第5話『約束の日』
訪れた約束の日。
いつもは酒を飲んではしゃいでいる冒険者達も、この時だけは沈黙を保っていた。
まるで危険度の高い魔物を相手にするかのように息を殺し、隙あらばスキルの一つでも叩き込んでやろうと各々が自分の武器に手を添えている。
「お前ら……気持ちはありがたいけど飯くらい注文しろよ」
「俺マッシュドポテト」
「私パフェ」
「俺はビーフシチュー」
「うちは和の定食屋だっつーの!」
カズマは知らずに突っ込みを入れたが、実のところ、これは冒険者達の確固たる意志の現れであった。
冒険者は魔物と戦う機会が多いため、他の職業に比べて圧倒的に死亡率が高い。
故に冒険者達は難易度の高いクエストを受けたり、死地と思われる場所に赴く前は事前に己の好物を満腹になるまで食べたりする。
つまりは自分の身が危険になることも覚悟の上だというサインなのだ。
そして冒険者に限らず、この場にいる客の殆どが同じ思いを共有していた。
(((何がなんでも俺達のアイドルは守る!)))
日々彼女のスマイルに元気付けられてきた客達は今、この時の為に生きていたのだと馬鹿貴族に立ち向かう覚悟を持っていた。
「ま、大丈夫ですよ。俺が保障します」
そんな彼らの想いを知ってか知らずか、シグマは暢気な声でそう言った。
すでにシグマの正体を『忘却の砂時計』によって忘れ去られている客達は、その無責任な発言に苛立ちを覚える。
「シグマ君がそう言うなら安心だね!」
しかしアキナが全幅の信頼をシグマに寄せていた為、客達は何も言い返せなかった。
そんな不満ありありの顔ぶれを見て、事情を知っているカズマは苦笑する。
その時だった。
突然乱暴に店の扉が開かれ、神経を逆撫でするような挨拶が飛び込んできたのだ。
「ハッロ〜エブリバッディィイイイイイイイイイイ! 迎えにきたよ! マイハニー!」
「ほほほほほ! 約束どおり参りましたぞ(毎回うるせえなこのガキ」
「本音が漏れてるぞクソジジイ!」
「ひほほほほほほほ! これは失礼しましたターレス坊ちゃま」
「待て!? 間違えるにしてもそれは言っちゃ駄目なやつだろう!」
店の中に入ってきたのは二人の男だった。
言わずもがな、イカレタス・ゴルディとその爺である。
彼らは下層区内において明らかに場違いな高級服を身に包んでおり、どちらも悪役さながらの笑みを浮かべていた。
「さぁて。例のブツは用意できたのかな? かなかな? どうせできてないんだろぉ? できてないんだよねぇ? じゃあアキナたんは貰っていこっかなぁ!」
「ほほほ! 相手の言い分も聞かないその姿勢! 流石でございますなぁ!」
明らかに相手を見下している対応に、店内の雰囲気が剣呑なものになる。
ある者は剣に手を沿え、ある者は魔法の詠唱を素早く済ませ、ある者は心の中で呪詛を送った。
そんな中、カズマはカウンター席に置いてあった木箱を抱え、イカレタス達の下に歩み寄る。
「ちゃんと言われたとおり、解毒効果のある魔具を持ってきました」
「……ぬぁんだとぉ?」
「ふ、ふん! どうせ見せかけだけの偽物でしょう! 貴方達平民に用意できるわけがない!」
まさか本当に用意してくるとは思っていなかったのか、爺は表情を固くしながら木箱を受け取った。
そして木箱の蓋を開けるなり、爺はにやりと微笑んだ。
「これは……我々が持ってきた聖杯ですか。これなら納得できますな」
「ほう?」
爺の言葉を聞いてイカレタスも安堵しながら木箱の中身を覗き込んだ。
その中に入っていたのは、翡翠色のグラス。
それは間違いなく、一週間前に自分達が持ってきたものと同じであった。
「なるほどぉ。直さなくていいって言ったのにわざわざ修復の道を選んだわけかぁ。……平民風情が実に小賢しい真似をするね〜」
イカレタスは箱から自分達の聖杯を持ち上げ、不愉快そうに顔を顰めた。
そんな彼に疑問を抱いたアキナは、いつの間にか店の奥に隠れていたシグマにこっそり尋ねる。
「ねえ、シグマ君。あの人達、なんで妙に納得してるの? 仮にも魔具を用意してあるんだから、普通はもっと驚かない?」
「……? あの反応はむしろ普通だと思うけど」
修復したものだろうが、偽物だろうが、魔具であるなら驚愕してもおかしくない。
アキナはそう考えていたのだが、どうやらシグマの中ではその考えは間違っているらしい。
きょとんと首を傾げるアキナの反応に苦笑を漏らしながら、シグマは魔具について簡潔に説明する。
「まあ、あまり知られてないから仕方ないかもしれないんだけどさ。魔具の修復って割と簡単な作業なんだよ。贋作作りよりもよっぽどな」
「どういうこと?」
「完成形も知らずに、最初からパズルを組み上げるのは難しいだろ? だけど、一度完成形を知っている状態ならパズルの難易度は格段に下がる。それと同じで、魔具は発明するのは困難だけど、一度完成したものの修復なら簡単にできるんだよ」
「でも、その考えだと贋作を作るのも簡単じゃないの? 本物っていうお手本があるわけだし」
