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第3話『贋作の作り方』

 藁にも縋る。まさにそんな思いだったのだろう。

 カズマとアキナは悩むことなく、手渡された契約書に自分の名前をサインした。

 それを確認したうえで、シグマは書類を受け取ってポケットの中にしまい込む。


 「――さて、これにて契約完了です。俺はこれから聖杯の贋作を用意しますんで、数日はこの店には来れないと思います。いいですか?」

 「え!? そ、それは駄目!」


 シグマの確認にアキナは異議を唱えた。

 まさか反対されるとは思っていなかったのか、シグマは目を白黒させながらアキナの顔を伺う。


 「えっと……何か問題でも?」

 「あ、あの……贋作ってどう作るのかなぁって……思って……その……」


 シグマにまじまじと見つめられ、熟れた林檎のように顔を赤くするアキナ。

 羞恥に染まる彼女は最早自分でも何を言っているのか分かっていない状態だった。

 しかし、シグマにはアキナが何を言いたいのか理解できた。


 「なるほど。俺の贋作創りに興味があるんですね?」

 「は、はい!」


 シグマがあまりにも嬉しそうに尋ねてくるので、アキナは殆ど条件反射で首を激しく上下に振った。

 その様子を見てシグマはますます機嫌を良くしていく。


 「それは素晴らしい! だったら見学してみますか? 俺の工房……『リアルブレイカー』に」

 「それって……! シグマ君のお家ってこと?」

 「まあ、そうですね。基本的な寝泊りはそこで」

 「超絶行きます! 是非案内して欲しいです!」


 シグマの答えを最後まで聞かず、アキナは黒い瞳をキラキラ輝かせながら頷いた。

 そんな彼女の勢いにシグマは少し気圧されてしまう。しかしすぐに気を取り直してカズマの方に向き直った。


 「ま、そういうわけですので。少し娘さんを借りてもいいですか?」

 「……いや、普通に考えて駄目だろ」

 「お父さん! 許可してくれないなら私、お父さんのこと嫌いになるからね!」

 「シグマ君。娘をよろしく頼んだ」


 娘に頭が上がらないらしいカズマの様子にシグマは内心で苦笑する。

 そんな彼を少しでも安心させるように、シグマは断言しておいた。


 「まかせてください。あんなタコキャベツに、娘さんは絶対に渡しませんから」

 「いや、それもう別人だから!」






 定食屋『こまち』を出てからシグマとアキナは並んで歩いていた。

 夜の王都は静かなもので、二人を見ているの者は夜空に浮かぶ満月のみ。

 まるで夢のような状況にアキナは心が躍った。

 今まで些細な会話しかできなかった少年が隣にいる。そんな彼の横顔にアキナはすっかり見惚れてしまっていたのだ。


 (……いつ見てもカッコイイなぁ)


 一目惚れだった。

 その銀色の髪も、炎のように紅い瞳も、不器用に笑うその笑顔も、初めて見た時から惹かれていた。

 運命。そう……運命の出会いだと錯覚したほどの衝撃を受けたのだ。

 今の彼は普段と打って変わって自信に満ち溢れているが、それもまた素敵に見えて胸の鼓動が高鳴ってしまう。

 思わず抱きついてペロペロしたい衝動を抑えるのに、理性を総動員させるくらいには舞い上がっていた。


 「さて、ここなら誰も見ないだろうな」

 「え?」


 シグマの言葉にアキナは周囲を窺った。

 いつの間にか辿り着いていた裏路地の袋小路。そこは周囲が窓の無い建物の影に隠れていて、確かに誰かに見られる心配は無いように思える。

 しかし、ここは行き止まりだ。この先どうやってシグマは家に帰るつもりなのだろうか。


 (はっ!? まさかこんなところでプレイに走るつもりじゃ……!? べ、別に構わないけど、は、恥ずかしいな。やっぱりお風呂に入ってからじゃないと……!)


