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2-1:師からの手紙

この作品は【Die fantastische Geschichte】シリーズの一つです。設定資料集および【FG 0】と合わせてお楽しみください。

==============================

親愛なるセドナ。お元気ですか?


突然の手紙で驚いたことでしょう。これまで何の音沙汰も無しに、私は貴方の前から姿を消していたのだから。

無責任な師でごめんなさい。貴方が今どうしているかは分からないけれど、真面目な貴方のことだから問題無く仕事をこなしているのでしょうね。自慢の弟子の成長を見届けたかったけれど、今の私ではできそうにありません。

私が今どこに居るのか、教えることは出来ません。いつ帰れるかも分かりません。もしかしたら、一生貴方には会えないかもしれない。それだけ遠く離れた所にいます。

なぜ突然いなくなったのか。これも教えることはできませんが、賢い貴方ならいずれ気づくでしょう。私はある目的のために、去らねばならなかったのです。どうしても成し遂げなければならない事があり、それに取り組むことができる場所を求めて旅に出ました。

危険を伴うこともしているけれど、心配しないで。簡単には達成できないと覚悟を決めています。私は正しいことをしていると信じて進み続けます。そして必ずや、私の使命を果たしてみせますから、貴方には見守っていてほしいのです。


貴方はよく頑張っています。元々の才能も高いですが、それを驕ることなく磨き続けたからこそ、宮廷魔術師という狭き門をその歳で通ることができたのです。

ですがまだまだ足りないものもあります。貴方はまだ若いから完成されていない方が良いのですが、悠長なことを言っていては時間などすぐに消えてしまいますから、早めに動いておいて損は無いです。

師として一つ、貴方に伝えておきたいことがあります。

より広い世界を知りなさい。狭い世界に留まらず、貪欲に知を追い求めるのです。そうして視野が広がった時に悟ることが、貴方の進むべき道を決めてくれるでしょう。今こうして私が旅に出たように。

進むべき道が定まったなら、その時貴方は私を超えるでしょう。私から〈魔女〉の称号を奪うだけの力が、貴方にはあります。


貴方の名が私の下まで届く日を、心から楽しみにしています。


ベルキス・レギナ

==============================


【Die fantastische Geschichte 2】


――――――――――


【2-1:師からの手紙】

 読み終えた手紙を、ゆっくりと執務机に置く。その手は震え、そのまま持っていたなら力を込めるあまり、端に皺が寄ってしまっていただろう。母とも姉とも慕った師匠からの便りに、セドナは込み上げる感情を抑えきれず、崩れるように床へとへたりこんだ。理知的と称される黒い瞳を涙に濡らし、口元を覆い懸命に嗚咽を堪える姿を見て、誰が歴代最年少で宮廷魔術師となった才女だと気づくだろうか。セドナは一人の少女として、歓喜と思慕に打ち震えていた。

「お師匠様……! 生きて、生きていらっしゃったのですね……!」

肩から艶やかな黒髪が零れ落ち、絨毯に長い毛先が着いてしまうのも構わず俯く。年齢以上に大人びた落ち着きを見せる、常の凛とした彼女はそこには居なかった。個人に宛がわれている執務室でなければ、何事かと人が集まっていただろう。

 弟子であるセドナにすら何も告げず、突然行方を眩ませた稀代の魔術師ベルキス。その生死も分からなかった一年間は、セドナにとって暗澹(あんたん)たるものだった。全てを放り出して捜しに行きたくとも、職務放棄は師匠の期待を裏切ることに等しく、結局やりきれぬ想いを抱えたまま仕事をこなしてきた。そこへもたらされた本人からの報せは短いものだったが、失いかけていた希望を蘇らせるには十分であった。


 床に座り込んだまま、しばらくセドナは嬉しさに涙していた。そこへ、ノックの音とほぼ同時に執務室の扉が開く音が聞こえる。入って来たのは腰に剣を提げた青年。彼女の友人、クラウスである。

「セドナ! 今日も良い天気だな――って、どうしたんだ!? 何があった!? 誰に泣かされたんだ!」

彼はその淡い金の髪に勝るとも劣らぬ輝かしい笑みを浮かべていたが、セドナの泣き顔を見るなり血相を変え、驚くべき素早さで傍に来て膝を着いた。まるで姫を助けに来た騎士のような構図だが、彼の心情としてはまさにそれだろう。心配そうに顔を覗き込む彼へ、セドナは事情を説明しようとするも、上手く言葉が出ず首を振るだけになってしまう。その様子は間違った印象を助長し、剣の柄に手を乗せた彼は扉の外をキッと睨んだ。

