルビアとベロニカは同時にやってきた。


「ニヤリ」


 あっ、悪そうな顔だ。


 ナディアの八重歯がきらりと光った。


 そして、約一時間後。


「で、でられないです……」


「謀りましたわね!」


 シルビアもベロニカも同じ、こたつにつかまってしまっていた。


「あはははー、すごいよねー、ルシオくんの魔法」


「うん、流石ルシオ様」


「テーブルに布団を掛けて、温かくするだけ。海の散歩といい、相変わらず発想力がすごいですわね」


 いやだからこたつはおれの発想じゃなくて先人の偉大な発明だけどな。


 ま、黙っておくけど。


「あっ、ルシオちゃんだ」


 そして、遅れること一時間ちょっと、四人目の嫁バルタサルがふらふらとやってきた。


「おー、はっちゃんもこたつにはいる?」


「でも、もう満員」


 シルビアは困った様子でつぶやく。


 確かに満員だ。


 正方形のローテーブル、普通にやって定員四人のこたつ。


 おれ、ナディア、シルビア、ベロニカ。


 これで満員だ。


 そして全員がこたつにつかまって出られないでいる。


 つまりバルタサルは入れない。


 どうしよう、と嫁達が困っているよ。


「バル、寒いのよ?」


「おう」


「ルシオちゃんが温めてね」


 といって、こたつにではなく、おれの腕にしがみついてきた。


「「「あ」」」


 三人がそろって声を上げる。それがあったか、って顔をした。


 おれにしがみついてきたバルタサルはと言えば、ほとんど間をおかず「すぴぃ」って寝息を立てはじめた。


 おいおい、キミはのび太くんか。


「いいですわね……それ」


 ベロニカがつぶやく、同時に「はっ」という声が聞こえた気がした。


 シルビア、ナディア、ベロニカ。


 三人の目が肉食獣のそれになった。こたつとは違って、おれの腕はまだ空きが一つある。


 マンガを読んでるが、前にも両手をつないだ状態で、嫁がページをめくってくれた事がある。


 マンガを読んでることは問題じゃない、腕はやっぱりあいてる。


 これをめぐっての争奪戦になるか、と覚悟していたら。


「うぅ……でられないです……」


「ああもう! こたつのばかばかばか」


「くっ、目の前にくっつけるチャンスがあるというのに」


 三人が揃って嘆いた。


 ……おれとくっつきたいけど、こたつからでられないから無理、ってことか。


 ……プッ。


 思わず吹き出した。


 結局その後、誰一人としてこたつから抜け出せることが出来ず。


 おれのもう片方の腕は、最後まで寂しく空きになったままだった。


 こたつの魔力、恐るべし。

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