 アキナがそんな疑問を抱いた矢先、シグマはポケットから銀色の鍵を取り出した。

 それは柄の部分に星の紋章が刻まれただけの鍵だ。鍵の形自体は何処にでもあるようなシンプルなものである。


 「さてさて。じゃあ案内しますかね。俺の工房『リアルブレイカー』へ!」


 シグマが鍵の先端を壁に向けると、そこから一条の光が伸びた。

 まるで何もない空間に穴が空いたように、光の先から鍵穴が生み出される。

 シグマは当然のように鍵をその中に差込み、ゆっくりと右に回した。


 「きゃあああああ!?」


 次の瞬間。突然空間が縦に割れ、アキナは光の中に吸い込まれていった。






 そこは思っていたよりもずっと生活感のない部屋だった。

 レンガを積んで作られた壁。少しだけ埃が乗っているタンス。火を灯していない暖炉。

 奥の方に台所らしき場所があるが、恐らくそこも使われていないのだろう。離れていても分かるくらい、台所には何も置かれていなかった。

 部屋の広さはそこそこ。その中心に立っているアキナ達を挟み込むかのように、黒い扉が左右に取り付けられている。


 「ここが……」

 「そう! ここが俺の工房。いや、贋作屋『リアルブレイカー』と言った方が正しいかもな」

 「あの……このお部屋も魔具?」

 「ん? そうだな。魔具ってわけじゃないけど、所謂魔法の空間ってやつだな。さっきの『星光の鍵』でしか中に入ることはできない、俺だけの世界だ」


 アキナは部屋の様子を見て何故か胸が締め付けられるような気持ちになった。

 殺風景な部屋からは哀愁のようなものが漂っている。

 こんな寂しい所にシグマは一人で暮らしているのだろうか。そんなことを考えると、ついついお節介を焼きたくなってしまう。


 「ま、この部屋はあんまり気にしなくていいから。さ、こっちに来て」


 いつの間にか敬語をやめているシグマ。

 もしかすると家に戻ってきて素が出ているのだろうか。それとも店での態度は商売をする者特有の対応だったのかもしれない。

 そんなことを思いつつ、アキナはシグマに言われた通り黒い扉を潜った。






 なるほど。そこは確かに工房だった。

 アキナは部屋の中を見て感嘆とした溜息を零す。


 「凄い……!」

 「だろ? まあ全部使わないんだけどな」

 「ふえ?」


 部屋の中にあるものは見たことも無いような金属製の道具ばかり。

 辛うじてアキナに理解できたものは部屋の隅に設置された大きな炉と壁に立て掛けられた金槌のみだ。

 しかし、シグマはそれらを全て飾りだと言う。

 はっきり言ってわけが分からなかった。


 「まあ、まずは土台から作ろうかね」


 そう言ってシグマは部屋の隅に置かれた棚から翡翠色の水晶を取り出した。


 「あの……それは?」

 「硝子。あのタコにはそれで十分だからな」

 「……」

 「心配しなくても大丈夫だって。ちゃんと解毒作用を持たせれば立派な魔具になるんだから」


 シグマは半眼で睨んできたアキナに苦笑を浮かべる。

 そして百聞は一見に如かず、ということで、早速実演してみることにした。

 シグマは手の平に乗せた水晶の上に、もう一方の手を重ねる。

 やることは単純。自分の魔力を少しずつ注ぎ込むだけだ。

 心象を魔力に流し、物質に想いを顕現させる。


 「情報……伝達……形成……付与」

 「――ッ!?」


 アキナは彼の手にあった水晶の変化に言葉を失った。

 別段熱せられたわけでもないのに、硝子であるらしい翡翠の水晶は粘土のように柔らかく変形し始めたのだ。

 時々雷のような光を迸りながら、水晶はどんどん杯の形に姿を変えていく。

 恐らく三十秒も掛からなかっただろう。

 最後に眩い光を発した水晶は、昼間に見た物と全く同じグラスになっていた。


 「……とまぁ、こんな感じ。今は形だけだけど、ここから念入りな処理を施して、最終的には魔具にするんだ」

 「凄い! 凄い凄い凄い! 何もしていないのに勝手に水晶がグラスに! まるで魔法みたい!」


 アキナは完全に即席の聖杯に目を奪われていた。

 完全に予想外の製作方法だったが、ここまで完璧に贋作を生み出してしまうシグマの技量に圧倒されてしまう。

 だからこそ、アキナは余計にシグマの正体が気になった。

 素人にだって分かる。これは明らかに普通の贋作師の仕事じゃない。もっと別の何かだ。


 「シグマ君は一体……何者なの?」


 そう問われて、シグマは少しだけ困ったような笑みを浮かべた。

 いつも律儀に質問に答えてくれた彼が、その質問だけは答えることを拒否したのだ。

 だが、それはアキナにとって火に油を注ぐようなものであった。

 ますますシグマに興味を持ち、今まで以上に恋慕が燃え上がる。


 「シグマ君。貴方の報酬は一年間無料で料理を作ることだったよね」

 「?」

 「じゃあさ。朝も夜もここに来て、シグマ君にお料理作ってもいいかな?」

 「……え?」


 アキナは爛熟した林檎のように頬を赤らめながらも、必死な剣幕でシグマに詰め寄った。

 これにはシグマも動揺を隠せなかった。

 それも当然だろう。恐らく本人は気付いていないのだろうが、この部屋は『星光の鍵』無しでは入れない。つまりこう言っているのも同然なのだ。

 「この部屋に出入りできるように合鍵をください」……と。


 「そ、それはちょっと困る……かも?」

 「でも、でもでも! 台所、全然使ってないじゃない! お昼以外はお店に来てないけど、ご飯はどうしてるの? ちゃんとしたもの食べてる?」


 アキナがそう聞いた時、シグマは全力で目を逸らした。


 (あ……食べてないんだ)


 アキナとシグマの付き合いは長い。

 例え、店の中で会話する程度の仲だったとしても、『こまち』の開業当時から三年間。ずっと顔を合わせて来たのだ。

 ちょっとした仕草で、ある程度の心情を察することはできる。


 (あ……何か悪いこと考えてる)


 そしてそれはシグマの方も同じであった。

 毎回食事時に話し掛けられていれば嫌でもアキナの顔を見ることになる。それが長く続いた結果、彼女の表情を見ただけである程度の考えは察せるようになっていた。

 そして正直なところ、シグマはアキナの申し出を悪く思っていなかった。

 アキナのことは信用できるし、『こまち』の料理は大好きだ。それが三食いただけるというのなら、むしろ大歓迎である。

 なにせ、『こまち』が営業停止になることを恐れて、自分からこの仕事を請け負ったくらいなのだから。


 「……少し、考えさせてください」


 『リアルブレイカー』に関することは誓約書によって誰かに口外される恐れはない。

 その効果は絶大で、本人の意識に構わず発動する。

 例え本人が気付いていなくても、誰かに見聞きされていた場合は決して『リアルブレイカー』に干渉することはできない。

 そういう意味では合鍵を渡しても問題はないと言える。

 しかし、シグマにとって異性に合鍵を渡すという行為はどうしても抵抗を覚えるものでもあった。


 「……なら、考えておいてください」


 そんなシグマの逡巡に気付いてないアキナは、頭から拒否されなかったというだけでも十分満足できた。

 よって彼女はシグマの要望を満面の笑顔で聞き入れるのであった。



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