エクソシズム
煙突から出て、空へと消えてゆく煙。
私はそれを、ただ見つめていた。
そのときの私には、その煙はただの煙としか、受け取ることはできなかった。
黒い服を着た、大勢の人。
泣いている人、だまって目をつぶっている人、私と同じように煙を見る人。
なんだか全てが、ウソみたいだった。
あの煙が、お兄ちゃんだってことも。
あっという間に、お兄ちゃんは石の下に埋められた。
その時、やっと、ウソじゃないってことが分かった。
お兄ちゃんは、もう戻ってこないんだって。
きっと、本当に小さかったころに死んじゃった、おばあちゃんのお墓を思い出したのだろう。
分かったときには、もう涙が落ちて、私の足に水滴を作っていた。
帰りのことだった。お墓の前を離れようとしたら、ある人物を見つけた。
左目に眼帯をした青年。
あの日……
あの日……
お兄ちゃん……
お兄ちゃんを……
私は青年に近づき、彼の上着のすそを右手で強く握って、言った。
「何で……お兄ちゃんを……」
続きを言うこともできず、私は泣き出してしまった。
なんで。
しまいには言葉にすらならない声で、私は泣いていた。
あの葬式の日から、一ヶ月ほど経った。
少女に泣きつかれた、あの日から。
俺は仕事上、仕方なくではあったが、もっと前にも人を殺めている。二度目のことだから、前よりはマシかと思っていたが、違った。
いつまでも、頭から離れない。
何も言い残さずにこの世を去った少年と、泣きついてきたその妹のことが、ずっと。
だから俺は、休みの日にはいつもいる大通りを離れ、町外れの川原に座り、意味も無く川の流れを見つめていた。
ある時、川の向こうの道を誰かが通った。俺はそいつに目をやる。
あの少女だ。うつむいて、重い足取りで歩いている。
次の瞬間、俺は、あ、と声を上げた。
少女が、前から歩いてきた少年とぶつかったからだ。
ここからは彼らの会話までは聞こえなかったが、少年は頭を下げ、しかし少女は何事も無かったかのように去ってゆくのが見えた。
しばらくの間、俺は少女の姿を目で追うが、少女はぶつかる前と同じように、重い足取りで去っていった。
少年のほうは、と俺は少年を目で探した。彼はしばらく立ち止まっていたが、やがて少女を追い、小走りで道を引き返していった。
それからというもの、俺は少女が気になり、あの川原に通うようになる。
少女は、いつも向こうの川原で少年とすれ違っていた。
二人は最初、お互いが見えぬかのように素通りをしていたが、そのうち、少年は少女を待って道で立ち止まるようになった。
その頃には、俺にも事情ができて、川原に来ることが少なくなる。
季節がめぐり、初めて二人のすれ違いを見てから、ちょうど一年ほど経った頃、久しぶりだなと思いつつ川原に行くと、一回り大きくなった少年と少女が、並んで歩いている姿を見つけた。
少女の足取りは、あの時よりもずっと軽やかだった。