第6話『リアルブレイカー』
『甘美薬瓶』。
それは決して空になることがない魔法の小瓶。
そして【魅了】状態にさせる薬液を無限に作り出せる魔具でもあった。
その薬液を飲んだ者は魔具の所有者に心を奪われ、永遠にその者を愛し続ける運命を背負う。
「……さあ! 僕に愛を誓うんだぁあああああああああああああああ!」
アキナが飲んだ液体もまた同じ薬液。
彼女がイカレタスに心を奪われているのは明白だった。
しかし――
「お断りします! というかもう我慢の限界! 帰って! お願いだから帰って!」
――肝心のアキナはイカレタスに愛の誓いをするどころか、全力で拒絶をしていた。
「……はぁ?」
わけが分からず間抜けな声を上げてしまうイカレタス。
そんな彼にアキナは続けて言い放つ。
「そこの兵士を連れて帰れって言ってるんですよ! このキャベツ!」
「僕はレタスだ! ……じゃなかった、イカレタスだ!」
イカレタスは名前を間違えられて激昂するが、それよりも現状の把握をする方に意識を削がれていた。
確かにアキナは『甘美薬瓶』から湧き出る薬液を飲んだ筈だ。
それなのにどうして心を奪われていない?
それが分からず、イカレタスは苛立たしげに地団太を踏んだ。
「クソ! これはどうなっているんだぁ!? 爺! 三行以内で説明しろ!」
「私も分かりません! これは想定外でございます!」
「この役立たず! 僕の魔具を使えばどんな女もイチコロじゃなかったのか!?」
「そ、そうなのですが! そうなのですが! ……ハッ!」
二人はしばらく『甘美薬瓶』の効力を疑っていたが、ふいにある結論に辿り着く。
彼らの視線はアキナの持つ、翡翠色のグラスに向けられた。
「まさか……あの聖杯のせいか?」
「馬鹿な。例え修復魔法で直したとしても、元々偽物だったあのグラスに聖杯のような力はありませんよ!」
「ば、馬鹿爺! そんなこと堂々と口にする――!?」
声を荒げようとしたイカレタスは途中で言葉を失った。
何故なら突然店の奥から現れた銀髪の少年が、手当たり次第に兵士の鎧を破壊しまくっていたからだ。
鉄製の金槌で叩かれた鎧は瞬時に砕け、塵になり、兵士達の装備をゼロに変える。
下着姿になった兵士達は客達を抑えつけることも忘れ、悲鳴をあげながら店の外へと退避してしまった。
「贋作魔具ナンバーその1【粉砕金槌】。本物は触れた場所しか砕けないが、先代が作ったこのハンマーは触れるだけで全体を砕くことができる」
「シグマ君!」
「アキナさん、どうでしたか、俺の作品の効果は?」
「……最高でした!」
「何なんだお前はぁあああああああああああああああああああああああああ!?」
自分達を無視してアキナに抱きつかれる少年に対し、イカレタスは腹の底から怒声を吐き出す。
そんな彼に対し、少年は不敵な笑みを向けてこう言った。
「俺の名前はシグマ・ブレイカー。贋作屋『リアルブレイカー』のマスターです。以後、お見知りおきを。……勿論、あんた達が“本物を越えた贋作”を求めるならの話だけどね」
「よく見てみな」
シグマはアキナから聖杯を受け取り、それをイカレタス達に向かって放り投げた。
イカレタスはそれを受け取り損ね、咄嗟に爺が掴み取る。
その際、聖杯の裏面が上を向くような形になった。
「……この紋章は!」
「んん? 僕が持ってきた物にこんなマーク刻んであったか?」
そこには二本の剣が交互に重なるような絵が刻んであった。
否。良く見ればそれは片方の剣がもう片方の剣を叩き折っているようにも見える。
贋作が本物を越える。その一幕を表現した紋章。
その紋章を見た瞬間、爺の顔から一気に血の気が引いた。
顔面蒼白になって瞳を泳がせる爺を見て、イカレタスは何が起きたとばかりに動揺している。
「じ、爺よ! どうした!? 大丈夫か!?」
「ま……まさか……あの噂は本当だったと言うのですか?」
それは爺がまだ若かりし頃の話。確かに王都の中で広まっていた噂であった。
“本物を越えた贋作”を生み出すことができる伝説の贋作師。
通称『本物壊し』。
彼に模倣できないものは存在せず、神話の時代の魔具だろうが、人知を超えた古代遺物だろうが、必ず本物以上の性能を持つ贋作を作成する。
故にあらゆる生産者から不況を買い、蔑まれ、いつしか王都を追われたという自業自得の末路を辿った愚かな男。
「そんな……ありえない。しかし……後継者がいたのだとしたら……! だがそもそもの話、あれはただの与太話だった筈!」
「おい爺! 僕にも分かるように説明しろ! 一体何の話だ!」
爺はイカレタスの言葉に反応せず、静かにシグマの顔を見た。
