第9話『贋作師と通い妻』
「――ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?」
「いや、驚きすぎだから」
その日。
シグマから合鍵を渡されたアキナは、自分でも吃驚するくらい大きな声をあげていた。
しかしそれも当然である。
アキナはただシグマの世話をしてあげたいと思っていただけで、まさか合鍵をもらえるなんて微塵も期待していなかったのだから。
だがシグマはシグマで、『星光の鍵』無しで工房に入ることはできないという、至極真っ当な理由で合鍵を渡しただけ。アキナの気持ちなど微塵も察することはできなかった。
(こ、こ、これって……これって! 言外に『付き合おう』って言ってるのも同然だよね!?)
何よりもアキナは舞い上がっていた。
それはもう盛大に。
「あ、あの……ご飯、作りにいってもいいんだよね?」
「その為に渡したんだ。何か問題でもあるのか?」
「ないないない! 何も問題ないよ! ありがとう! 結婚しよう!」
「ん? 今、何か聞いちゃいけない単語があったような……?」
「へへへへ……楽しみだなぁ」
それからアキナの暴走は始まった。
――朝。
アキナは普段より一時間も早く起きて、シグマに教わったとおりに『星光の鍵』を使ってみた。
部屋の中で鍵の先端を向けると、そこから光の線が伸び、何もない空間に鍵穴が現れる。
その穴に鍵を差込み、鍵を回した。
すると空間は扉のように縦に割れ、アキナを光の中に包み込んだ。
「……本当に来れた」
気がつくと、アキナは一度だけ訪れたことのある部屋――贋作屋『リアルブレイカー』――の中に立っていた。
殆ど手入れがされていないのか、部屋の中は少し埃っぽい。
きっとこの部屋の主は隣の工房に篭りきっているのだろう。そう考えたアキナはまず、部屋の掃除から始めることにした。
(まったく。私がいないと駄目な人なんだから☆)
ノリノリで鼻歌を歌いながら、次々と部屋の中を綺麗にしていくアキナ。
長年父親と二人っきりで生活してきた彼女にとって家事は日常茶飯事。慣れた手つきで何の苦もなく掃除を終わらせてしまった。
そして台所に自前の調味料を置き、持ってきた食材を使ってテキパキと調理に移る。
「うーん。やっぱり朝と言ったら味噌汁と玉子焼きかなぁ?」
基本的にシグマが定食屋で頼むのは五目炒飯の一択。
しかし何度か焼き魚定食を頼んだこともあり、その時に味噌汁も玉子焼きも美味しそうに食べていたことは確認済みだ。まず口に合わないということは無いだろう。
こちらも手馴れたもので、アキナが調理を始めると、忽ち台所から美味しそうな匂いが部屋の中に立ち込め始めた。
「……何だ? この良い匂いは」
「あ、おはよう。あなた!」
「ん? ……おはよう」
匂いに釣られ、眠そうな顔をしたシグマが隣の部屋から現れる。
そんな彼に、アキナは心底幸せそうな笑顔を浮かべた。
それからアキナはシグマと一緒に朝食を食べる。それはもう若年夫婦のような光景であった。
「アキナがいねえ! 何処行ったんだぁ!?」
余談だが、その間カズマはずっとアキナの姿を探していた。
――昼。
シグマは美味しそうに五目炒飯を食べている。
気のせいか、今朝よりもずっと美味しそうに笑顔を浮かべている。
それがアキナは許せなかった。ただしシグマにではない。怒りの矛は自分に向けられている。
(くぅううううううううううう! お父さんに負けたぁあああああああああああああああああ!)
やはり料理の腕はカズマの方が段違いに上だ。
なにせこの三年間、彼は一日も欠かさず凄まじい頻度で料理を作り続けているのだから。
料理の熟練度は伊達ではない。
そして、そんな彼の料理を三年間食べ続けてきたシグマの胃袋は、とっくの昔にカズマに握られているのである。
それは不味い。不味い事態だ。
アキナは自分の不甲斐なさ、実力不足を恥じてただただ悔しさを痛感する。
冗談ではない。シグマの胃袋を支配するのは自分だ。
アキナはその日から料理の修業をすることに決め、カズマから秘伝の技術を学ぶ事になる。
「アキナが俺に頼みごとをするなんて……! 生きてるって素晴らしいなぁ!」
余談だが、その日のカズマはとても舞い上がっていた。
――夜。
シグマは椅子に縛り付けられていた。
いつものようにダンジョンに向かおうとしていた矢先、料理を作りに来たアキナに止められてしまったのである。
「そんなことやってるからご飯を蔑ろにしちゃうんだよ! でも大丈夫! シグマ君の生活管理は私が責任をもって行うから!」
「だ、誰もそこまで頼んでないだろ!?」
「これはシグマ君の健康を思ってのことなの! そもそも夜明けまでダンジョンに潜るなんて何考えてるの! そんなのは冒険者の仕事だよ。シグマ君はもっと私といる時間を大切にするべき!」
「あれ? 気のせいか? 何か最後の方がちょっとおかしかったな」
「気のせいだよ」
こうして夜の食事もアキナはシグマと一緒に食べる事ができた。
シグマも食事の後は自由にされるので、あまり文句を言うことも無かったそうな。
「友達とご飯食べに行くって……家じゃ駄目なのかよ……!」
余談だが、カズマは一人寂しく夜の食事を済ませていたそうだ。
こんな日々がしばらく続き、カズマの体調がどんどん悪化。
そしてとうとう定食屋が臨時休業したその日、シグマはアキナに注意をすることになる。
怒られたアキナはすっかり塞ぎこみ、そのせいでカズマはシグマをぶん殴る。
シグマを殴ったカズマにアキナが激怒し、負の連鎖が三日ほど繰り返したのち。
ようやく普段の日常が戻ってきた。
「お父さん、今日もシグマ君にご飯作ってくるね」
「おう。早く帰ってくるんだぞ」
「はーい」
そして、今ではどうにかうまくやっていけている。
こうしてアキナは徐々にシグマの通い妻として定着していくのだった。




