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第4話『夜の思惑、朝の決意』

 贋作とは本物を真似た模造品ではあるが、見せかけだけの紛い物であってはならない。

 構造理念も魔力の質もその効果も全ては借り物。

 しかし、決して本物には負けない。負けてはならない。

 それが本物の贋作師が生み出す作品なのだ。

 だからこそ、少年には一つの信条がある。

 それは工房に立て掛けられている様々な道具。そこに刻まれた紋章を見れば一目瞭然だろう。


 「【フェイクマジック】」


 既に時間は深夜過ぎ。シグマは一人、工房の中で贋作作りに励んでいた。

 アキナは既に帰宅しているのでここにはいない。

 本当は泊めても問題ないのだが、流石にそれは父親に余計な心配を掛けてしまうだろうという配慮で家に送っておいたのだ。

 もしもアキナが今の作業を見ていたら、きっとこう言っていただろう。

 まるで無から有が生まれているかのようだ……と。


 「それにしても……相手は貴族か」


 作業机の上に置かれた聖杯を見つめ、シグマはぽつりと呟いた。

 例え満足な魔具を差し出したところで、本当に全ての問題が解決するとは思えない。

 馬鹿貴族の方はともかく、知恵が働きそうな老人の方は何か仕掛けてくる筈だ。

 そう考えるとやはり根回しは必要だろう。

 シグマは工房に置かれた道具の一つ。『アタッシュケース』の蓋を持ち上げた。

 銀色の箱の中に入っていたのは漆黒のコート。

 それは質のよい革で作られており、背中の部分には『リアルブレイカー』の証である紋章が刻まれていた。

 シグマはそれを羽織って『転移門』に向かう。


 「さて、期日はあと六日。それまでにあいつを探し出せるかな?」


 そんなことを呟きながらシグマは漆黒の扉を開け放つ。

 そして彼は光に飲まれて姿を消した。

 







 金の食器に乗せられた肉を齧りながら、イカレタスは口を開く。


 「なあ爺よ。あんな提案を承諾したが、もしも本当に聖杯に代わる物を持ってきたらどうするつもりなのだぁ?」


 そんなイカレタスの不安を笑うかのように、爺は余裕のある態度で答えた。


 「大丈夫ですよ坊ちゃま。それはそれで坊ちゃまにとっては大チャンスですから」

 「ほう? 聞こうじゃないか。爺の悪行とやらを」

 「ほほほほ! 人聞きの悪いことは言わないでくださいませ。できれば知略と申してください」


 爺とイカレタスは共に醜い笑みを浮かべあう。


 ((うわっ……こいつの顔気持ち悪いな))


 そして内心では互いの顔を貶しあっているのであった。


 「……まあそれはともかく、私が指示した魔具の効果を覚えておりますかな?」

 「解毒だろう? まあ、わざと割ったあの聖杯はただの硝子だったわけだが」

 「正解でございます。ですから毒見をさせればいいのですよ。あの小娘に」

 「いや、それはやっちゃ駄目だろう」


 もしそれでアキナが死んでしまったら元も子もない。

 そのことを考慮してイカレタスは爺の提案に拒否の意を示した。

 しかし、爺は醜悪な笑みを浮かべながら首を横に振る。そして執事服についてある胸ポケットから、ピンク色の小瓶を取り出した。


 「飲ませる毒は……これでございます! どうですか!? 激ヤバでしょう! ほほほほほおほほほほおおほおゲホゲホ!」

 「……それは、ま……まさか!?」


 その小瓶の中身はイカレタスも知っているものだった。

 それはゴルディ家に伝わる真の魔具。

 マグマのようにドロドロな愛が込められた魅惑の秘薬である筈だ。


 「つーか爺よ。何でお前が僕の家宝を持ってるんだぁ?」

 「ほほほほほ! 私が咳き込んだことについては無視ですかな? これは手厳しい!」

 「おい、クソジジイ。話をすり替えるな。……ま、いいか。大丈夫?」


 爺の真意を悟ったイカレタスは、この時機嫌が最高潮に達していた。

 あの定食屋が聖杯の代わりになる魔具を用意できなかったらそれまで。アキナは自分の嫁にすることができる。

 そしてもしも代わりの魔具を用意できたとしても、アキナの心は自分のものになる。

 どっちにしても自分の思うがままとなる未来を想像し、イカレタスは心を躍らせた。


 「ひゃっはー! 約束の日が楽しみぃいいいいいいいいいい!」

 「おほほほほほおほほほほほおほほほほほゲホゲホ!」


 二人の笑い声は屋敷の外まで響き渡る。

 そしてこの夜、王都の中層区では謎の騒音のせいで眠れないと訴える住人が続出した。







 「……ん?」


 アキナが目を覚ますと、そこはいつもの自分の部屋だった。


 「私、いつの間に帰ってきてたんだろう?」


 窓の外は明るい。どうやらすでに夜が明けているようだ。

 アキナは寝ぼけた頭をすっきりさせる為に、まずは顔を洗おうと部屋を出る。

 カズマの部屋とアキナの部屋はそれぞれ『こまち』の二階にあり、洗面台や食卓、浴槽などは全て下の階にあるのだ。

 顔を洗っていると、後ろから「起きてきたのか」と声を掛けられた。

 そこでアキナは顔をタオルで拭き、さっぱりした表情で振り向いた。


 「おはよ。お父さん」

 「おうよ。今日もバリバリ働くぜ!」


 カズマが自分の腕を叩いてやる気を見せる。

 昨日あんなことがあったにも関わらず元気そうでなによりだ。

 よっぽどシグマを信用しているのだろう。そう思うと、アキナはなんだか嬉しくなった。


 「ねえお父さん。私、いつ帰ってきたのか覚えてる?」

 「ああ。深夜過ぎくらいに、シグマ君がお前を背負ってここまで運んでくれたんだよ。『夜中まで娘さんを借りてすみませんでした』って謝りながらな」

 「ええ!? 私、シグマ君におんぶされてたの!? そういえば、帰ろうとしたら急に眠気に襲われた覚えが……」

 「俺……何であのガキをぶん殴らなかったんだろう……」


 頬を赤らめる娘を見て思わず拳を握るカズマ。

 娘の恋路を邪魔するつもりは無いが、やはり多少は不愉快に思ってしまうのである。

 しかしこれから六日間、シグマはこの店には来られないと言っていた。

 その間に何をするつもりなのかは分からないが、常連が一人減るというのは素直に残念に思う。


 「アキナ。お前は彼の仕事場を見てきたんだろう? どんな感じだった」

 「そりゃもう凄かったよ!」


 試しにそう尋ねてみると、アキナは両拳を可愛らしく握りながら興奮したように熱く語り出した。

 その様子からシグマの仕事は信用に値するとカズマは改めて思い直す。

 そして約束の時まで、自分は自分の仕事に専念しようと気合を込めるのだった。


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