私はそう思う
<0>
オタク、という言葉を知らない人はいないと思う。
それでも、もし知らない人がいたら、ここから先の話にいろいろと支障が出てしまうので、万が一、億が一に備えて、ここでしっかりと説明しておきたい。説明、なんてえらそうなことが出来る私ではないが。
オタク、それは……
何かひとつの分野に並外れた知識を持ち、心からあふれ出る興味、知的好奇心によって自らの体を動かすモノノフたち。
コホン。とまぁこんな風に濁した説明をしても、この先ですぐに私の思考やら嗜好やらはバレてしまうので、もうひとつくらい…… 私の専門分野はどこなのか。
それは…… 二次元である。
<1>
「だから、行かないって言っているのに」
私はもう何度目かわからない台詞を放っている。個人的に『繰り返す』ということが嫌いなので、出来れば私としても同じことを何度も言いたくはないのだけれど……
相手が同じことを繰り返してきて、それに対する返事が一通りしかないのなら、仕方ないというものだ。
「なんでだよ。行けばいいのに」
対する彼も、もう何度目かわからない言葉を私に向けた。
あぁ、うんざりする。
状況説明。
私は今、読書をしている。
八畳ほどの部屋の中、窓際に設置されたベッドに寝転がり、ウサギのイラストが入っているタオルを腰の辺りにのせて、ライトノベルを読んでいる。
そして、それを友人に邪魔されている。
彼は私と同じ街に住んでいる、より正確に言えば向かいの家に住んでいる同級生なのだが、聞いてくれ、彼が私の楽しみを邪魔してくるのだ。
「だから、行かないって言っているの!」
すこしだけ語尾を強めて、よりわかりやすい風に言う。ついでにベッドの端に座っている友人の背中あたりに、ひざから下だけを動かしたキックを放つ。
さっさと出て行け、という意志を込めて。
だかしかし。
ここで彼が怒るなりあきれるなりして去ってくれるのなら、この部屋から出て行き、さっさと件の祭とやらに出向いてくれるのであれば、こんなに何度も繰り返してはいないのだ。
「暴力をよせよー。寿命が縮むぜ」
「根拠の無いことを言うな!」
あきれる私。だが一応、キックを放つのはもうやめておくことにした。寿命なんて縮むわけが無いけど…… 別にそれをこわがっているわけじゃなくて……
「なんで行かないんだ? なんでだなんでだ?」
「暑いから」
私は適当に答えておく。そもそもゴールデンウィークに入ってからほとんど家にこもりっぱなしの私に、外が暑いか涼しいかなんてわからないのだが。
「半袖着れば良いじゃん」
「それでも暑い」
「じゃあ何も着なければ良いじゃん」
「ぶっ!?」
「じょーだんだよ。本気にすんな」
「だっ、誰が本気になんか…… ただもし君がそんなことを少しでも思っているのかと思うと、思わず心配しないではいられなかっただけだよ!」
「心配すると噴出すのか?」
「……」
「変なやつだなぁ」
「う、うるさいっ!」
まったく。私は一人で静かに本を読んでいたいだけなのに…… どうしてこう邪魔をしてくるのやら。
「とにかく、祭になんて行かないっ! 人の多いところで、ゴールデンウィークを無駄にしたくは無いっ!」
拒絶を込めて、読んでいた本も閉じてそして目も閉じる私。うつぶせのまま枕に顔をうずめ、そのまま大きく息を立てて寝たふりをする。これぞ最終手段だろう。ここまですれば、さすがにこのわからず屋も……
「おー、寝るのか? じゃあ、オレはその本読ませてもらおうかな」
「ばっ! さっさと帰れよ!!」
「あれ、寝てなかったのか? だったらま」
「くどいっ!!」
……。
無限ループというのは、こういうことを言うのかもしれない。
いや、言うのだろう。
<2>
「本当に、本当に三十分だけだからな。三十分たったら帰るからな。それでアニメ見るからなっ」
「好きにしろよー」
むっ。いちいちむかつく言い方をするものだ。
えっと、現在の状況を率直に表すなら……
断りきれずに誘いにのった。という役をやってみているだけだ。
いや、いちどやってみたかったんだよね、一度自分で決めたことを取り壊して、周りの人の意見に流される人っていうやつを。
……。嘘じゃないよ。
「さてと、とりあえず…… あれやろうぜ」
と、友人はひとつの屋台を指差した。少なくても五十はあろうという中から、百は無い選択肢の中から彼が選んだのは……
「射的か…… ふん、あろうことか、私にゲームを挑んでくるとは。ある意味たいしたものだ」
「射的できるのか?」
「こんなの、シューティングゲームの初歩だよ」
「ふぅん、そういうものか」
ふふふ、彼はまだ知らない。何を隠そう、かの有名なオンラインゲーム、シューターショットで伝説となっているひとりのプレイヤーとは、この私のことなのだよ。
せいぜい、私のウルトラテクニックに圧倒されるがいいっ!!