「まさか、いつもの連中の嫌がらせか! 実力で敵わないからって、何をしたか知らないが、セドナを泣かせるなんて……!」

 異例の若さで宮廷魔術師となったセドナは、才ある者の宿命で嫉妬や逆恨みをされることがこれまで多々あった。彼女が取り乱している原因をそれだと思うのは当然のことで、今回は全く関係無いなどと今来たばかりの青年は知る由も無い。怒りの炎を藍色の瞳に宿らせ、今にも犯人を斬りに行きかねない激昂ぶりだ。慌ててセドナが声を上げるも、彼の耳には届いていなかった。

「セドナの優しさにつけ上がりやがって、今日という今日は許さん」

「ま、待って。クラウス、違うんです」

「俺が仇を取って来る。ここで待っていてくれ。――セドナに手を出した不届きなおっさんどもめ、全員血祭りにあげてくれる!」

「クラウス、待ってください! ――〈時の鎖よ〉!」

 何度名前を呼んでも聞かないクラウスへ、とうとうセドナは実力行使に出た。部屋を出ようとする彼に動きを止める魔法をかける。短い詠唱だけで、彼はドアノブに手を伸ばした中途半端な姿勢で固まってしまった。彼の暴走ぶりを目の当たりにし、取り乱していたはずのセドナの方は逆に冷静になっていた。立ち上がると、悲しみとも呆れともつかない複雑な表情で話し掛ける。

「貴方は誤解しています。他の方々は全く関係ありません。……私も落ち着きましたから、話を聞いてください」

「あ、あ、分、か、た、か、ら、ま、ほ、うを解いてくれ――ハァ、やっと動けた」

クラウスは魔法に全力で抵抗しながら、錆びついたような話し方で返した。魔法が解けると大げさに息を吐き、改めてセドナへ向き直る。彼女の微妙な顔に気恥ずかしくなったのか、頬を掻いて目を逸らしつつ問いかけた。

「ええと……本当にいつもの奴らじゃないのか?」

「はい。すみません、心配をかけてしまいましたね」

「いや、早とちりしたのは俺だし、止めてくれてむしろ助かったというか……」

一騒動の後の気まずい空気が二人の間を流れる。セドナは泣いているところを見られた羞恥で、クラウスは早合点の挙句逆に宥められた不甲斐なさで、お互いの顔を直視できなかった。


 セドナとクラウスは幼馴染であり、自由時間に互いを訪ねることもある気心の知れた仲だ。彼は元々世話好きな性格ではあるのだが、ことセドナに対しては心配性な面も強く、しばしば熱くなりがちであった。彼女へのやっかみに対し真っ先に報復をするのは彼であり、師匠の失踪で悲嘆に暮れていた時期に傍で支えたのも彼である。大抵の事情を知っているからこそ、今回の件に関しても理解するまでにそう時間はかからなかった。

「そうかぁ。ベルキスさん、やっぱり生きてたんだなぁ。居場所が分からないのは相変わらずだけど、心配いらないって言うなら元気なんだろうな」

 クラウスはセドナの師匠ベルキスとも既知の間柄だ。セドナほどではないが、親しくしていただけに、やはり彼もベルキスの安否を気に掛けていた。喜びを分かち合い、和やかに二人は談笑する。

「絶対に生きていると信じてきた想いが、ようやく報われた心地です」

「……本当に良かったな」

 顔を綻ばせるセドナへ、クラウスは万感の想いを込めて呟く。安堵と、期待と、そして、目の前の少女への愛しさ。この一年、彼にとってはベルキスの行方不明よりも、セドナが沈んでいることの方が辛かった。しかし、悩ましげに溜息を吐く彼女を見て胸を痛める日々はもう終わりだ。

