「異世界行ったので何でも屋始めました!てへっ」「てへっ、じゃねぇぇぇ」
魔方陣から空中に投げ出された俺は、動じることなく完璧なトリプルアクセルを決めて、着地した。――異世界の市場らしき所に。
響き渡る奥様方の悲鳴。
俺の周囲には一瞬にして空白地帯が出来上がり、その先には遠巻きに見守る野次馬でできた人垣。
「衛兵さん、あいつです!」
声のした方を見ると人垣が割れており、白髪の子供がこちらを指さしていた。その後ろには鎧を着込んだ強面の男達の姿が。
よし! とりあえず、逃げよう。
俺は人垣を押し退けその場から逃走するのだった。
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衛兵どもは凄まじい執念を見せて俺を追い掛けてきたが、魔方陣から飛び出しながらトリプルアクセルを決めるという、偉業を達成した俺の敵では無かった。
「ねぇねぇ、お兄さん、名前なんてゆーの?」
そんな俺でも撒くことができなかったのが、衛兵を呼んだ白髪のガキである。
「ねぇねぇ、お兄さん、無視しないでよ」
先程からしつこく付きまとわれている。
「君、迷子かい? お名前は? おうちの場所分かる?」
内心ため息を吐きながら質問する。勿論、屈んで目線を合わせることを忘れない。我ながら完璧な迷子対応である。家の場所とか答えられても困るけどね。
「ハァ お兄さん、人に名前を聞くときはまず自分から名乗らないと」
まったく、この人なってないなぁという態度を見せる白ガキ。
「お兄さんの名前は荒井 熊吉って言うんだ。君の名前は?」
てめぇが先に聞いてきたんだろうが!――という内心をおくびにも出さず名前を教える俺。さすが!
「そうですか。くまさんですか。ボクの名前はクリスだよっ! よろしくねっ! くまさん」
「この可愛らしい子供の名前はクリスらしい。顔立ちが整っていて、見た目から男女の区別ができないため、名前に期待していたが名前からも判断できそうにない。あとさりげなく、くまという素晴らしいあだ名を付けてくれている」
「ナチュラルに心読んだ上に改竄すんな!」
「てへっ」
そ、そ、そんなあざと可愛いポーズをとっても、俺はど、動じないぞ!
「……」
クリスに付き合っていても仕方がないので、黙って立ち上がり歩き出す。
「くまさん、どこに行くの?」
「……(無視だ!無視)」
「身分証持ってないと、また衛兵さんに追いかけられちゃうよ~」
さっき追い掛けられたのは、半分はお前のせいだろっ!
因みにもう半分は自分の服装の所為だと思う。さっきから道行く人が不審人物を見る目で俺を見ているのだ、こうしている間にも衛兵が迫っている……かもしれない。
「何故身分証が無いことを知っているんだ…………まあ、いいか、身分証はどこで手に入るんだ?」
「それは、くまさん、定番のアソコだよっ!」
「あそこ?」
「もぅ~察しが悪いなぁ。ギルドだよっ! ギ・ル・ド」
ああ、なるほどギルドカードが身分証として使えるのは、確かにオンライン小説では割と定番の展開だ。しかし、何故こいつが定番を知っているんだ?
「何故こいつが定番を知っているんだっ! って顔してるね~くまさん。なんでか知りたい?ねぇ、知りたいでしょ?」
「いいえ結構です」
いい加減めんどくさくなってきたので、とりあえず拒否してしておく。
「それはね~、何故かというとね~」
「……(こいつ人の話聞いてねーな)」
「ボクがアカシック・リーダーという、アカシックレコードを読み取る特別な魔法を使えるからでしたぁ」
「……」
「……」
「…………」
「…………」
「えっマジで!?」
「…………ぷっ…あははははははははははははははっそ、そんな訳ないじゃん……ふふっアカシック・リーダーなんて。あははははははははははは」
「……」
路上で笑い転げるクリスの頭を掴み、近くの壁に叩きつけた俺は一人でギルドに向かったのだった。
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街の人々の冷たい視線に晒され、衛兵に追われること数回、遂に俺はギルドの建物まで辿り着いていた。心身ともに疲弊した俺は力なくギルドの扉を開け――
「くまさん、遅かったね!」
――閉めた。
これ以上精神的疲労が蓄積されることへの拒否反応だろう。仕方がない。そもそも、何故奴はピンピンしているんだ? どこかの街角の壁で染みになっている筈なのに。
「ギャグキャラは死なないんだよっ!」
そうこうしていると、扉を開けて奴の方から出てきやがった。
こいつはいつの間にギャグキャラになったのだろうか?