「……」
「…ん? どうした、早く撃てよ」
「……」
私は何も言わず、何も見ずに射的用のライフルを友人に手渡した。これは……
「たま。早く入れて」
「……」
「……」
こういうことがあるから、現実世界でのフィジカルゲームは嫌いなんだよ。
……。くそっ。
<3>
「ま、そういうこともあるさ」
「……」
私は今、怒りに震えている。あの射的屋め…… どこまで私を馬鹿にすれば気が済むのだ……
「ま、引き金を引くのには、意志の強さだけじゃない。腕の強さも必要だってことだ」
「誰がそんな格言めいたことを言えと言った? そういうのを、火に油を注ぐというんだよ」
友人までもが私を馬鹿にしている。どうしてこんな目にあわなくてはならないのか、と思うと怒りは差なり火を増す。
火力が強まった。
約束の三十分もそろそろ過ぎる。残りはこの木陰の下のベンチで過ごして、それから家に帰るとしよう。
まったく、珍しいことをしてみるとろくなことが起きないな。踏んだり蹴ったりとはこのことだ。
「そろそろ三十分になるな」
「そしたら私は家に帰る。君も家に帰れ」
「お前さ…… 今日、楽しくなかったか?」
「楽しかったよ、つい三十分ほど前までは」
わざと憎まれ口をたたいてく。何、鈍感なこの友人にはコレくらいいってやらないとわからないんだよ。
「……。なぁ、人って、小さな庭の中で一章一人で暮らしていけると思うか?」
「話が変わるな。まぁ、それなりのシステムがあれば別だが、たぶん不可能だと思う」
「そうだよなー」
「それがどうしたのだ?」
目をつむる友人。空はまだ少し明るい。カエルの歌がどこかから聞こえた。
「わかってるじゃん」
「は?」
「お前が今やっているそれ、アニメとかマンガとか、そういうのが悪いわけじゃない。ほかのどの分野とも変わらない、立派なジャンルだと思う」
「そんなことは言われるまでもないが。今日の君は話がどんどんワープしていくな」
ワープできたらいいなぁと思う。どこへ行くのかは、それが可能になったら考えよう。
「だがな」
彼は私と目を合わせた。いつもよりも、少しだけ温度の低い瞳だった。
「そうやってひとつのものだけを見て、それ以外を嫌っているのは、どうなのかと思う」
「……」
「それもひとつの生き方なのかもしれない。それもひとつのあり方なのかもしれない。何が正しくて、何が間違っているのかなんて、本当のところはわからない」
個人的に何を好むのかはわかっても、それが真なのか偽なのかはわからない。それが定まっているのかもわからない。と、彼は珍しく多く語る。私は、ずっと座っていたベンチから動けない。
ただ、動かないだけかもしれない。
「ただ、自分が好きなやつがさ、そんな風に凝り固まった生き方をしているのは見ていたくない」
彼は、珍しく投げやりな口調ではなかった。
「ってな。これもただのオレの勝手な考えなんだけどな。これこそ凝り固まった考えかもしれない」
どうなのかは、わからない。彼はゆっくりと首を回した。
……。こういうとき、何と言えばいいのだろうか。
ありがとう、と言うのか。
余計なお世話だ、と鼻で笑うのか。
もう三十分だ、とだけ言って帰るのか。
……。
ふふっ。なんて、考えるまでもないか。
それが正しいかどうかはわからないけど、自分の思ったことが何かくらいはわかるのだから。
「友人よ」
「何だ?」
「今日は喋りすぎだよ。喋りすぎだ」
「…俺もそう思っていたところだ」
珍しく、シニカルな風に答える友人。肩をすくめるようなジェスチャーまでついている。
「ふふっ」
「ははっ」
まったく。
「のどが渇いたな。ちょっと屋台を見に行こう」
「…おう」
「それで、たい焼きがあったら食べよう」
「おう」
彼のさりげない告白には、今ここで答えたほうがいいのだろうか。
それも自分で決めることか。
「嫌いじゃないといえば、まぁ間違ってはいない」
「……。何がだ?」
……。まったく。
ふふっ、何度目の『まったく』だろう。
「たい焼きが、とでも言っておこう」
「あ? あぁ」
「 」
最後の一言は、自分でも口にしたかどうかはわからない。ただ、私がそう思ったのは確かな事実だ。
久しく動いていなかった私のキーボードも、久しぶりに働いてくれました。
最後まで読んでくださった方、どうもありがとうございました。
またどこかでお会いしましょう。
では^^/




