第2話『常連は贋作師』
「クソ! あいつら、最初からアキナを狙ってやがったな!」
カズマはカウンター席に拳を叩きつけて怒鳴った。
イカレタスの爺はこの店の常連だった。
恐らく、爺の情報によってイカレタスはアキナの存在を知ったのだろう。そしてアキナにわざと聖杯を壊させるように仕組んだのだ。
アキナは途中で足を引っ掛けられたと言っていた。その犯人もイカレタスの爺に違いない。
性悪貴族には勿論のこと、カズマは自分の無力さに腹が立って仕方がなかった。
一部始終を黙ってみているしかなかった客達も悔しそうに拳を握っている。
「お父さん……私、どうなっちゃうのかな?」
アキナの容姿は並みの令嬢よりも遥かに整っている。
カズマと同じく、東洋の血を色濃く受け継いだ彼女はこの国では珍しい黒髪をしており、涙に濡れるその瞳も同様に黒い。
元々可愛い顔立ちをしている彼女は、その特徴的な外見のおかげで余計に男達を惹き付ける魅力を持っていた。
きっとイカレタスがアキナを嫁にしようと思った理由もその辺りにあるのだろう。
言ってしまえば、アキナの見た目だけが目的なのだ。
更に言ってしまえば、アキナの体目当て。
そのことに薄々気が付いているアキナは両腕を抱えて子兎のようにプルプルと震えていた。
「……やれやれ」
静まり返った店内の中でやけに響いた少年の声。
アキナは咄嗟にその声の出所に振り返った。
そこにいたのはアキナが密かに想いを抱いている銀髪の少年。
彼は砕けた聖杯の欠片を持って、呆れた顔をしたままアキナ達の前に歩み寄った。
「これ。真っ赤な偽物ですよ。くっだらないただの贋作です」
「「え!?」」
少年の言葉に、アキナ達親子は互いに間の抜けた声を出した。
そんな彼女達の疑問を解消するかのように、少年は淡々と手に持った欠片を掲げながら言葉を続ける。
「これはただ翡翠色の硝子で作られているだけです。第一これが魔具だって言うんなら、この破片そのものに魔力が宿っていないとおかしいんですよ。だけどこの破片には何の力も感じない。普通、なんらかの魔力を帯びさせて偽装を施すのが贋作としての最低条件だっていうのに……お粗末にもほどがある」
少年は何処か不機嫌そうに聖杯の欠片をカウンターの上に置いた。
そんな彼を、アキナ達は呆然と見上げる。
いつも隅っこで美味しそうにご飯を食べていくだけだった少年の口から、ここまで博識な説明が飛び出したことが信じられなかったのだ。
そもそも魔力を感じ取れるのは、多少なりとも魔術に精通している者だけである。
もし少年の言っていることが真実ならば、彼は少なからず魔術師として活動したことがあるということだ。
「お客さん……アンタは一体?」
魔術師とは、世界中でもほんの数えるほどしかいないという超レアな職業だ。
そしてその大半は王宮魔術師として王に直接仕えているか、魔女や呪術師として犯罪に手を染めているか、ただの変人であるかの三パターンである。
この場合、少年は変人ということになるのだろうか。
銀髪が特徴的な少年は正体を問われるなり、ポケットから小さな紙切れを取り出した。
カズマはそれを受け取り、書かれていた内容を読み上げる。
「~どんな贋作でも用意します~贋作屋『リアルブレイカー』のマスター。シグマ・ブレイカー……だって!?」
「どうぞお見知りおきを。勿論、カズマさんが“本物を越えた贋作”をお求めになるんだったらの話だけどね」
驚愕するアキラに軽く頭を下げた少年――シグマは得意げにウインクをしてみせた。
その姿を見て、アキナは顔を紅く染め上げる。
そんなアキナの姿を見て、客の大半が盛大な舌打ちを鳴らした。
『こまち』を閉めた後、シグマ達は店の奥でそれぞれ席についていた。
シグマとカズマが向かい合わせに。顔を赤らめたアキナは自分からシグマの隣に座る。
そして話し合いは行われた。
「シグマ君。まずは君の話を正確に聞きたいんだが、構わないかな?」
「ええ。そりゃもう。商売ですから。……ですがその前に」
シグマは得意げに微笑み、それからポケットに手を突っ込んだ。
そこから折りたたまれた書類をニ枚取り出し、それをカズマとアキナにそれぞれ手渡す。
「これは?」
「誓約書です。これは魔具の一種で、署名すればそこに書かれている内容を強制的に守っていただくことになります」
「何だって?」
慌ててカズマ達は書類内容を読み上げた。
そこには手書きとは思えない流麗な文字でこう書かれている。
・この契約書に書かれている内容は絶対である。
・報酬として、この店の料理を一年間無料でシグマ・ブレイカーに提供すること。
・『リアルブレイカー』に関することは他言無用にすること。
・他の件で贋作を求めることになった場合、必ず『リアルブレイカー』を利用すること。
カズマ達親子はお互いの顔を見合わせた。
契約書の内容が思ったよりも深刻ではなかったからである。
一年間料理を無料で提供することも、魔具を用意することに比べれば圧倒的に安い話だ。
「……本当にこれだけで良いのか?」
「ねえ。今日のお昼にいたお客さん達もシグマ君のことは知ってしまったと思うんだけど、その人達にも『リアルブレイカー』のことは言っちゃ駄目なの?」
親子の疑問に対し、シグマは笑顔を絶やさず丁寧に答えた。
「契約書に書かれていることが全てです。それさえ守ってくれれば、俺はしっかりと贋作を作り上げて見せますよ。それと……今日の昼に店にいた連中にはもう対処をしていますよ。彼等は“忘却の砂時計”の力で『リアルブレイカー』に関する記憶を全て末梢されていますからね」
そう言って、シグマはポケットの中から紅い砂時計を取り出して見せた。
中に入っている砂も紅蓮の色を灯していて、何処か幻想的な輝きを秘めている砂時計。
思わずカズマ達親子は忘却の砂時計に見惚れてしまった。
「それも魔具なのか?」
「ええ。俺の生み出した贋作ですけどね」
「「……」」
なんてこと無いように打ち明けるシグマに二人は絶句する。
贋作というのは、確か見せ掛けだけの偽物ではなかったか。
そんな二人の心中を察したかのようにシグマは苦笑を浮かべた。
「だから言ったでしょ。俺は“本物を越えた贋作”を作れるんだって」
シグマの台詞ははっきり言って荒唐無稽にしか聞こえない。
しかし、彼の手にある紅い砂時計が妙な説得力を持っていた。