「セドナ。もうベルキスさんのことで悩む必要はなくなったんだ。これからはもっと他の事にも目を向けろとも言ってる。だから……」

細い肩へ手を伸ばし、いつになく真剣に黒真珠の瞳を見つめた。きょとんとして続きを待つ彼女へ、積年の想いを今日こそ伝えようと意気込む。

「そろそろ、真剣にだな。俺と、付きあ――」


ゴンゴン。出し抜けに、誰かが扉を叩く。


 その音を耳に止めてしまったが故に、クラウスは途中で言葉を呑み込み、セドナは視線をあっさりと外し扉の向こうへと声を掛けた。

「どうぞ」

「失礼するよ。……おやクラウス君、来ていたんだね。お邪魔だったかな?」

「……いえ、お構いなく……」

 入って来た老紳士は、見るからに取り込み中の二人に目を留め、わざとらしく眼鏡を正した。セドナの上司である、副魔術師団長ハリソン・グレーアムは、よく彼女の下を出入りしているクラウスのことも当然の如く知っており、更には彼が今何をしようとしていたのか、雰囲気で察せる程度には親交も深い。

「グレーアム副団長、ご用件は先日の研究報告書でしょうか?」

「そうそう。出来上がった頃だろうと思って取りに来たんだが、急ぎでもないからまたにしようかな」

「いえ、すでに完成しています。それに、ちょうどご報告せねばならないこともあります。取って参りますので、そちらで掛けてお待ちください」

 セドナは一瞬で思考を仕事に切り替え、さっさと奥の実験室へ行ってしまう。肩を落としたクラウスへ、ハリソンは同情的な目を向けているが、髭で覆われた口元は面白がる様子を隠していなかった。

「いやすまないね。来ていると分かっていたら空気を読んだんだが。もう200回を超えていたかな? 君の告白失敗は」

「……まだ197回目です」

「おや『まだ』そんなものか。まあ諦めずに頑張るんだよ。応援はしてあげるから」

「ありがとうございます……」

 そんな会話があっていたことも知らずに、戻って来たセドナはハリソンへの報告を始めるのだった。


――――――――――


 バレンディナ帝国は世界有数の魔法大国であり、中枢たるバラード宮殿と同じ敷地に魔法研究所を置いているほど熱心な国だ。そこで働く宮廷魔術師たちは優秀な研究者であると同時に、有事の際は魔術師団として戦う、帝国軍と双璧を成す武力の要でもある。ベルキスは魔術師団長を務め、女性魔法使いとして最高峰の〈魔女〉の称号を与えられていた。失踪後、彼女の後任に誰が就くかと揉めはしたが、最終的に不帰が確定するまでは〈魔女〉の座も魔術師団長の枠も空けることとなり、副団長のハリソンが実質団長になる形で収められたのだった。それだけ彼女が素晴らしく、跡を継げる者はいないという証でもある。


 手紙が届いた日から一週間。報告を受けたハリソンは対応の如何をすぐさま評議会にかけたが、その結果がセドナへ伝えられるまでにそれだけの時間がかかった。内容の記された書面を受け取ったセドナは、執務室へ呼んだクラウスにそれを読み上げている。飾った言葉を並べながら同じような意味を繰り返す書状は、淡々と聞かされているクラウスが音を上げるほどに長かった。

「……『我が国が誇る〈魔女〉ベルキス・レギナ殿の長らくの不在は甚大なる損失であり、此度の息災の報はまこと言い様も無い喜びを――』」

「セドナ、すまないが要点だけ教えてくれ。そろそろ俺の理解力を越えてきた」

ソファの背に凭れ掛かり、彼は前髪をくしゃりと掻き乱す。途中から綺麗な声だなどと現実逃避することすらも限界だった。セドナも一度目に読んだ時には苛立ちを覚えたほどだったので、苦笑しながら紙を数枚めくった先に書かれていた内容を要約する。

「すみません。これを読まねばならなかった苦痛を分かってほしくて、ついやつあたりしてしまいました。……文量こそ多いですが、要点はこれだけです。『セドナ・アルセナールに、ベルキス・レギナ捜索の任務を与える』」

告げられた内容は、予想通りと言えるものだった。

 バレンディナ帝国は世界に名だたる大国ではあるが、対抗勢力がいないわけではない。現在最も警戒しているのが、二つの小王国を挟んで東に位置するジムナス帝国である。この国は近年魔動機関の発展と普及を進めており、魔法使いではなく一般人の魔法使用に力を入れていた。ただし生活向上のためというより兵器運用の面が強いという情報もあって、不穏な動きに各国は緊張を高めている。そのような情勢の中で、魔術師団長がいつまでも空席という事態に上層部は頭を抱えていた。

「今まで先延ばしにしてきましたが、今回の件で見切りを付けたのでしょう。……期限は半年。これで帰還が望めないようであれば、新しい魔術師団長を選出し〈魔女〉の称号も剥奪するとのことです」