その時、彼の紅蓮の瞳がこちらを向いた。
「何か聞きたそうにしてますね? 今なら何でも答えますよ。商売ですから」
「……この聖杯の効力を聞かせてもらえますかな?」
「ええ、勿論」
シグマは不敵に笑う。
自由の身になっていた客達も、カズマも、抱きついた状態をあっさり解除されたアキナも誰一人彼を止めない。
今この時だけは、完全にシグマが場を支配していた。
「器に注がれた液体はどんな物でも清浄な水に変えてしまう。その聖杯にはそんな力はあります。……例えそれが毒でなくてもね」
「なるほど……それは素晴らしい。しかしそこまで強力な力を持つのならコーヒーを飲むこともかないませんでしょうね」
「あはは! 確かに! ……やっぱその辺りは欠点に入るよなぁ」
爺が諦めたような乾いた声で呟き、シグマが困ったように笑う。
そこにさっきまでの剣呑な空気は存在しない。
誰もが二人のやり取りを静かに見守っていた。
しかし、そんな光景に水を差す者が一人だけこの場に存在した。
「結局何がどうなってるんだぁあああああああああああああああああああ!」
……そう。イカレタスである。
彼は激昂し、憤激し、激怒した。つまり無視されて怒っていた。
そして計画も何も無い、力任せの行動に出たのである。
「もういい! こんな店ぇ……貴族の権限でぶっ壊してやる!」
「それは無理だね」
だが、シグマは余裕の表情でイカレタスの言葉を否定した。
「どういうことだ!?」
「彼は一部始終見てたから、言い逃れはできないよ」
そう言ってシグマが店の外を指差すと、示し合わせたように一人の男性が店の中に入ってきた。
イカレタスとは全く異なり、神々しささえ放つ金髪の男。彼は傷だらけの革鎧を着ていて、腰には鞘の無い漆黒の剣を差していた。
その人物を見て全員が戦慄する。
「嘘……!?」
「え? マジかよ!」
「ちょっと待て! サイン! サインしてくれ!」
アキナは驚愕し、カズマは困惑し、爺は我を忘れた。
そしてイカレタスが限界まで眼を見開きながら呟く。
「……何故、勇者様がこんな所に……!?」
勇者。
それはこの世界を滅ぼそうとしていた魔王を倒し、世界を救った伝説の英雄である。
世界の救世主となった彼は一代限りの『世界王』という称号が与えられており、各国において国王と同等の権限を有している。
その為、世界で彼の顔を知らぬ者はいなかった。
「……なんとかレタス君だっけ? 俺も忙しい身なんだけどね。恩人の頼みだから仕方なくここに来たんだよ」
「ほんと悪かったな、アイン」
「別に気にしないでくれよ。シグマには返しても返しきれない恩があるんだから」
二人の親しげな会話に店内は別の意味で静まり返る。
世界の救世主に恩人と言わしめるシグマを、全員が口を開けたまま呆然と見つめていた。
その光景を見てしばし苦笑していた勇者であったが、彼はすぐに顔を引き締めて宣言する。
「『世界王』アインの名において命ずる! イカレタス・ゴルディとその爺、コネル・ワルビラーは脅迫、誘拐の現行犯として重犯罪者に認定! よって貴族の身分を剥奪する!」
「なぁ!?」
「……やれやれ、おしまいですか」
それは呆気ない幕切れ。
勇者の宣言により、イカレタス達は犯罪者となった。
静まり返った店の中で、その事実を飲み込み始めた者から笑顔が生まれていく。
アキナとカズマも目に涙を浮かべながら喜んだ。
「「「「やったぁーーー!」」」」
同時に店の中は歓喜の声で満たされ、客達が一気に騒がしくなる。
今まで我慢していた冒険者達が当然のように酒を注文し、カズマがそれに笑顔で応えていく。
そんな中、アキナだけがシグマの横顔を見つめていた。
「あの……シグマ君」
「ん?」
「一体、どうやって勇者様を連れてきたの? ううん……勇者様とはどんな関係なの?」
「まあ、色々あったんだよ」
望んだ答えは返ってこない。
半ば予想通りだったが、アキナは不満気に頬を膨らませた。
シグマは苦笑を浮かべながら、バツが悪そうに店の外に視線を移す。
「嫌だぁああああああああああああああああああああ! 放せぇえええええええええええええええええええええええええええええ!」
「おほほほほ! その往生際の悪さ! 流石でございます!」
「アンタら煩い!」
その視線を追うと、すでに簀巻きにされていたイカレタス達が勇者に担がれて何処かに連行されている途中だった。
そしてアキナは気付く。
勇者の腰に提げられた漆黒の剣。
通称『魔王殺しの魔剣』と呼ばれるその刀身に、何処かで見たような紋章が刻まれていることを。
ここまで書いて、正直コメディーになってるのか分からなくなったww