「そりゃあ構造理念を把握してる分、魔具の発明よりは簡単さ。だけど物質に加える魔力の質とか、概念機構の焼き込みとかは全部一から調整しないといけない。だから普通の贋作には本物のような魔法効果を付与できないんだ」
真に難しいのは一から作り始めること。
故に魔具の効果を模造することは不可能に近い。
そう言うシグマの言葉には、身を持って体験したという確かな気苦労が感じられた。
では“本物を越えた贋作”を作るなど夢のまた夢なのではないか。
アキナは急に不安な気持ちに襲われ、己の体を抱きしめながらイカレタスの方に視線を移した。
どうやらシグマと話しているうちに状況が少し変わったらしい。
爺がイカレタスから聖杯を受け取り、呆れたように肩を竦めている。
「まあ、修復するにはやはりそれなりの魔術師の力が必要です。そんな知り合いを平民が持っているとは考え難い。故に本当に魔法効果を残しているのか不安が残りますなぁ?」
「……じゃあ、どうするって言うんですか」
明らかに挑発するような問い。
カズマは拳を握り締めながら爺を睨み付けた。
しかし爺は不敵に笑い、胸ポケットからピンク色の小瓶を取り出す。
その時、その場にいた全員がその意図を察して店内が一気に騒然となった。
「まさか……!」
「ええ。皆様方がお察しの通り、これは猛毒です。これを今から聖杯に注ぎますので、どうか試飲して頂けたらと思っています。……アキナ様にね!」
ビシッと効果音が付きそうな勢いで指を差す爺。
その先にいたアキナは激しく動揺していた。
「ふええ? わ、私!?」
「馬鹿言うな! 実験台なら俺がなる!」
カズマは声を荒げ、周囲からも「いや、俺が代わりになってやる!」という声が何度も飛び交った。
しかし、爺は鬱陶しそうにするだけで話に取り合わない。代わりにイカレタスが正論を述べた。
「この聖杯を用意した者はお前なんだろぉ? だとしたらこうなる展開を予想してあらかじめ解毒剤を摂取している可能性だってある。それなら絶対に僕が指名しないであろう人物にあえて実験台になってもらう方が、より正確に魔具の効果を確かめられると思いますけど? 何か文句でも? あるの? 私兵呼んじゃうよ?」
「どうします? どうします!? この条件を飲めないのでしたら魔具を用意できなかったと見なし、すぐにでも私兵をここに呼んでアキナ様を連れて行きますよぉ?」
イカレタスの発言に便乗して爺はノリノリで語り出す。
どうやらこの爺。人が困っている状況を見て楽しむ性癖があるようだ。
その心から楽しそうな表情を見て、冒険者達が思わず攻撃態勢に入る。
「私、やります!」
しかし、アキナの一言が店内の時を止めた。
イカレタスや爺は勿論、カズマも周囲の客達も含めて、まさかアキナが自分からやると言い出すとは思っていなかったのだ。
たった一人の少年を除いて、誰もがその場に固まってしまった。
そんな少年と一人の看板娘は、互いの視線だけで思いを伝え合う。
(――俺を信じろ)
(――貴方を信じます)
そして、アキナはしっかりとした足取りで爺の前に歩み寄った。
「さあ、どうぞ」
「……ふふふ。その虚勢がこの後も続けばいいですねぇ」
全く怯えを見せない少女に対し、爺は内心で舌打ちする。
もっと怖がってくれないと興が冷めてしまうではないか。そんな苛立ちが彼の中にあったのだ。
しかしこの状況は計画通り。
この先の展開を楽しみにしながら、爺は聖杯にピンク色の液体を注いでいった。
「飲みたまへ! さあ! ぐいっと飲みたまへ!」
「言われなくてもそうします」
待ちきれないとばかりにイカレタスが合いの手を送る。
そんな彼を鬱陶しく思いながら、アキナは聖杯の中身を一気に飲み干した。
その瞬間、状況は大きく動き出す。
「やったぁああああああああああああああああああああああああ! これでアキナたんは僕のものだぁあああああああああああああ!」
「ふはっはははは! 残念でしたね! これでアキナ様の心はこちらのものですよ!」
空になった聖杯を見て歓喜に打ち震えるイカレタス。そしてざまあみろと舌を出す爺。
そんな彼らを見て、店の客達は何かの罠が仕掛けられていたとようやく気付いた。
「あいつ……やりやがった!」
「お、おい! アキナちゃんは無事か!?」
「このレタス野郎が! ぶっ殺してやる!」
「私の妹分に何しやがったぁああああああああああああ!」
途端に周囲が声を荒げた。
そしてその展開を予測していたかのように、当然店の中に鎧を着た兵士達が流れ込んでくる。
「こ、こいつら!? あの変態貴族の私兵か! ……ぐあっ!?」
「クソッ! てめーら入ってくると狭苦しいんだよ! ……いてっ!」
冒険者達は抵抗するが、店のテーブルや椅子を気にして上手く動けない。
その結果、その場にいた全員がゴルディ家の私兵に捕らえられしまった。
静かになった店内でイカレタスがステップを踏みながらアキナの前に跪き、そって手を差し伸べる。
「僕と一緒に来てくれますかぁ?」
それはまさに、アキナが同意してくれるという確信がある行動だった。