「それはそうと、ギルドに登録するにはこれが必要だから、持って行ってね!」
そう言ってA4サイズ程度の大きさの紙を押し付けてくるクリス。
クリスに引きずられるようにして、ギルドの建物に入った俺は中を見回す。
ギルドは特に何の変哲もない酒場のような場所だった。但し、普通のカウンター席に加え、ギルド関係と思われるカウンターもあるため、若干、カウンター密度?高めな感じがしなくもない。こういう場所なら、荒くれ者に絡まれてもおかしくないが、店で飲んでいたであろう冒険者は、何故か遠巻きに眺めるような雰囲気だ。
皆さん、どうぞ気にせず飲んでください。
「くまさん、冒険者になりたんだって。お願いできる?」
俺をギルド関係らしきカウンターまで連れてくると、何故かクリスが口を開いた。
「は、はい。かしこまりました」
ご多分に漏れず美人な受付嬢さんは、少し慌てたようにカウンターの奥の部屋に行った。書類でも取りに行ったのかと思っていると、クリスが横から小突いてくる。
「くまさん、あの紙出して!」
あの紙とは、入り口で渡されたA4くらい紙のことだろう。そう思ってカウンターの上に出しておく。
「…………こちらに名前、年齢、職業を記入してください」
案の定、書類を持って戻ってきた受付嬢さんは、カウンターの上に置かれた紙を確認すると、持ってきた書類の空欄を3つ指さした。
「名前は荒井 熊吉、年齢は17……職業?」
「職業は剣士とか魔法使いって書けばいいんだよっ」
そんなこと言われても、魔法も剣も使えない。元の世界で武術を習っていたような経歴もない。かといって嘘で剣士や魔法使いと書いても直ぐにバレそうだ。
仕方がないので、受付嬢さんに魔法も剣の使えないことを素直に話すと「無職でいいですよ」と笑顔で言われた。筆記具を持つ手が激しく抵抗したが、何とか書類を完成させることができた。俺が抵抗する手と激しい戦いを繰り広げる間、クリスの笑いが途絶えることは無かった。……あとで、殴る。
書類を書き終えると、5分程度でギルドカードが渡された。職業欄に明記された無職の文字が俺の心を抉る。そんな俺の心情などまったく気に掛ける様子もなく、俺の手を引いてギルドを出るクリス。
「おーい、どこ行くんですかー。クリスさーん」
俺のライフはもうゼロだ。クリスに手を引かれながら、フラフラと歩く俺にクリスは向き直ると、両手を取って気を付けの姿勢をさせる。
「ほらっ! シャキッとしてよぉ、くまさん。これからボクの家に行くんだよ」
「クリスの家?」
「そうだよっ。くまさんが訊いてきたんじゃない、おうちはどこって。あぁ、くまさんをおうちに入れたら、ボクはいったいナニされてしまうんだろうねっ!」
「何もしねぇよ! ってかおうちはどこっていつの話だよ、まだ続いてたのかっ」
なんかもう、こいつと話していると元気になってくる自分は末期だろうか。
「そういえば、この世界には魔法が有るんだな」
再び、家に向かって歩き始めたクリスに話しかける。
「あるよっ! あっ、もしかしてくまさん、魔法使いになりたいの?」
「ああ、魔法があるなら、魔法使いになるのもいいかもしれないな」
俺だってまだ高校生だ。そういうものに憧れはある。中学生の時にはオリジナル魔法をノートに書き記したものだ……
「残念! あと13年待ってくださーい」
「……(畜生、こいつ早くなんとかしないと)」
ニコニコ笑いながら俺のリアクションを待っているクリスを置いて、先に進む俺をクリスの声が追い掛けてくる。
「そっちじゃないよ! こっちだよ!」
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俺はなんだかんだ言いながらもクリスの家まで来てしまった。宿無し金無しの俺を泊めてくれるというからだ。クリスの家は豪邸と言っても差支えない程の大きさの家だった。その上、その豪邸がもう一軒建ちそうなほどの巨大な庭まである。さらに、クリスはその屋敷に一人暮らしだった。このサイズの家に一人暮らしなど俺だったらごめんである。不気味すぎる。
そんな豪邸の一室で俺とクリスはテーブルを挟んで向き合って座っていた。
「でわっ、これから第1回くまさんの人生設計会議を始めたいと思いまーす。ドンドンパフパフヤッタネ!」
「おー」
クリスのハイテンションについていけないので適当に返事をしておく。
「……あっそうだ……単刀直入に言うよ。くまさん、ボクと何でも屋をやろうっ!」
「いや、それ、今思いついただろ!」
「えぇ~いいじゃん、やろうよっ! 多分楽しいよっ」
「ギルドもあるし、そんな仕事儲からないだろ」
「儲からなくても大丈夫だよっ! くまさんはボクが養ってあげるね」
クリスは凛々しいことを言っているが、言われたこっちとしては複雑な気分だ。性別不明のクリスに言われると余計に複雑である。とにかくこんな子供に養って貰うわけにはいかない。この家を見る限り人1人くらい養えそうだが、俺のプライドが許さない!……筈である。
「俺はギルドで稼ぐ」
「ギルドとかつまんなーい。やろうよっ何でも屋!一緒にやってくれないなら衛兵に突き出しちゃうぞっ!」
い、いやっ、そんなあざと可愛いポーズで、お、俺は動じないからなっ!
「みっ身分証持ってるから、突き出されても大丈夫だし」
それを聞いたクリスの笑みが深まる。
「分かってないなぁ、ボクはくまさんの身元引き受け人なんだからねっ」
「身元引き受け人? いつの間に?」
「ほらっ、ギルドに登録した時に提出した紙だよ。本来、住所がない人は登録できないけど、身元引き受け人いれば登録できるんだよ。だからぁ、ボクが衛兵さんのところに行って『グスッ、無理やり(身元引き受け人に)されたんですぅ』って言えばイチコロだよっ!」
……それは……確かにイチコロかも知れない。
「でも、ギルドの人がっ!」
「ギルドの人はボクのお願いきいてくれるからね」
こうして、俺は正体不明のクリスと何でも屋を始めることになったのである。
「ボクたちの戦いはまだ始まったばかりだよっ!」