 師匠の栄光の証を守りきれなかった悔しさに、セドナはわずかに目を伏せる。いつか帰って来ると信じ、居場所を残しておきたかったのだが、とうとう最後通牒を突き付けられてしまった。むしろ更に半年も猶予を与えられたと破格の措置に感謝すべきなのだろうが、(わだかま)る感情があるのも事実だ。それをクラウスも察して、努めて明るく励ます。

「半年の間で見つければ良い話だ。手がかりは無いけれど、確かに生きてるのだから希望はある!」

「クラウス……ありがとうございます」

翳りのあったセドナの表情が再び晴れ、クラウスは内心でほっとした。師匠の名誉が懸かっている任務に、セドナは少なからず重圧を感じている。それを軽くできればと他愛も無い話を続けた。


「遠出することになるよな? どうするつもりなんだ?」

「その件なのですが、一度国を出てみようと思います。これまで国内は散々捜してきたはずですから」

「ってことは、長旅になるな……」

 本気で見つけ出すつもりならば、これまで手を広げきれなかった地域にも行くしかない。この一年でそこそこ名を上げたセドナのことを、ベルキスは「分からない」と書いているのだ。まずこの近辺に居るとは思えないのと、もう一つ、手紙に書いてあった助言が気になっていた。

「『より広い世界を知りなさい』と、お師匠様は仰ってますから。任務のかたわら、言葉通りに実践してみても良いと思うのです」

居場所も理由も教えてくれなかった手紙は、きっとその言葉を伝えることが一番の目的だったのだろう。そう思い、ちょうど良い機会でもあるし、研究漬けでは知ることのできない世界を、この目で確かめようと決心したのだった。

「それで国外に出る、か。セドナらしいけど、共同で任務を与えられた奴がいるなら、そいつとも話し合わないとな。それとも、同行者はこれから探すのか?」

 自らを磨くため修行の旅に出ようという姿勢を、クラウスは素直に応援する。だがさすがに一人ではないだろうと考えての発言に、セドナは改まって切り出した。今回の任務はセドナ単独に与えられており、協力者は自分で探せと指令書では示されていた。だからこそ、セドナは無駄に長い書状をクラウスに読み聞かせていたのだ。

「その件なのですが……クラウス、貴方さえ良ければ同行してくださいませんか?」

「――――俺!?」

「はい。グレーアム副団長も推薦してくださっています。貴方が引き受けるのであれば、軍への許可申請もしておいてくださるとか」

 軍属であるクラウスの同行は、最初に指令を伝えに来たハリソン自らが、一人旅では苦労するだろうと提案したことだった。帝国軍と魔術師団では組織が異なるため、セドナはそう簡単に頼めないと躊躇していたのだが、そこはハリソンが上手く調節すると言う。魔術師団の誰かでも帝国軍の他の軍人でもなく、クラウスでなければ口添えしないという拘りようだ。その理由を、彼女は単純に彼の腕を買っているからだと思っているが、それだけでは無いということには気づいていない。

「貴方であれば、確かに私も安心できます。……どうでしょうか?」

様子のおかしいクラウスに、セドナは断られるだろうかと不安になる。返事を待って見つめていれば、彼の首から上は徐々に紅潮していき、わずかに口を開閉させるばかりで何も音を発しない。やはり迷惑だろうかと嘆息しかけたその時、ようやく彼は言葉を絞り出した。顔は赤いままだが、その声は至って真剣で冷静に聞こえる。

「……セドナ。喜んで引き受けるから、後でハリソンさんにお礼を言っておいてくれ。本当にありがとうございますって。言葉で表しきれないぐらい物凄く感謝してますって伝えてくれ」

「え、ええ。私の方こそ、ありがとうございます」

「気にしないでくれ。セドナのためなら自力で許可をもぎ取るぐらいしたけど、ハリソンさんが代わりにやってくれるなら、むしろお釣りが来るぐらいだ」

 セドナには、なぜ彼がそこまでハリソンに感謝しているのかは分からないが、とりあえず懸念が無くなったので深く考えないことにした。一方のクラウスは堂々と二人旅が出来るという願ってもない状況に、平静を装うので精一杯であった。


 少し離れた場所にある執務室では、ハリソンが「若いって良いことだね」と秘書に呟いていたとか。


【Die fantastische Geschichte 2-1 Ende】


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